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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第2章 頂点を取りに
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第48話 転入生

 俺たちが住む人間の領域、人域は、半円のような形をしている。その弓の弦に当たる部分が南側で、そちら側は全て海に面している。

 人域の外は全てモンスターの領域、魔域だ。人域と魔域の接する領域を、前線と呼んでいる。前線では日々モンスターとの戦闘が発生している。モンスターは明確な意思を持って人域を襲ってきている訳ではないので、その戦闘は散発的だが、決して終わることのない戦いに大量の命が失われる地獄のような世界だ。


 人域の半円をほぼ均等に3分割しているのが、三大国。カルズソーン、アインミーク、そしてヴォルスグランだ。西をカルズソーン、東をアインミークに挟まれているヴォルスグランという形になる。

 自然と調和した国カルズソーン、機械化が進んだ国アインミーク、それらに挟まれたヴォルスグランは、アインミークの恩恵で便利な道具を入手しつつ、豊かな自然も残す良いとこどりの国となっている。





「はい、みんな席についてー。今日は転入生を紹介します!」


 こんな時期に転入生? もう学科試験も終わり、これから対抗戦に向けて頑張っていこうという今、転入生は馴染むのが難しいようにも思えるが。


「隣国カルズソーンからこの学園に来てくれました。みんな、仲良くしてあげてね。じゃあ入ってきてー」


 先生に呼ばれて教室に入ってきたのは、腰まである新緑のような鮮やかな髪をなびかせている女子だ。身長は160に少し届かないくらいだろうか。美しい歩き姿で全く音を立てずに静々と進み出るその様子からは、相応の身分の持ち主であることが見て取れる。


「はい、じゃあ自己紹介をどうぞ」


「カルズソーンより参りました、アイビー・フェリアラントと申します。よろしくお願いいたします」


「フェリアラント公爵家の娘さんだね。カルズソーン王の姪にあたる子だよ」


「身分等はお気になさらないでください。仲良くしていただければ幸いです」


 ディルガドールは国外まで知られるエリート校だ。カルズソーンからの転入生が絶対にあり得ないとは思わない。しかし、公爵家の娘か。国内でも貴族はあまり入学してこないこの学園に、外国の貴族、それも公爵が来るとは、珍しいこともあるものだ。


「さて、本当は自分で所属する班を決めて欲しいんだけど……こんな時期だからね、入れるところにさっさと入ってもらった方が良いんじゃないかな。という訳で、今空いているのはっと、あ、レオン君の班が空いてるね。ちょうど良いんじゃない?」


「まあ! レオン様と同じ班に入れていただけるのですか? 願ってもないことですわ」


「レオン君、大丈夫?」


「はい、問題ありませんよ。彼女とは初対面ではありませんし、確かに僕の班が良いと思います」


 三大国は友好国として度々交流がある。王族ともなれば、他国の王族、貴族との会談やパーティーに参加することもある。そこで出会い会話したことがあったとしても不思議はない。

 しかしまだ空きがあったのか。班員の大半を追い出したとはいえ、それから1ヶ月近く経っている。レオンの人気ならとっくに埋まっていてもおかしくない。どうやら班員の厳選をしっかり行っているようだな。


 それはつまり、アイビー・フェリアラントの実力なら自分の班に入れても構わないとレオンが判断したということだ。転入試験に合格しているはずだし、相当な実力者であることは間違いないだろう。


「じゃあアイビーさんも席に座ってね。みんなも色々聞きたいことがあると思うけど、それは後でってことで。授業を始めます」





 その翌日の休日。学科試験も終わったことだし、たまにはゆっくりしても良いだろうということで、今日、明日は完全に休みとした。班での勉強会やトレーニングもなしだ。カレンなどはどうせ自主練しているだろうがな。

