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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第3章 休めない夏休み
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第77話 脱出

 置いてきた妖精と同様に床に倒れている妖精たちを何度か見つけながら進む。この子たちも帰りに回収していかないと。

 そうして進んで行くと予想通り、ほどなくして遺跡の様子が変わる。終点と思われるそこは、一つの大きな部屋だった。


 一辺が50メートル近くありそうな大きな四角い部屋。天井も高く、10メートル以上ありそうだ。

 その部屋の奥には、何か台座のような物があり、そこには巨大な球体が置かれている。優しい光を発するその球体は、直径5メートルくらいありそう。


 僅かに残った精霊の部分が反応する。あの球体が発しているのは、自然エネルギーだ。

 発光するほどに膨大な自然エネルギーが、球体に集められているのを感じる。恐らく、この遺跡が吸収した自然エネルギーが溜められているのだろう。そのせいか、この部屋自体が自然エネルギーで満たされている。


 部屋の中央に立つのは、漆黒の人型。身長5メートルほど。丸い頭部、丸い胴体、複数の球体を繋げたような腕と脚。全体がつるりと滑らかな、目や口も何もない人形だ。

 それが、まるで部屋の奥の球体を守るように、わたしたちが通ってきた通路と球体の間に立っている。


 部屋に踏み込んだ瞬間、人形が動き出す。


 ゴゴゴ、ギギギ、軋むように、緩慢に。


 一歩、二歩、踏み出して、次の瞬間、



 急加速して、猛然と走り出す



 その速度は、目で追えないほどじゃない。普段からカレンやクルの動きを見ているわたしにとって、大した速さではない。

 だからといって、わたしが軽々と避けられるほど遅くはない。ましてやクレイを背負っている今、わたしの身体能力では、ただの突進を一度回避出来るかどうかといったところ。


 だから、



「凍れ」



 広い部屋の、床全てが凍り付く。人形の力は強く、凍った床をしっかり踏みしめ砕いて、勢いを緩めもしない。普段のわたしなら、魔力切れで動けないままにこの突進を受けて終わっていただろう。



 でも、今は違う



 氷の上を滑り、人形の突進をするりと回避する。



 体の調子が良い。この部屋に満ちる自然エネルギーが、わたしを一時的に精霊に戻してくれる。感覚的に、完全ではないのが分かる。視界の端に入る髪が青銀に戻ってはいるが、毛先が黒いままだ。

 そのせいで魔力制御能力が戻り切っていない。魔法は、使えて3発だろうか。残り2発。構わない。それならそれでやりようはある。


 氷の上を滑る。昔から氷の上で生活していたんだ。氷上の動きは熟知している。壁を蹴って加速、人形の周囲を回る。

 人形を観察すると、どうやら突進するばかりで他の行動は出来ないようだ。確かにその動きはそこそこ速いが、ただ突進してくるだけなら怖くはない。


 突進を回避。その背に向けて、足元の砕けた氷の欠片を蹴飛ばしてみる。ぶつかった欠片はただ砕けるだけで、人形には一切傷が付かない。予想はしていたが、硬そうだ。

 どうしようか。こちらを振り返る人形を見ながら考える。とりあえず、一度直接魔法をぶつけて……



 その時、人形がその場で足を踏みしめる。



 空中に大量の氷柱が形成され、それらが一斉に襲い掛かってくる。



 油断した。突進しかしないと決めつけて、回避行動に入るのが遅れた。まさか魔法を使ってくるなんて。



 防御も間に合わない。せめてクレイだけでも……!



「ボーっとしてんじゃないわよっ!!」



 突如、横から駆け抜ける風が氷柱を全て吹き飛ばす。



 開けた視界、魔法を放って無防備に立ち尽くす人形。



氷晶(ひょうしょう)破城鎚(はじょうつい)



 形成した巨大な氷のハンマーを、射出。高速で叩き付ける。直撃。空気が震える轟音をまき散らし、人形が吹き飛んでいく。

 床に跳ねることもなく、直線軌道で飛んだ人形は、その勢いのまま壁に激突。壁が崩れ、穴が開いた。


「あら、壁が崩れたわね。ここは魔法強化されてないのかしら」


 マーチがこちらに歩いてきた。その体から、何故か自然の力を感じる。


「何かあった?」


「そっちこそ、クレイはどうしたのよ。何かあんたも髪色変わってるし」


 これまでの経緯を説明しようと、口を開きかけた時、再び氷柱が飛んでくる。


「チッ、あんな巨大なハンマー受けてもまだ壊れてないなんてね。話してる場合じゃないわ」


 風でわたしたちの周囲を覆って防御したマーチ。言う通り、どうやら壊せなかったようだ。話は後にしよう。

 壁の穴から人形が戻ってくる。その姿を見て、流石に驚きを隠せない。


「ちょっと、壊れてないどころじゃないじゃない……!」


「無傷……」


 壁の中から現れた人形は、全くの無傷。ヒビの一つすら見当たらない。わたしの魔法は、流石にティールの攻撃ほどとは言わないけど、そこそこの威力があったはずなのに。

 あれで破壊出来ないどころか無傷となると、どうやれば破壊出来るのか見当もつかない。使用出来る魔法もあと一発。それを撃ったら、わたしはもう動けない。その一発で決めなければ終わりと考えて良い。


