2 花畑で彷徨いながら
その花畑の中で、どれだけ歩きましたか?
カミノクラ王家の王女様は蚊帳の中に入ると、ぷっつりと意識を失って朝まで眠った。
王族の女と一夜を共にしたと言うのに、何の緊張も無ければ色事も起きなかった。
カミノの名を冠する正統な王族だと言うのに妙に威厳の無い王女様だ。
それら全てが自称であると言えばそれまでだが。
しかしながらその所作は確かに高貴な身分の奴等のそれだ。
無駄しかないが美術品の様なその所作は飯のタネを求めて日々を生きる者のそれでは無い。
美術品と肩を並べて先の見えない花畑を歩く。
言葉にするとなんとも奇妙な状況に置かれている。
王女様に何故こんな所に居たのかと聞くと、気付いたらここに居たとの事で大した情報も無ければ話も弾まなかった。
「我が国は滅びた、と言う事ですか」
花畑を歩きながらここ半月程の出来事を教えてやると、その迂闊な雰囲気からは想像出来ない程達観した声でそんな事を呟いた。
少し意外だったのでまじまじとその顔を見ていると、王女様は苦笑交じりの微笑みを浮かべた。
「我が国の内情は秘匿されていたので知らなかったのかも知れませんが、我が国はそう長く無いと言うのが王家の認識でしたので」
そんな事は知っていたが、あんたがそれを知っていて尚且つ受け入れていたのが意外だったのだとは言わなかった。
この花畑では貴重な話し相手の機嫌を、積極的に損ねる理由は無いのだから。
「だから妖腕の花売りの庇護下に降ったと言う事か?」
「花には維持費が掛からないですからね。色々と運用する上でこれ以上無い程財政に優しいのですよ」
別に庇護下に降らなくても一緒だったみたいですけれどと、妙にあっさりした声で王女様は自嘲した。
俺が見えている部分で腐ってく方がマシだろうと言うと、王女様は何も言わずに苦笑して俺を見た。
「所で獣追いさんは――お仕事ですか?」
「妖腕の花売りの死体を探しにな」
「……そうですか」
王女様はそう言って花畑に視線を流した。
恐らく雇い主を聞きたいが自制したと言う所だろう。
名前も明かさない男に遠慮する等ますますもって王族然としない。
本当に王族だろうか?
まさか花ではあるまいな?
花だとしたら散っていないのが妙だ。
この花畑には花が散らない何かがあるのかも知れないが。
「やはり、ヒナガタさんの死体は高く売れそうですか?」
色々遠慮した結果がこの質問だとしたら、この王女様は相当アレな頭をしているのかも知れない。
「あれだけ猛威を振るった奇術師だからな。花を咲かせるネタだけでも知りたがる輩は多い。加えて花を動かすネタまで手に入れば……一見大した事無いその奇術の効果的な応用方法は誰もが知っている」
依頼元が求めるのは妖腕の花売りが集めた情報の方だろうが、果たしてこのちぐはぐな王女様の思考はそこに至っているのだろうか?
その横顔を伺うも、寂しそうに相槌を打つだけでどこまで考えが至っているのかは分からなかった。
「でも、そもそもの疑問として、ヒナガタさんは本当に死んだのでしょうか? 先程の話だと誰も確かな証拠を得られたとは思えないのですが……」
ただ、それでもはっきりと分かる事がある。
王女様はどういう訳か妖腕の花売りを慕っている。
国を食い荒らされ自らも花と置き換えられていたと言うのに、妖腕の花売りに対する憎悪も嫌悪も敵意も感じられない。
これは王女様の持って生まれた性格なのか、或いは王女様と妖腕の花売りの間に何かしらの関係が構築されていたのか。
「古鞄の川流れを知っているか?」
俺の質問に王女様は俺を見て首を傾げた。
「存じませんわ。そもそも川流れとは?」
「知らん。古鞄の川流れは名の知れた奇術師だが、自称の二つ名が知れ渡っている珍しい奇術師だ」
自称の二つ名が知れ渡っていると言うより、その奇術に対して広く呼ばれる通り名が付かなかったと言う事なのだろうけど。
「古鞄の川流れは特定の人物が死んでいるか生きているかを判定出来ると言う物なんだが、その相手は実在していれば居場所を特定する必要すら無いらしい」
「それは……凄いのですか?」
顔に疑問符を浮かべる王女様に、俺は凄く便利な奇術だと言い切る。
