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【5巻電子書籍&POD化】神様のドS!!~試練だらけのやり直しライフは今日もお嬢様に手厳しい~  作者: 藍上イオタ@完全無欠の悪女です2月下旬発売
中等部三年

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98.電車で行こう! 1


 今日は早めに準備を済ませて、家を出る。

 お気に入りのグレーの袖付きワンピースは、白い丸襟が付いている。ジャムのラベルのようなプリントが、膝下丈のスカートにあしらわれていて、ポップだけどシックなのだ。

 綱はいたってシンプルに、ブラックジーンズにサマーニットだった。


 お父様とお母様は心配したが、綱が一緒だということで反対はされなかった。弟の彰仁は「いいな」と一言だけ呟いたが、電車には乗ったことがあるらしかった。

 なぜ私だけ?と思ったが、桜庭ではそういう行事がなかったのだ。仕方がない。




 見慣れた坂道を下って、最寄り駅まで歩いて向かう。


 無言で歩いて駅につけば、綱が歩みを止めた。


「姫奈、手を」


 いきなり名前呼びされて、ここは家の中でないのだと気が付いた。

 思わずドキリとする。綱は最近生徒会の仕事で忙しく、今までに比べて一緒にいる時間が減ってしまったのだ。生徒会を切り盛りする綱の姿は頼りがいがあって格好良いのだけれど、私は少し寂しかった。


「手?」

「手を繋いでください」


 綱が手を差し出してくる。


 いやいやいや……中学生にもなって手をつなぐとか……。


 なんだか今更で恥ずかしい。


「迷子になります」


 綱の声に我に返る。


「過保護じゃない?」

「テレビで見たことがあるのでしょう? 子供は手を繋がないといけないんです」


 テレビで見たラッシュアワーを思い出して身震いした。あの中で迷子になったら二度と会えないかもしれない。


「わ、わかったわ」

「迷子にでもなったら強制終了です。良いですね?」


 私は渋々と綱の手を取った。子供だから仕方がない。今日は初めての電車なのだ。キチンとルールを守ろう。

 ブンブンと繋いだ手をふれば、呆れたように綱が笑った。


 綱の手は温かい。しっかりと握られた手。

 チラチラとすれ違う人が綱を見る。


 表情のない整った顔は綺麗だ。黒い睫毛は長く、黒目がちの瞳を彩っている。


 なんだか嫌だな。

 綱が値踏みされてるみたいでいやだ。


 駅の構内に入ればあまり混みあっていなかった。私がそっと手を緩めようとしたら、綱に引き寄せられる。

 

「人が多いから気を付けて」

「あんまり混んでないわ」

「ここは混んでないかもしれませんが、その先はわかりませんから」

「そう?」

「迷子になったら?」

「強制終了……」


 渋々答え、私は手を握り直した。

 そのまま切符を買いに行く。綱は券売機の上に貼り出された路線地図を見ながら買い方を教えてくれる。


「自分がいる駅の名前を路線地図から探します。そして行き先を見つけます。その線の色でどの電車に乗るかわかります」

「あ、あったわ!」

「近くに数字があるでしょう? それが料金です」

「わかったわ」

「今回は一度乗り換えます。途中で線の色が変わるでしょう?」

「ほんと!」

「その駅で一度おりますからね?」

「じゃあ、切符は二枚になるの?」

「最後に降りる駅の金額一枚で大丈夫です」

「乗り変えるのに?」

「ええ、大丈夫です」


 同じように生きて来たと思っていたのに、綱はずいぶんといろいろなことを知っている。

 それがとても眩しく見えた。


「どうしました?」


 ぼんやりと綱を見つめていたら、怪訝な顔をされた。


「ううん。綱は何でも知ってるのね!」


 思わず尊敬のまなざしで見てしまう。普通のことですよ、綱は照れたように笑った。


「さあ、ちゃんと覚えてくださいね」


 綱はそう言うと私の手を引いて券売機に向かった


「では買ってみましょうか?」

「うん!」


 私はコインを握りしめて券売機の前に並んだ。綱が後ろから教えてくれる。表示された金額を押して、コインを入れれば小さな切符が券売機から滑りだしてきた。


「買えたわ!!」

「姫奈、おつりも忘れないで!」


 興奮して振り返った私に、綱が慌てて注意する。

 振り返っておつりを取れば、綱が私の手をひいて歩き出した。


「綱は買わないの?」

「私はこれがありますから」


 ペンギンの絵のついたカードをひらひらと見せてくる。


「綱ばっかりズルい!」

「ズルくはないですよ。小学生のころ父が買ってくれたものです」


 綱は小学生のころから、カードを持つほど電車に乗っていたのだ。小学生の綱のことは、学校が違ったから良く知らないのかもしれない。家でずっと遊んでいたから、なんでも知っていると誤解していた。