 再び人形の突進が始まる。これを回避するのは難しくない。だが、回避しているだけではいつか疲労で動けなくなる。どうにか打開しなければ。


「なんで肝心のクレイが寝てるのよ! フォン、そいつ叩き起こしなさいよ!」


「無理」


「なんで!」


「流石にそこまで余裕ない。それにクレイは疲れてる。起こしたくない」


「わたしだって疲れてるわよ!」


 突進を回避。少しずつ床の氷も砕かれてきた。氷がなくなったら回避すらままならなくなる。あまり時間的余裕もない。

 何度か突進を回避していると、人形が立ち止まる。また魔法が来る。


「マーチ」


「分かってる」


 放たれる氷柱を、マーチの風が迎撃する。そして魔法を放った人形が立ち尽くす。



「今だ! フォン、拘束しろ!」



「っ!? 氷晶・拘束錠(こうそくじょう)!」


 背中から聞こえた指示に、反射的に魔法を使用。人形が凍り付き、その場に固定される。魔力が切れた。立っていることが出来ず、床に座り込む。


「マーチ、通路に向かって全力で吹き飛ばせ!」


「はあ!? 吹き飛ばしたらどうなるって……」


「急げ!」


 氷の拘束が、ビキビキと音を立てている。そう長くは持たない。


「ああもう! 荒天(こうてん)更息吹(さらいぶき)!!」


 マーチから放たれる暴風。床の氷をガリガリと削りながら走り抜けるその風は、拘束を一瞬で粉々に砕き、人形を吹き飛ばす。

 わたしがハンマーで吹き飛ばした以上の速度で部屋を横断した人形は、わたしたちが通ってきた通路の壁に激突。しかし、通路の壁は崩れることなく人形を受け止め、その衝撃が余すところなく全て人形を襲う。


 風で壁に押し付けられた人形は、叩き付けられた衝撃で少しずつヒビが入っていく。だが、まだ砕けない。


「しつこいっ!」


 マーチは風で人形を押さえるのに精一杯。これ以上の追撃は出来ない。このままでは、せっかくあと少しなのに、破壊までたどり着けない。


 部屋に満ちる自然エネルギーを、無理矢理取り込む。


 視界の端に映る髪が、完全に青銀に戻る。


 エネルギーを魔力に変換。



具象(ぐしょう)砕氷剣(さいひょうけん)



 生み出すのは、巨大な氷の剣。宙に浮かぶ3メートル近い大剣を、射出。


 大剣が突き刺さった人形のヒビが大きくなっていき、そして、


 ついに、その体が砕け散る。


 気分が悪い。無理矢理取り込んだ自然エネルギーのせいで吐き気がする。しばらく休まないと、少しでも動いたら吐いてしまいそう。


「ああー、もう、疲れた……。あんた起きてるなら最初から手伝いなさいよ」


 マーチもまた、わたしと同じように座り込む。その目はこちらに、というか、わたしの隣に立っているクレイに向けられている。


「いや、起きたのはついさっきだ。悪いな、状況把握に時間がかかった」


「クレイ、大丈夫?」


「ああ、フォンのお陰で休むことが出来た。まだ頭は痛むが、意識ははっきりしている。ありがとう。フォンこそ大丈夫か? 魔力切れから更に無理矢理魔法を使っただろう」


「うん、結構体が重いけど、大丈夫」


 しばらくここから動けそうにない。だが、あまりのんびりもしていられない。


「クレイ、妖精たちが」


「ああ、自然エネルギーの吸収を止めないといけない。2人は休んでいてくれ。俺はあの球体を調べてくる」


 そう言って、クレイは部屋の奥の球体に近づいていく。







 直径5メートル近くありそうな球体に近寄る。自然エネルギーを纏って光るこの球体は、恐らくエネルギーの貯蔵庫のような物だろう。

 どこのどいつがこんな物を設置したのかは知らないが、これが遺跡の中枢なのは間違いない。これさえ停止させれば、妖精たちも助かるはずだ。


 球体の裏に回り込んでみる。すると、やはりあった。台座に、操作盤と思われるコンソールが付いている。

 流石にこれを見ただけでは、どのように操作するのかは分からない。だが、この装置を停止させるだけなら簡単だ。


 透明なカバーに覆われている大きな赤いスイッチ。このカバーを開けて、スイッチを押す。

 緊急停止スイッチだ。装置の稼働が停止し、自然エネルギーの吸収が止まる。溜まっているエネルギーを取り出すことは出来ないが、これ以上の吸収は防げたし、妖精たちも助かるだろう。


