第46話 友達
「お、お嬢、どうする……?」
「どうするったって、わっかんないわよそんなの!」
そうしている間に警備隊が店内に突入する音が聞こえてくる。勢い良く階段を駆け下りてくる音が聞こえる。
「クレイ! 無事かっ!?」
「クレイさん!!」
真っ先に駆け込んできたのはカレンとティールだ。その後に続くようにフォン、アイリス、クルも地下に入ってくる。
「くっ、来るなぁ!!」
鎖で縛られ倒れていた俺を起こし、首にナイフを突きつけてくるマーチ。
「マーチ・イーヴィッド! 悪足掻きは止めなさい! 既にこの店は完全に包囲されているわ! 抵抗は無意味よ!」
「うるさいっ! 少しでも動いたらこいつの首に花が咲くことになるわよ!」
こういう場合、何か気を引くことを言って隙を作れば脱出出来るはずだが、これだけ錯乱しているマーチの気を引く話は何かあるだろうか。
「マーチさん、もう止めにしませんか」
更に2つ、足音が階段を下りてくる。一つはレオン・ヴォルスグラン第二王子。そしてもう一つが、
「ルー……!」
ゆっくりと階段を下りて床に足をつけると、そのまま前へと進み出る。
「止まりなさいっ!」
「マーチさん、何故こんなことを。昔の優しかったあなたはどこへ行ってしまったんですか? 同い年の女の子だからって、平民のわたしにも分け隔てなく接して仲良くしてくれたあなたは」
「うるさいっ!! いつの話をしてるのよっ!!」
子供の頃、ずっと1人だった。ずっと1人で本を読んで過ごしていた。それで良いと思った。何も不自由はなかった。
そんなわたしを連れ出したのがマーチさんだった。
「わたしは今でも、あなたのことをお友達だと思っていますよ」
「黙りなさいっ! あんたみたいな平民には分かんないわよ! わたしが今までどんな思いであの家で過ごしてきたと思ってるの!?」
イーヴィッドは悪徳領主だ。それが領民の共通認識だった。わたしとマーチさんが出会った頃は、まだ子供で、そんなことは知らなかった。純粋な気持ちで遊んでいた。
いつからだろう。イーヴィッドの話がわたしの耳にも入るようになり、いつの間にかマーチさんはわたしのところに来なくなった。
確かにマーチさんの苦労はわたしには分からない。きっと家では厳しい教育を施され、外では領民に嫌悪の目を向けられ、気の休まらない日々を送ってきたのだろう。
だから、性格が歪んでしまっても仕方がないのかな。そうも思う。それでも、マーチさんがしたことは許されないことだし、許してはいけない。
「何よその目は。何でそんな優しい目を向けるのよ! 分かってるの!? わたしがあんたに何をしたのか!」
「分かっています。脅されて、薬を無理矢理飲まされそうになって、家族を人質に取られて。あなたはわたしの人生を壊そうとしました」
「だったら……!」
「それでもっ!!」
何度でも言います。わたしは今でも、あなたのことを、お友達だと思っていますよ。
「なんっで……! 何でよ……!」
マーチさんの目から涙が溢れる。その手から力が抜け、クレイさんに突き付けていたナイフが床に落ちていく。
「取り押さえろ!!」
カレンさんとクルさんが駆け寄り、マーチさんが床に押し倒される。ティールさんがクレイさんを支え、縛っている鎖を握りつぶした。
「マーチさん、罪を償ってください。あなたがしたことは許されないことです。だから、償いは絶対に必要です。……待っていますから、きっとまた、わたしを連れ出してくださいね」
事件は解決した。イーヴィッド薬品リーナテイス支店は地下の書類を警備隊に押収され、然るべき対応をされることになる。まあ潰れるだろう。
マーチに利用された3人の女子生徒は2週間の謹慎処分だ。次の学科試験を受けることが出来ないため、必然的に成績がかなり落ちることになる。退学の可能性も高まるが、犯罪者にされなかっただけ良かったと思ってもらおう。
マーチ・イーヴィッドは警備隊に捕らえられ、裁きを受けることになる。まあ被害者が穏便にと希望しているし、未成年だし、そう重い罪にはならないだろうが。どこかで数年の社会奉仕活動でもさせられるのではないだろうか。
実際の事件は未遂で終わったこと、未成年であること、被害者が相手を許していることなどから、罰自体はとても軽い物になる。だが、学園に復帰した後の周囲の目や成績を考えると、見た目以上に重い罰になるだろうな。