 改札口の前まで行けば、たくさんの人がカードを押し当てている。


「姫奈は切符なので、あそこの溝に入れてください。通過すれば反対側から切符が出てくるので忘れずにとってきてくださいね」

「わ、わかったわ!」


 ゴクリとつばを飲み込んだ。初めてのことは緊張する。それでなくても、足早に歩くスーツ姿が大きく感じてなかなかに怖いのだ。

 私はいったん綱と手をはなして、足早に自動改札口に向かう。

 切符を挿入口に入れればあっという間に吸い込まれる。少し曲がっていたのでびっくりして綱を見た。詰まってしまったら困ってしまう。


「どうしよう! 真っ直ぐ入らなかったわ!」

「横でも大丈夫です。安心して進んでください」


 綱が笑って、私はアワアワと慌てて自動改札口を通った。

 切符を取れば、バタリとドアがいきなりしまって、それに驚く。綱と離れ離れになってしまった。


「つ、つなぁ……」


 縋るように綱を見れば、綱は小さく笑った。


 綱はカードを押し当てて、すぐに同じゲートを抜けてくる。


「お待たせしましたか?」


 綱が意地悪に聞く。


「待ってなんかないもん!」


 ふん!と背を向けて歩き出せば、綱が慌てて追いかけてくる。なんだかそれがちょっと気持ちいい。

 ワザとスタスタと足早に先へ進む。


「姫奈! 待って!」

「ふーんだ!」

「行き先わからないでしょう」

「掲示板見ればわかるもん!」


 そう言って電光掲示板を見上げた。

 しかし、そこにはさっき買った駅の名前が表示されていなかった。


 呆然として立ちすくんだ瞬間、向かい側から男の人にすれ違いざまにぶつかられた。

 思わずよろめくと、背中を綱が抱き留めてくれた。


 男の人は私たちを一瞥すると、あからさまに舌打ちをして去っていった。


「ワザとなら謝りなさいよ!」


 声をあげれば、綱にギュッと抱き締められる。


「ちょっと! 綱!」

「だから手を離したらダメだと言ったでしょう」


 怒った声が耳元を撫でた。ゾクリ、鳥肌が立つ。


「ここは学院内とは違うんです。相手が悪くても不用意に喧嘩を売ったりしたらいけない」

「だって!」

「どんな人かわからないでしょう? 攫われたらどうするんです」

「攫われたりなんか」


 私の腰に巻き付いた綱の手が、ギュッと力を込めた。私の足が宙に浮く。思いもよらない力強さに、反射的に恐怖が沸き起こった。慌てて綱の腕をつかむ。

 綱にさえこんな風に簡単に抱き上げられてしまうなら、相手が屈強な男なら本当に攫われてしまうかもしれない。

 身の危険を実感する。


「つな!」


 ビックリして咎めれば、綱は直ぐに下ろして、両肩を掴み私を反転させ、正面から向き合った。


「わかりましたか?」


 真剣なまなざしに驚いて、コクコクと無言で頷くしかできなかった。胸の奥がドキドキと音を立てている。あの無礼にぶつかってきた男の人なんかより、ずっとずっと心臓が大きく音を立てる。


「わかったら、ほら、手を繋ぐ!」


 綱はそう言って私を引っ張った。




 ホームで電車を待つ間に、電光掲示板の見方を教えてもらう。自分の目的地の駅名だけでなく、行き先の駅を把握していないといけないこともわかった。キチンと調べる方法をスマホで教えてもらう。


「私がいるから心配はいらないですよ」

「でも、自分でできないのは困るわ」

 

 何時までも綱が側にいるとは限らない。白山家は没落するかもしれないのだ。そうなったら、自分でバイトに行ったりしなければならなくなる。しっかりしなければいけない。


「困りませんよ?」

「困るわよ!」


 そんな言い合いをしているうちに、ホーム電車が入って来た。早速、電車に乗り込む。想像していたよりは混んでいない。もっとギュウギュウにすし詰めにされるのかと思っていたのだ。それでも、座席は空いていなかったから、ドア付近に立つことにした。

 中の広告や、どちらのドアが開くだとか、見ていてなかなか面白い。お父様の会社のCMも流れてきて、少し変な気分になった。


「次で乗り換えです」


 耳元の綱の声に、心臓が跳ねる。

 なんてことないはずなのに、どうしたというのだろう。


 手を引かれて次の駅で降りる。ホームを渡って乗り換えのホームへ移動すれば、ほどなくして次の電車がやって来た。

 無事に電車に乗り換えて、やっと目的地の駅につく。


「やっと着いたわっ!」


 万感の思いを込めて呟く。


「まだこれからです」


 綱の冷たい声が返ってくる。


「出口を間違えると大変ですからね」


 周囲をぐるりと見渡せば、あちらこちらに番号がふってある。出口の書かれた黄色い看板に眩暈が起る。


「……。大変なのね」

「慣れれば大したことありません。楽しいです」


 綱はニッコリと笑った。


「まずは先にお昼にしましょうか」

「そうね。少し疲れちゃったわ」

「チーズのお店を予約しておきました」

「本当!?」

「ええ、行きたがっていたでしょう?」

「綱……! 好きよ!」


 思わずピョンと飛び跳ねれば、綱はあっけにとられた顔で私を見た。





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