3 奇術師王女
花畑に至る道は、どこから始まっていましたか?
死体と言う物は存外需要がある。
それは当然の事で、物の価値は入手し難ければし難い程上昇する物なのだ。
人の死体等そこらに溢れていると言うのに、勝手に拝借すればどの国でも犯罪者として扱われる。
死体程多様な価値を持つ物品は他に無い。
それはその死体が生前持っていた価値に由来したり、死体その物の価値であったり、死の状況がそれを作り上げたり。
特筆すべき価値の無い死体は奇術師や治療院に売れる。
少なくとも花よりは売れるのだ。
それに引き替え袋にぎゅうぎゅうと詰め込まれた花の使い道の無さと言ったらもう……。
ここ最近花を扱って感じるのは、今やこれらの花はただの燃える塵だと言う事だけだ。
燃やせるのだから燃料にでもして利用すればいいと思うのだが、これらの花には忌避されると言う非常に厄介な価値が付随してしまった。
この大量の花は只より安いのだ。
只より安い。それは世間一般では負債とも呼ばれる。
回収した花の細かな処分方法は国によって異なるが、基本的にどの国でも国外追放した上で燃やす。
つまり、私達死体屋は花を回収する度に国の外まで出て焚火をするのだ。
最初の頃は国の見届け人が花を燃やす所を監視していたのだが、今は誰も見に来ない。
それが良かったのか悪かったのか。
何れにせよ私は生きている花を誰にも見咎められずに国外に持ち出す事に成功した。
「身体が崩れ落ちた時は死ぬかと思ったけど、首だけってのも案外悪くないわね」
死体袋の口を開けると、その中で王女が口を開いた。
そう、王女である。
北の王国の第二王女は死体屋の間ではそれなりに有名だ。
実は直接会った事もある。……見事なまでに忘れ去られている様だが。
この王女は死体屋の大得意様でもあったからだ。
ヒナガタの奇術に傾倒し、弟子入りまで果たしたお転婆王女。
……お転婆と言うには色々と過ぎたる王女だが。
花を燃やしながら、ここ一月程の間に起きた事を王女に語る。
唐突に花が動きを止めた事。
花だと思われていなかった多くの人が花だった事。
北の王国で全ての王族が花であった事が発覚して大騒ぎになった事。
帝国軍が駐留軍全てを本国に戻さざるを得ない程兵士が花だった事。
聖国の町一つが花に占領されていた事。
封国の議会構成員は三分の二が花だった事。
聖国がフセンの奇術でヒナガタの死を確認した事を公表した事。
封国が花畑に奇術師を送り込んだらしい事。
南の王国が突如国境を封鎖して人も情報も出て来ない事。
死体と人が不足している事。
死体屋が割を食っている事。
結構な事が起きていると言うのに、王女は割と冷静に私の話を聞いていた。
あまりに反応が乏しくて不安になるくらいだ。
結局王女は花が全て灰になるまで一言も発せずに私の話を聞いていて、聞き終えた後の言葉も非常に素っ気無い物だった。
「そう。大変だったのね」
完全に他人事である。
聞き様によっては私を労う言葉にも聞こえなくはないが、十中八九大きな感情を抱いていないと思われる。
その頭に花が詰まっているからだろうか?
「大変なりに落ち着きを取り戻しつつはありますけどね。まあ、そのお蔭でこうやって生きている花を持ち出せた訳で」
一月前の様な厳しい監視体制の元では王女の首はその場で大使館諸共焼かれていた事だろう。
実際至る所で火災が発生した。
親しい者が散って、衝動的に花を燃やす者は多かったのだ。
倫理観が崩壊している我々死体屋から見ても火事は頂けない。
炭は死体ではないからだ。
「実際、この状況で良く私を持ち出そうなんて判断したわね?」
「王女様は我々の上得意様でしたし、漠然と金になるかなとも思いましたし、この混乱の原因について何か知っているのかもとも思いましたし」
ここ最近の客はしけた輩ばかりだし、この混乱の原因について何か知っていればその情報は金になると思ったし。
当てが外れたかなと思っているけれど。
「期待に応えられなくて心苦しい限りだわ」
王女が全くそんな事を思っていないわと顔で言っていた。
口ではそう言って貰えるだけここ最近の客よりはマシな部類だ。
「それで、次はどこへ仕事をしに行くの?」
「聖国ですね」
「聖国」
「聖国ですね」
厳密には仕事をしに行く訳では無く、仕事を探しに行く最初の手順と言う程度だ。
大陸の中心に位置する聖国はどこの国に行くにしても便利な中継地点だし、死体を忌避する文化が色濃い聖国では比較的仕入れが捗る。
その分同業者も多く競争も激しいけれど。
「聖国は奇術師が活動し難いのよね」
首しかないのにどうやって活動する積りだと思ったが、この王女は王女でありながら奇術師でもある。
何とかする手はあるのかも知れない。
と言うかそれ以前に、私がこの首を世話する事になるのか?
