Ⅲ 王女の日常 06 パテギア・トルクメニアン 王女の憂鬱①
「はぁ……」
私の口から漏れた空気がふわりふわりと風に乗り、王宮の外へと流れていきます。このまま私も綿毛のように風に乗り、あの人が戦っているあの国へ漂っていけたのならどれだけ気持ちが楽になる事でしょうか。
「パテギア王女様、お食事の準備が整いました。王妃もお待ちですよ」
「はぁ……鳥って自由ね。このままあの白い鳥のように空を飛んで、ハルキ様の下へ」
ハルキ様が依頼を受け、エルフの国へ向かって暫く立つ。いつもなら得意の隠密活動で陰からあの方の勇姿を見守るところが、エルフの国にそれは叶わないのです。
「王女様~~? 聞こえてますか~~?」
「そうだわ。スミスなら、エルフの国へ通じる秘密の入口を知っているかもしれないわ」
そうよ、私。そうと決まったらすぐに支度して……。
「あ、あんなところにハルキ様が……」
「え? ハルキ様! どこ? どこに居るの?」
王宮のバルコニーから周囲を見渡すもハルキ様の姿はどこにも居ません。目の前には私を幼い頃からよく知る王宮に仕えるメイド。
「王女様。ハルキ様は此処におりません。さぁ、王妃がお待ちです。お食事の時間ですよ」
「酷いわ、フィーネ。私に嘘をついたのね。そうやっていつもフィーネは私の気持ちを弄ぶのね」
「はいはい、王女様、行きますよ」
「そうやってフィーネは私がハルキ様を想う貴重な時間をも奪おうって言うのね」
この後、私はフィーネに足をズルズルと引きずられるがまま、食事会場へと連れていかれます。高い天井には宝石が散りばめられた金色のシャンデリア。縦長いテーブルには星産鶏の卵で作ったオムレツに星然酵母のふわふわパン。煌星牛の薄切り肉、トルクメニア国で採れたフルーツの盛り合わせ。どれもこの国自慢の食材ばかりです。
食事会場には既に王宮メイドと女執事が控えており、テーブルの一番奥にトルクメニア国を治める私のお母様こと、エリス・トルクメニアン女王が座っています。
「遅かったわね、パテギア。さぁ、いただきますわよ」
「はい、お母様」
いつもの食事の時間は嫌いではないけれど。今日は|なぜか$なぜかでもない気がする$心が落ち着かない。本来ほっぺたが落ちるほどのお肉も卵も、味を感じない。
――そっか……この間までハルキ様と一緒に食事をしていたから。
私は甘い蜜を知ってしまったのだ。アルシューン公国で、ガーネットさんとハルキ様。三人で一緒に食べた質素な料理。ただワイルドに焼いただけのお肉。ラピスベリーのお酒。野菜。どれも貴族が食べるような高級料理ではない。でも、ハルキ様と冗談を交えつつ食べるあの食事は、今迄食べたどんな食事よりも美味しかったのです。
「……また、あの赤毛の青年ですか?」
「え? 何の話ですか?」
私が考え事をしていると、お母様が声をかけて来ます。
「あなたの表情を見ていたなら分かります。あの青年はただのなんでも屋であり、一般市民です。あなたとは住む世界が違う」
「住む世界なんて、関係ありませんわ、お母様」
眼前のローストビーフをナイフとフォークで切り分けつつ、私はお母様の言葉に反発します。
「いいえ、関係あります。この国は女王制。第一王女であるあなたは、次期女王となる存在です。現騎士団長、アルクのように貴族出身で、文武両道な人物でないと、私は認めませんよ?」
「いいんです、お母様に認めてもらうつもりはないですから。それよりお兄様は何処に行かれたのですか?」
お母様はいつもこうだ。私は私の意思で相手を決めたいというのに。これ以上、この話題が続く事を避けるため、兄の話題に触れます。いつもなら食卓へ同席する兄の姿が見当たらないのは事実。どこへ行ったのでしょうか?
「チャーリーはアルクの下で早朝より訓練中ですよ?」
「そうなんですね」
お兄様は稽古熱心ですね。私とお母様の会話を他のメイドや女執事達は黙って聞いています。お母様は続けます。
「アルクのお陰でチャーリーも成長しています。スミスといい、アルクといい、この国の騎士団には有能な人材が揃っていて素晴らしい事ですね。パテギア、あなたもそろそろアルクと将来を見据えて……」
「ごちそうさまでした!」
「待ちなさい、パテギア!」
ああああ、話題を逸らす作戦のつもりが話題が戻ってしまったぁああああ!
すいません、少し取り乱しました。
サウスドリーム産のドリームマンゴーをニ、三口頬張り、私は急いで食事会場を出ます!
「お待ち下さいパテギア王女様、いえ、パフェ!」
部屋を出る私を心配したのか、フィーネが私を追いかけて来ました。普段はパテギアの名で呼ぶ彼女は、幼い頃から私を知っているため、時々私をパフェの愛称で呼んでくれるのです。
「大丈夫よ。ありがとうフィーネ。お母様とのやり取りはいつもの事だから……」
「エリス様は、半年前〝成星の儀〟を終え、大人の仲間入りを果たしたパフェを心配しているの。本当はパフェも分かっているのでしょう?」
分かってる。分かってはいる。でも鳥籠にずっと閉じ籠られたままだった私にとって、ハルキ様は私の生きる世界に突如現れた一条の光。星の王子様だったから。
「いいの。叶わない恋だとしても、私はこれからも、あの方を陰から見守っているの」
「恋は盲目。恋する事は素敵な事ですが、あまり深く潜ると溺れてしまいます、くれぐれもお気をつけ下さいね」
人生の先輩でもあるフィーネからの言葉に『わかっているわ』とウインクしてみせる私。
「フォーフォッフォッフォッ。青春ですなぁー王女様。某がおります故、困った時は力になりますぞ」
「スミス! いつからそこに!」
いつの間にか、巨大な柱の横に専属執事であるスミスが立っており、私の身体がビクんと跳ねる。彼は白髪混じりの髭に触れつつ歩み寄り、私の前で恭しく一礼する。
「さぞ憂鬱な日々を過ごしていたであろう王女様へ朗報をお持ちしましたぞ」
「え、朗報? まさか……!」
スミスの言葉を受け、金色の瞳に光を灯す私。
「先程ブレアから連絡が入りました。アルシューン公国で起きていた異変は無事に収まったとの事。紆余曲折あり、ハルキ様はメイ様と共にエルフの国にて悪の元凶と対峙した模様ですぞ」
「え、あのメイさんとハルキ様が?」
驚く私へ向け、優しく微笑むスミス。メイさんとハルキ様が合流するに至る迄には色々あったらしい。私が見ている世界はちっぽけ。世界は私の知らないところで廻っているみたいです。アルシューン公国で起きていた事件と、ハルキ様が赴くきっかけとなったエレメンティーナで起きていた異変も全て元凶は同じだったみたい。
「じゃあハルキ様は明日には帰って来るのですね!」
ハルキ様が還って来る。その言葉だけで今迄の憂鬱な心が嘘のように気分が晴れています。やはり創星の女神様は、私とハルキ様の未来を祝福して下さるのですね。
「ブレアもハルキ殿も直に還って来る。これにて一件落着ですわい。フォーフォッフォッフォフォ!」
「そうね、スミス。報告感謝するわ。これで私の悩み事がひとつ解消されたわ」
若草色のドレスを翻し、喜びを全身で表現する私。今日はお城の有事を適当に熟して、後は明日に備えましょう。