 遺跡に入ってきている妖精たちを回収し、外に出るとしよう。




 遺跡から出ると、既に外は暗くなっていた。そろそろ晩飯時だ。回収してきた妖精たちはどこかへ飛んで行った。自由なものだ。


「とりあえず晩飯にするか」


「賛成ー。もうお腹ぺこぺこよ。何でも良いから、さっさと食べられる物ちょうだい」


 この際菓子でも何でも良いだろう。カバンの中から適当に色々取り出して並べる。


「好きに食え」


「じゃあわたしこれとこれもらうわ」


「これ」


 各々好き勝手に食べたい物を手に取り、食べ始める。


「はぁー、生き返るわねー」


 ただ探索するだけでもなかなか大変な大きさの遺跡だというのに、散々アクシデントに襲われたからな。俺もかなり腹が減っている。


「あの部屋、何で魔法強化されてなかったのかしら」


「最奥の部屋のことか? その方が自然エネルギーの吸収効率が良いとかだろう。もしくは、あの人形が壊れにくいようにしたか」


 予想の域を出ないがな。この遺跡の製作者が分からない以上、予想することしか出来ない。そもそもこの遺跡を造った目的すら不明だからな。


「ふーん……。あ、ねえクレイ。今のわたしがどういう状態なのか分かる?」


 遺跡から外へ向かう途中に、遺跡内での出来事は聞いている。流石に妖精と融合してしまったという事例は他に聞いたことがないが、調べてみるか。


解析(アナライズ)……ふむ、なるほどな」


「何か分かった?」


「体内に自然エネルギーの塊がある。これが妖精だろうな。それとお前との間にパスが繋がっている。まあ体内に新たに自然エネルギーの臓器が出来たようなものだと思って良いぞ」


「いや、そんなことは分かってるのよ。そうじゃなくて、どうしてこうなったかっていうか、そんな感じよ」


「聞いた話と現状を合わせて考えると、恐らく魔力を限界まで使用した人間と、エネルギーを限界まで失った妖精が同調することで、互いに補い合おうとしたんだろうな。魔力を失って空いたスペースに妖精を押し込んだイメージだ」


 これで反発していないのは奇跡としか言いようがないがな。自然エネルギーなどというものを取り込んだことがない体に、その塊を押し込んで問題なく機能するなど、どんな確率の上に成り立っているのか。


「やっぱりもう元には戻らないのかしら」


「パスを無理矢理引き千切ることになる。そこから魔力やエネルギーが垂れ流しになるから、遠からず死亡するだろう。そのパスを、魔力の回路を傷つけずに切除出来る技術の確立でもされない限りは、無闇に触れるべきではないだろうな」


「やっぱりそうよね……ああ違うのよ。エレが嫌だっていうことじゃなくて」


 妖精とは問題なく意思疎通が出来るのか。ということは生きているんだよな。一つの体に、二つの意思が入って、異常なく稼働している。まさに奇跡だな。



「わたし、こっちの世界に残った方が良いのかなって」



 こっちの世界に残る。言うのは簡単だが、それは果てしなく難しい。この世界で生きている人型は、人間のような家を持たない。妖精はもちろん、精霊だって各々の属性に合った家で生活しているため、人間が生きられるように出来ていない。

 もし新たに家を造るとなると木を切るところから始めることになる。だが、この世界でそのように自然を破壊する行為が容認されるだろうか。


 それに食料だってない。この世界に来てから、人間が飲食出来る物などフォルに貰った水しか見ていない。あれはフォルが生み出した物らしいので、自然には存在していないのではないだろうか。

 どこかに木の実などはあるかもしれないが、見つけるのは大変だ。水の精霊などを見つければ、水を分けてもらえるかもしれないが、少なくともこの山から見える範囲には、それらしき集落は見えない。


 そんなことはマーチにだって分かっているだろう。それでも言い出したということは、妖精を人間界に連れ出すのに躊躇いがあるのだろうな。


「エレ、そうは言うけど、だって……」


 体内で妖精が反対しているようだ。マーチの言い分も分からなくはないが、俺も反対派だな。


「マーチ、そもそもエレという妖精はいじめられていたんだろう? この世界に未練はないんじゃないか? それに、遺跡の探索が楽しそうだったから入った、と言っていたのなら、妖精らしい好奇心は持っているんだろう。人間界でも楽しく生活出来るんじゃないか?」


「それはそうなんだけど、でも人間界に連れて行って大丈夫なの? 自然エネルギーがなくなっちゃったり……」


「人間界にもエネルギーはあるよ」


「そうなの?」


「街中だと難しいかも。でも森とか、人の手が入ってない自然にはエネルギーがある。定期的にそういうとこに行けば大丈夫」


「でもあんたは人間界にずっといたから人間になっちゃったんじゃないの?」


「わたしは……ずっと人間の街から出なかったから……。あと、自然の氷が人間界では見つからなかった」


 青銀になっていたフォンの髪は、少しずつ黒に戻ってきている。今は4分の3ほどが黒くなっている。やはり氷の傍にいないと、元には戻らないのだろう。

 だが、人間界でも自然の風に当たることは出来るはずだ。そこからエネルギーを取り込めば、風の妖精であるエレは問題なく生きていくことが出来る。


「そっか……じゃあ、エレ。人間界に行ってみる?」


『うん!』


 笑顔で頷く幼い姿が、俺の目にも見えた気がした。

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