エリザベート様に睨まれたい
僕はエルビス・フレスリ伯。
フレスリ伯爵家の長男15歳。
今日は我が主にあたるテイラム公爵家で舞踏会が開かれる。テイラム家に三人の王子がやって来るという。
その段取りをしたのはエリザベートお嬢様だという噂だ。
エリザベートお嬢様は以前は我が儘気儘のどうしようもない癇癪持ちだったという。
だが王太子殿下との初顔合わせで、性格が激変した。
父や母は
「恋が人を変えるのよ」
なんてしたり顔でいうけれど、僕には接点がほとんどないからどうでもいい。
とにかく三王子の来訪に合わせて舞踏会が開かれる訳だから、僕としては出席しなければならないので面倒くさい。
そうそう我が伯爵家にはちょっと眉唾物の口伝が伝わっている。
テイラム公爵家の祖はエリザ姫という王家の長女なのは周知の事実である。そしてフォラリス王国初代に男惚れしたテイラム公が自らの国を差し出し、その決断を讃えエリザ姫を下賜されたというのが史実。
だが伝承では長女のエリザ姫が一軍を率いて戦争していたというのだ。女だてらにそんなことある訳がなく、実に胡散臭い話だ。
そしてここからが肝。
このフレスリ伯爵家は元々エリザ姫の親衛隊をしていたという。その親衛隊の名前が
【エリザに睨まれ隊】
─アホか?
こんな下らぬ話を真面目くさって次代に受け継がせる意味はあるのだろうか?
そしてこんな秘伝もある。
侯爵家は全部で8家あるが、そのうち3家はテイラム公が率いていた将軍の家系だという。
そしてもしなにやら事が起こりテイラム家と王家が争う事があれば、その3家はテイラム公爵家に付くという。
だが、それがどの侯爵家であるのかは伝わっていない。
もしそれが本当ならば、テイラム公爵家は王家に匹敵する大勢力を有していることとなる。
軍事といえばローレンス公爵家が有名で、有する軍も最大規模である。
それに次ぐのは少し見劣りしテイラム公爵家。
だがテイラム公爵家に繋がりのある伯爵家は他家の倍以上あり、その影響力を受ける男爵家以下の下級貴族は多い。
つまりテイラム公爵家の単体の軍事力はローレンス公爵家に見劣りするが、テイラム公爵家に属する派閥の軍隊を加味すれば、総合力で上回る。
それと侯爵三家が加われば、王家に勝てるかもしれない。
だがそんな王家とテイラム公爵家が争うことはあり得ない。何故なら王家とテイラム家は最も血の繋がりが濃く、王妃を最も多く輩出している。
言葉を変えればテイラム公爵家出身の女性が、最も多くフォラリス国王を産んでいるということだ。
切っても切れぬ間柄であり巷では
〈例え王家が倒れる事があろうと最後までその傍らにあり王家の盾となるのはテイラム公爵家である〉
と言われている。
僕もそう思う。
☆
何だかんだで僕は今舞踏会会場にいる。
父のフレスリ伯爵に従って母と姉、妹二人と会場入りした。いつになく身内の女達がおめかししているのは、王子三人が来訪することと関係しているだろう。
だが、まだ最年長の王太子殿下で11歳。まだまだ子供だ。
それにまだ婚約者がいない三男のヘルメウス殿下は9歳だ。そんなに着飾ってどうするつもりだろう?
無駄だろう。
まあ。テイラム公爵様は着座され、もうお子様王子様を待つばかり。退屈だ。
姉も妹も目をキラキラさせている。
─なんだかな~
そう言えば下級貴族の間でエリザベート様の美しさが評判になっていた。
何でも僕達が来る10分位前にテイラム公爵と共に会場に顔を出されて歓談し、5分程で帰って行ったという。
エリザベート様は王太子殿下と同じ11歳。
こちらもまだまだ子供だ。
いい歳した大人が熱くその美しさを語るほどでもあるまいに……きっと金をかけておめかししたのと、公爵令嬢補正が掛かって何割増しになったのだろう。
でも目付きが悪いのは健在らしく、目が合っただけで泣き出したご令嬢もいるとかいないとか……。
そんなこんなでようやく王子様ご登場だ!
なんだか可愛らしいペアだ。
9歳同士。殿下のパートナーはセシルお嬢様でその場で二人の婚約が発表された!
これで次代の公爵様はヘルメウス様に決まったも同然!
こうしてはいられない!
絶対ヘルメウス様に挨拶に行かねば!
好印象を残せば、側近に取り立てられるかもしれない。
俄然興味が沸いてきた。
実は本人達は今日婚約を知ったのだという。
これで次代の王妃はエリザベート様。
次代のテイラム公爵家当主はヘルメウス王子。
さらに深く王家との絆が結ばれた!
めでたいことである。
そして次のご登場はネルフィス殿下。
パートナーはアラム侯爵家の姫。
ナシェル嬢だ。こちらは9歳。
なんだか凄く緊張している姿が微笑ましい。
それにしてもネルフィス殿下。
凄まじい美貌の持ち主だ。
ブルーブロンドの髪が爽やかさに拍車をかけている。
最後に真打ち登場!
ラッパの音と共に来場したのはほんのり腹が出ている
エルメス王太子殿下。
そしてその傍らには……深紅のドレスに黄金の巻き毛。
その背中に杭をぶっ挿したような姿勢の良さ!
─我らがエリザベートお嬢様!
音楽が鳴り響き、フロアの中央に立つ二人。
これからファーストダンスが披露される。
エリザベート様はふーっと深呼吸すると、ゆっくりとグルーっと会場を一睨みした。
その視線が僕と交錯する。
僕の背中に電流が走った。
エリザベート様の視線がエアリス殿下に固定されると、僕はどうしようもない羨ましさと嫉妬に感情が渦巻いた。
あの眼差しに惚れた。
そして切実に願った
──エリザベート様に睨まれたい──