そうして4日ほどの時間が過ぎ、週末の休み。俺はレオン王子を呼び出し、学園の屋上まで来た。
「君から呼び出しを受けるとはね。何の用かな?」
「来ていただきありがとうございます」
「以前にも一度言ったと思うけど、畏まる必要はないよ。アイリスにしているように、気軽に接してくれ」
「ならはっきり言わせてもらう。今回の事件、全てはあんたのせいだ」
事件解決の際に王子を呼んだのは、警備隊を王子に率いてもらうためだった。仮に警備隊内にイーヴィッドの手の者がいたとしても、王子が指示を出せば従うはずだからだ。反抗するならそいつもまとめて捕まえれば良いだけの話。
イーヴィッドの狙いを正反対の結果にしてやるために、今回の事件は王子の活躍で解決されたということにしている。リーナテイスでの王子の評判は上がるだろう。
だが、実際は事件の元凶でしかない。考えなしに班員を追い出し、その後のフォローもなし。王子がもう少し慎重に行動していれば、こんな事件は起こらなかった。
「自分の影響力を自覚しろ。その言動全てに憧れ、あんたに心酔する人間はいくらでもいる。そして実の伴わない好意は簡単に裏返る」
王子のことを良く知り、それで惹かれて集まった人間なら簡単には離れない。だが、王子は表面的な魅力が強すぎる。有象無象がいくらでも集まってくるほどに。それで集まってくるような人間は、少しでも自分の理想と違うことをされると一転して攻撃するようになる。
「班員を追い出す行為は反感を買いやすい。必要なことではあるが、どうしても相手に悪印象を与える。やるなとは言わない。その後の行動を考えろ。今日はそれを伝えたくて呼び出した」
その俺の容赦ない指摘に対し、王子は一切の反論をしない。ただ申し訳なさそうに眉を寄せる。
「言い訳も出ないよ。その通りだ。申し訳ない」
「俺に謝られてもな」
「ああ、もちろん。ルーさんには頭を下げて謝罪したよ。何か出来ることはないかと聞いたら、あなたはそのままでいてくださいとよく分からない要求をされたけど」
ルーはあの3人と違って積極的に王子に迫っていた訳ではない様子だったが、他の希望者を押しのけて班員になったのだし、恐らくその気持ちは王子に向いているだろう。だったらそのままでいて欲しいというのも当然だろうな。
「クレイ君、君には感謝している。僕は本当に頭が悪い。自覚はあるんだ。でもなかなか自分で治せる物ではなくてね。手遅れにならなくて良かった。ありがとう」
王子という立場上、人の気持ちや場の雰囲気に鈍感なのは致命的にも思えるが、これから先、改善していくのだろうか。
「まあこれからは気をつけてくれ」
「そうするよ。君も、何かあればいつでも僕に言ってくれ。出来る限り力になる。個人的にも君とは友人になりたいと思っていたし、ね」
「ほう、俺に協力してくれるのか? なら王女でも嫁にもらおうか」
「え? あ、ああ、分かった、協力するよ。王女とはアイリスのことで合っているかい?」
「……はぁ、冗談だ。そんなことでは貴族の相手は出来んぞ、レオン」
「ええ……なら君が会話術や空気の読み方を教えてくれよ。得意だろう? クレイ」
そんな軽口を叩き合って、学園の屋上を出た。
「ふんふんふふーん」
筆が進む。サラサラと物語が紡がれていく。こんなに楽しい気持ちでいられるのはいつぶりだろうか。
休日の図書室にはわたししかいない。たまに参考書として本を読んだりしながら、新たな物語を描き続ける。
「あら? 奇遇ね、ルー。あなたも読書家だったのね」
いつの間にか、目の前にアイリス様とフォンさんが立っていた。いつ図書室に入ってきたのか、執筆に集中し過ぎて気づかなかったらしい。
「あ、こんにちは、アイリス様、フォンさん。まだお礼が出来ていませんでしたね。事件の際はありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」
「様なんていらないわよ。それにお礼と謝罪もね。あの事件はほとんどクレイが一人で解決したようなものだし、クレイに言って」
「はい、もちろん直接お伝えしました。ふふっ」
「ん? 急に笑って、クレイの反応がそんなに面白かった?」
「あ、すいません。だってクレイさん、『別に助けた訳じゃない。俺が個人的にムカついたから計画を阻止してやっただけだ』って言うんですよ。わたしが助けてって言ったら任せろって言っていたくせに。まさかそんな素直じゃない反応されるとは思わなくて、思わず笑ってしまったんですよね」