まあ、首だけだから逃げるのは簡単……と思っていたら首が僅かにふわりと浮いた。
「うーん。何とかなるかな?」
ふよふよと低空を漂いながら王女が呟く。
この王女がどんな奇術のネタを持っているのか、私は知らない。
ヒナガタの弟子だったのだから花関連かとも思ったが、用心深く疑り深く慎重である事で有名なヒナガタが弟子にネタをそのまま教えているとも思えない。
奇術のネタは奇術師の死によって失伝する事が多い。
飯のタネを他人に明かそうなんて奇特な者は極一部だと言う事だろう。
ハコビの様に弟子を沢山抱えていたにもかかわらず、そのネタが失われてしまうなんて事もあるのだから。
実際今回の一件でヒナガタの奇術のネタは失われたとされている。
多くの奇術師が花を分析したが、どうやら分からなかった様だと言うのが死体屋達の共通認識だ。
解析出来たのであればそれなりの動きがどこかであり、それは死体屋に隠す事は不可能だからだ。
まあ、一応私の横で浮いている首が伝承している可能性はあるのだが。
そう言った意味では金になるのか? 可能性にだって値は付く。
事実はどうであれ生きた花とはそれだけの期待が集まるだろう。
「聖国の現状はどんな感じなの? ある程度は混乱している?」
「流石と言うか、聖国と帝国は大分落ち着きを取り戻していますね。純粋に人の総数が多かったのが良かった様で、規模を縮小すれば経済活動は維持出来ますから。国未満の集落は悲惨みたいですよ? 逃げたのか散ったのかはともかく、結果として誰も居なくなった所も多い様で」
私の回答に王女は気の無い返事をして、ぐるぐると回り始めた。
最初は頭頂部から首の断面へと突き抜ける軸を中心とした横回転だったが、次第に軸の角度はぶれ始める。
数分程見ていると軸が大きく動き始め、顔が上下左右にぶれながら回り始めた。
見ているだけでも気分が悪くなりそうな回り方だが、中身が花の王女は顔色一つ変えずに回っている。
そもそもこの花が顔色を変えられるのかも判然としないが。
「まあ、いいわ」
王女が呟くのと同時に、真上を向いた状態で回転がぴたりととまる。
その顔がぐりんと回って私の方へと向き直る。
「貴方は国未満の集落を回りなさいな。道中の獣は私が狩ってあげるわ」
奇術師が護衛に着くのだからこれ以上無い安全な旅路よと、王女は見惚れる様な微笑みを浮かべた。
まあ、間違ってはいない。
国未満の集落は実入りが少ない以上に危険が付き纏う物だ。
信頼に足る護衛は雇うのにバカ高い金が要るし、安い護衛は野盗と大差無い。
行き倒れでも見つけられれば十分に採算が見込めるかなと計算していると、王女はとんでもない事を言い出した。
「今なら集落の一つや二つ狩っても誰も気付きやしないし、聖国も封国も調査に乗り出さないわよ」
顔色一つ変えずにそんな事を言う王女。
顔色を変えられない可能性もあるが。
しかしまあ、これだから奇術師は……。
「流石は奇術師ですね。死体屋には真似出来ない」
「でしょう?」
王女でもあるこの奇術師は比較的正しく常識と倫理を理解している筈なのに、私の皮肉にとても誇らしげに笑って見せた。