2 プロローグ(後)
「ミトゥンへの転生でお願いします」
僕がそう答えると彼女は頷き、右手を僕に向け目を閉じる。
すると手のひらから青白く光る球体が飛び出し、僕の中へ入っていった。
「これであなたには私の加護が与えられました。加護、といってもあまり大それたものではありません。あなたが加護によって受ける恩恵は二つだけです」
そう言うと彼女は視線を机に戻して書類作業へ戻りながら話を続ける。
「ごめんなさい、ちょっとこれ片付けなきゃいけないんです。急ぎでね。同時進行で説明でも良いですか?」
「いや、別に構わないけど……」
「ありがとう。まず一つ目の恩恵は、前世での記憶とこの場における私との会話を引き継いだまま生まれ変わる、というものです。学生であったあなた達がもつ知識は高が知れてるでしょうが、精神面で十六年分のアドバンテージがあります」
「うん? 僕達の知識が通用しないってことは、ミトゥンは技術的に割と進んだ世界なのか?」
「いいえ、そうではありません。ミトゥンの生活水準は良いところでもあなた達の住んでいた日本の明治初期程度のものでしょう。魔法がある分、科学技術に関してはもっと拙いものかもしれません」
「だったら……」
「しかしあなた達が持っているのはあくまで知識だけです。物理法則を証明するための実験環境の整え方も分からなければ、ひたすらに計算を積み上げる熱意も持ちあわせていない。それがあなた達日本の高校生の普通です。内政チートや科学チートなんていうのはたとえ専門知識を持つ大人であったとしても難しいものになるでしょう」
「……」
「こちらで学問として定着しているのは魔法学のみです。ひょっとしたら数学くらいは広められるかもしれませんが……私が言いたいのは、何か利益を得たいのなら楽できるとは思うな、ということです。加護こそ与えますがあくまでそれは才能の素であって万能の力ではありません。過信はしないでくださいね」
「ええ、わかりました。ありがとうございます」
今の話で、はっきりと認識した。僕の目の前にいる存在が確かに女神であることを。
考えを読んできた時点で人ではないことは分かっていたが、今彼女の言葉からは紛れもない慈愛の感情が伝わってくる。
人間臭い第一印象とのギャップが大きすぎて混乱したが、彼女が今、僕に寄り添ってくれているのは確信できる。
「うふふ、嬉しいですね、ここまで私を受け入れてくれているのはあなただけですよ。他の子は、心を読んでくるのを嫌がったり、年上への対抗心みたいな感じで距離を取られてしまっているので」
「他の子、ですか。あいつらは今どんな状況なんですか?」
「あなたと同じで私から説明を受けています。29人ともミトゥンへの転生を望んでいますよ。魔法が使えるのはやはり魅力的なようですね」
ここで彼女は書類作業を終えたようで、大きく伸びをする。そして彼女が指を鳴らした瞬間、突然僕の前に黒い壁ができ、そしてすぐに消えた。次に僕の視界に映ったのは、修道服に身を包んだ彼女だった。
「さて、では二つ目の恩恵について話しましょうか。まずミトゥンにはあなた達の元の世界にはないシステムが二つ導入されています。ステータスとスキルです」
ステータスにスキル……だと……
「ステータスは、個人が持つ能力を数値化したものです。また、スキルは個人の技能を11段階で評価したものです。この11段階目は人間がそれのみを追求した際の到達点を想定したいわば人外の領域なので、あなた達の視点では10段階目が限界になっています。そして今回私が与えた加護によってあなた達はステータスの成長補正を受けるようになりました」
「なるほど、努力すればするほど強くなるってやつですね」
「ええ、その通りです。いずれもある条件の下で可視化出来るようになりますが、具体的な方法は転生先で身につけてください。向こうでは常識なので割とすぐ出来るようになるでしょう」
そう言うと彼女はゆっくりと椅子から立ち上がり、胸の前で手を組んで目を瞑る。
「これで、私があなたに伝えなければならない情報は全て渡しました。改めて、システムエラーに巻き込んでしまって申し訳ありません」
彼女が言葉を発するのにつれて、徐々に僕の視界が白い光に包まれていく。
「この世界の輪廻に組み込まれたあなたは、前世の評価をもって新しい生を受けることになります。共に転生した子達との出会いもあるかもしれません。辛い時や悩みを持った時は教会に来てください。私で良ければ相談相手になりましょう」
彼女が目を開き微笑むと、足を動かしていないのに彼女との距離が離れていく。小さくなっていく彼女に、光に包まれていく視界。最早わかるのは、彼女が発する言葉だけだ。
「どうかこの世界で幸せを見つけてください」