この奇術は対象に対する制限が無さ過ぎるのだ。
居場所も知らない、名前も知らない、一人なのか複数なのかも判然としない、そんな対象でも判定する事が出来る。
例えば死んだ男の血族等と言う大雑把な条件でも判定可能なのだ。
本当に恐ろしい奇術だ。
「そいつが妖腕の花売りの死を判定した。間違いなく妖腕の花売りは死んでいる」
古鞄の川流れが妖腕の花売りの死を判定した事は聖国が大々的に発表した。
気前の良い事だ。古鞄の川流れに死を判定して貰うのには、最低でも三十人の死を捧げなければならないと言うのに。
花が散って人がごっそり消えたこのご時世にその犠牲を許容してかつ結果を公表するなんて、流石は聖国と言う事か。
まあ、それがはったりである可能性もある事はあるのだが。
「所で、話は変わるのですが」
王女様が何故かそわそわしながら辺りに視線を巡らせる。
何かいるのかと感覚を研ぎ澄ますが、特に気配は感じない。
「その、川流れさんの名前を聞いて気が付いたのですが、私ここに来てから川を見てないのです」
王女様が言わんとする事が分からず、その顔を見詰める。
視線からその事を察したのか王女様は少し考えて口を開いた。
「花が育つには水が必要ですが、森と違って草原は本来水を貯え難い地形なのです」
言われて思い至る。
昨夜食べた花はどれも瑞々しかった。
だが、この土地にどこからそれ程の水が供給されていると言うのだろうか?
そもそも延々と花畑が続く地形自体が異様なので、今更と言えば今更な事だが。
ただ、妖腕の花売りの奇術を念頭に考えるとそこまで不思議では無い気もする。
「何も無い所から花を咲かせる奇術師もいるからな。不思議ではあるが、ここはそう言う場所と考える事も出来る」
俺がそう言うと王女様は納得した声でそれもそうですねと言った。
そう説明した俺が言うのも何だが、こんな説明で納得出来る頭で大丈夫なのか?
或いは迂闊で無知だからこそ妖腕の花売りに好意的なのだろうか。
「そもそもこの場所自体が奇術みたいな物だしな。この花畑は立ち入るべきでは無い場所として広く認識されている。正直な所、俺も仕事でなければ早々に立ち去りたい気分だ」
この花畑は異常だ。この場所に立ったからこそそれははっきりと分かる。
そしてその場所に入った者の話を聞く間でも無く、誰もがそう思っている。
だと言うのに、隣を歩く王女様は不思議そうな顔で小首を傾げた。
「ええと……この花畑がですか?」
俺はそれにどう返事をするべきか少し迷ったが、聞き流す事にした。
迂闊で無知で鈍感な王女様だから仕方の無い事だろう。
と言うか、その鈍さが羨ましくもある。
俺の様な荒事に慣れた輩よりもこの王女様の様な小娘の方が今回の仕事には向いているのかも知れない。
夜に僅かな明かりで花畑を歩けるくらいだ、色々と超越した図太さとも言える。
案外奇術師としての素質があるかも知れないな。
「それにしても、何だか幻想的な風景ですね」
この空気の読めなさと独特の感性。
或いは花畑を幻想的と感じるのが本来の感性であり、そう感じさせないこの花畑の異常さが際立つとするべきか。
「まあ、一般的な花畑と言えばそうなのかも知れないな」
見渡す限りの花畑。
歩けど歩けど花畑しか無い。
この南北の王国の間にある部分の花畑は、森林部分を含めて最短距離で横断するのに四日程掛かると言われている。
これは一年程の月日を費やして花畑の外縁を詳しく測量した結果だ。
封国と聖国の依頼を受けた三翼の飛眼球が、全ての弟子を花畑に呑まれながらも測量を終えた事によって齎された情報だ。
三翼の飛眼球は報酬を受け取る前に姿を眩ましたと言う。
花畑に関わったが故に呑まれたのだと言う奇術師もいる。
妖腕の花売りと並ぶ奇術師とも言われた三翼の飛眼球。
健在であればこの仕事はあの異形が受けていたのだろう。
この花畑で生き残る事。
それは俺の予想以上に難しいのかも知れない。
「この様な状況でなければこの景色を絵に描いてみたいですわ」
ほうと感嘆の溜息を吐きながらそう言う王女様を見て、俺は直前に思った事が揺らぐような感覚に陥った。