「ホントに素直じゃないわね。らしいと言えばらしいけれど、何というか偽悪的にふるまうのが好きよね。ひねくれてるというか」
あの人は何でも出来る完璧な人だと思っていた。常に冷静で、全体を見通していて。戦闘は苦手だというけれど、それだって何だかんだ言って最後には勝って見せるんだろうって。
でも、あんな反応をされると、何だか親近感が湧いてしまう。レオン王子にも人の気持ちが読めない弱点があるように、クレイさんにも素直じゃない弱点があるように、完璧な人なんていないんだなって思わせてくれる。
「あら、あなた、もしかして自分で物語を書いているの? スゴイじゃない! どんな話?」
ふと、アイリスさんがわたしの手元に視線を落とす。そこにはお二人が来るまで書いていた物語があって、
「あ、ええっと……すいません、これはお見せ出来ないんです。商品になる予定なので……」
「商品? ってことはもしかして本として売ってるってこと!? こんな身近に作家がいたなんて……! ねぇ題名だけでも教えてよ。見かけたら読んでみたいわ」
「ええと……白き騎士と黒き姫っていうんですけど……」
今書いているのはそれとは別の作品だが、これはまだ書いている途中で店には並んでいない。
既に売っている自分の作品の題名を告げた瞬間、興奮していたアイリスさんがますます盛り上がり、発火しそうなくらい紅潮した顔をグイッと近づけてくる。
「白黒の作者様っ!? 嘘、本当にっ!? スゴイスゴイ! ちょっとフォン聞いた!? 白黒の作者だって!」
「知ってる」
「はぁ!? 何で知ってるのよ何で知ってて黙ってるのよ教えなさいよぶっ飛ばすわよ!?」
「ちょちょ、アイリスさん落ち着いて……」
それからアイリスさんが正気を取り戻すまで、実に10分もの時間を要した。
「はぁ、ごめんなさい。興奮し過ぎたわ。今書いているのは白黒の続き?」
「いえ、これは別の新しい物語です。空気が読めない正義感の強い王子様が主人公の物語です」
「へぇ……ん? それって……」
「あはは、レオン王子をモデルにさせてもらってます。良いですよねレオン王子。強くて頭も良いのに人の気持ちに鈍感で、でも正義感が強いから悪事を見逃せないし困っている人を放っておかないし、そんな性格や能力で人気を集めるのに鈍感だから空気が読めなかったりして逆恨みされたりヒロインが病んじゃったりでも何だかんだで高い能力で問題を解決してハッピーエンドでこんな主人公として最適な人なかなかいませんよ!」
「え、ええ、そうね?」
「ハッ! す、すいません……」
「じゃあレオンの班に入っているのも?」
「はい。王子がどんな方なのかは有名ですから、近くにいれば執筆のネタがもらえるかなって。すいません何か不純な動機で」
「いえ、他の連中もレオンに近づきたいからすり寄ってた訳だし、そんなものなんじゃないかしら。むしろしっかりした理由があって班が結成されることなんてあまりないんじゃない? ほとんどはこの学園で初めて会う訳だし」
「そうかもしれませんね」
でもそうか。もしかしたらわたしも他の人たちみたいに、王子の恋人になりたくて班に入っていると思われているのかもしれない。
もちろん王子のことは嫌いではない。むしろどちらかと言えば好ましい人であるのは間違いない。だからといって、恋人や結婚相手として考えると、王子はちょっと……こちらの想いを察してくれなくてストレスが溜まりそう。
そもそも王子という立場の方がわたしなんか相手にしてくれる訳がない。もっと現実を見るべきだと思う。
「ねえ、もっと話を聞かせてよ。普段どんな物語を読んでるの? 他にも書いている作品はあるの? ほら、フォンもこっち来なさい」
「物語の執筆を始めたきっかけを教えて」
「あ、それも聞きたいわね」
それからしばらく質問攻めにされた。根掘り葉掘り聞かれて少し疲れる、でも楽しい時間。
新しいお友達が出来た。これから楽しい学園生活になりそう。
またいつか、マーチさんともこんな風に、楽しくおしゃべりが出来るようになれば良いな。
『ほら行くわよ、ルー!』
『ま、待って、マーチさん速いよ』
『もう、仕方ないわね。ほら掴まってなさい!』
『あわわわっ!?』
そんな懐かしい光景が、ふと頭に浮かんでいた。