 俺も日課のトレーニングくらいはするが、それは2時間程度もあれば充分だ。最後に寮から出て軽くランニングをして終わりだ。


 もう大分気温が上がってきた。昼前にランニングから帰ってくると、それなりに汗を掻いている。夏の訪れを感じるな。

 そんなことを考えながら寮の敷地内に入っていく。ふと何か聞こえた気がして、建物に入る前に庭に目を向けると、


「ら~ららら~らら~」


 楽し気に歌いながら、花の鉢や木に水をやっているアイビー・フェリアラントを発見した。カルズソーンの人間はやはり植物が好きなのだろう。その表情は満面の笑みだ。

 ちょうど水やりを終えたようで、植物から顔を上げたところで目が合った。おっと、気づかれたか。


「あ、あら、見ていらしたのですか? お恥ずかしいですわ……」


 別に恥ずかしいことはないと思うが、本人がそう思っているならそうなのだろう。


「申し訳ありません、まるで盗み見るような真似を」


「ああ、そんな、謝らないでください。人が通る道のすぐそばであることを忘れてはしゃいでいた私がいけないのです」


「やはりカルズソーンの方は植物がお好きなのですか?」


「ええ、もちろんですわ。植物は私たちの生活を支えてくださる大切な宝です。日々その感謝を忘れず、丁寧にお世話しなければなりません」


 なるほど。単に植物好きという訳ではなく、自然と調和した生活を営む関係上特に大切な物であるという意識を持ち、その感謝を表すという意味で世話をする文化のようだ。


「素晴らしいお考えだと思います」


「ふふ、ありがとうございます。この庭は良いですね。毎日丁寧にお世話されているのが分かります。管理人様に無理を言ってこうしてお世話させていただいていますが、私が手を加えることはなさそうですわ」


 ディルガドールの寮だからな。相応の人間が管理している。この寮の管理人は城で万能メイドをしていたという女性だ。掃除、料理はもちろん、庭の世話や建物の破損の修復まで完璧にこなす本当に万能な人で、基本は職員に指示を出しているが、時々自分でも手を出している。

 現在70歳。まだまだ元気に働くその姿は、何故メイドを引退したのか疑問に感じるほど。生徒にも優しく声をかけてくれる、人気の高い管理人だ。


「そういえば、あなた様は確か同じクラスの方ですわよね? 見覚えがあります。ただ、申し訳ありません。まだお名前を憶えられていないのです……」


「謝られることではありませんよ。直接お話するのはこれが初めてですから。クレイ・ティクライズと申します」


「まあ! ティクライズと言えば、高名な騎士の家系ではありませんか。その名はカルズソーンまで届いております。お会いできて光栄ですわ」


「はは、自分は褒めていただけるような立派な人間ではありませんよ」


 馬鹿か。こんなことを言っても困らせるだけだ。素直に礼だけ言っておけば良いものを。どうも家の名を出されると冷静さを失う。



「いえ、本当に、お会い出来て良かった。あなた様ともお話したいと思っておりました」



 俺と話したい? 何故だ。ティクライズはともかく、俺の名など他国はおろか学外にすらほぼ知られていないはずだが。


「レオン様が仰っていました。絶対に勝ちたい好敵手がいるのだと。レオン様の能力の高さは故国にまで聞こえるほどですから、そのレオン様が強く意識するお相手にも興味がありましたの」


 なるほど。カルズソーンにいた頃ではなく、学園に来てから聞いたのか。レオンの奴、班に入ったばかりのアイビーにもそんな話をするとは、どうやら俺が思っている以上に負けたことが悔しかったらしいな。


「どうやら鍛練でお疲れのご様子ですし、一つだけ、お聞かせ願えますか?」




 あなた様にとって、自由、とは何ですか?




 自由、か。俺にとって自由とは。何故こんなことを聞いてくるのかは不明だが、答えは決まっている。




「自己の証明」




 自分という一個の命。自由とはその証明に他ならない。自由でなければ生きている意味がない。誰かの命令で生かされている間は、自分という人生を生きていない。



 だからこそ、俺は、自分を手に入れるためにここにいる。



「……ありがとうございます。そのお答えからは、何か覚悟のような物を感じました。きっとあなた様にとって、自由とは大切な物なのでしょうね。大変参考になりましたわ」


「満足いただける回答が出来たのなら、良かったです。では、わたしはこれで」


「はい、また教室でお会いしましょう」


 アイビーに背を向け、寮に入る。汗を流して少ししたら、昼食に良い時間になるだろう。


 ……自由とは、ね。そんなことを聞いてくるということは、少なからず不自由を感じているんだろう。国外の学園にまで来ている中で感じる不自由とは。……考えて答えが出るものではないが、どうやら自分の意思で転入して来た訳ではなさそうだ。果たして何が目的なのやら。

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