64.オープンスクールデー 1
本日は、オープンスクールデーである。
芙蓉学院初等部の六年生たちが、中等部の生活を見学に来るのだ。六時限目の授業を見学し、その後学園の施設や校友会を見て歩く。
初等部と中等部は離れているから、様子を知らないというのもある。
そして、今年は彰仁がその六年生だ。
オープンスクールデーは、生徒会と芙蓉会の三年生が中心になって企画をする。そしてその手伝いを、芙蓉会の一年生がすることになっているのだ。去年まで初等部だった一年生なら、新入生の気持ちもわかるし、知り合いも多いだろうという配慮である。
綱たち芙蓉会の二年生は特にすることがない。朝から彰仁には「見に来るなよ!」と釘を刺されていたので、こっそり見物しようと教室のベランダから様子を窺っているのである。
だって、「見るな」ってことは「見ろ!」ってことでしょ? 「押すな」って言われたら「押す」んでしょ?
ちなみに綱には叱られ済みである。冗談の通じない人だ。
今は五時限と六時限目の間の休み時間だ。
見学に来た初等部の子供たちが、中等部の先輩たちに引き連れられて歩いてくる。大きくなったと思う彰仁も、中等部の中で見ればすっかりお子様だ。私に見せるような反抗的な態度はみじんも見せずに従順に歩いていて、とても可愛らしい。
列の先頭は会長の淡島先輩と副会長の葵先輩。初等部の前の方は、きっと初等部芙蓉会なのだろう。彰仁や修吾くんもいる。列の中ほど辺りに、その他の生徒会役員や芙蓉会メンバーが引率していて、最後尾には氷川くんたちがいた。氷川くんは二年生だが、生徒会の会計なので付き添いをしているのだろう。
なかなか役があるのも大変だ。
突き抜けるような秋の空は高く、希望に満ちた初等部の子供たちをクッキリと際立たせる。気持ちの良い風が、子供らしい笑い声を二階のベランダへ運んできた。六時限目のベルが鳴り、私は慌てて教室へ戻った。
六時限目の授業を受けていると、ぞろぞろと初等部の子供たちがやって来た。クラス別にわかれて授業風景を見学しているのだろう。彰仁が来てないか気になって、チラチラと後ろの方を確認してしまう。
すると、入って来た彰仁と目が合った。思わず嬉しくなって手を振れば、シッシと前を向くように手を振られた。渋々と前を向けば、先生に軽く睨まれる。
背中の方で、クスクスと笑い声が広がった。
初等部の子たちは少しずつ見学をしては移動していくようだ。私たちのクラスも少しだけ見学し、すぐに出て行った。
ホームルームも終わったところで、私は更衣室に走った。今日は美化委員会の清掃なのである。
伸びる校舎の裏側にあるベンチの後ろには、数本のイチョウが立っていて、秋になると特に人が近づかなくなる。銀杏が落ちているからだ。
そのベンチの清掃と引き換えに、落ちている銀杏を拾って良いという契約を生徒会と結んだ。
私は体操服に着替え、マスクと頭には三角巾を装着。二枚重ねのゴム手袋に、ビニール袋とゴミ拾い用のトングを用意して、いざ出陣だ。
彰仁たちは、これから校友会の見学だから、校舎裏に来ることはない。彰仁の邪魔にならないように、美化委員会の仕事に取り組むことにした。暇をしていた綱も、手伝ってくれるらしい。
落ち葉があらかた片付いたところで、銀杏拾いだ。銀杏拾いは、正確には美化委員会の仕事ではないので、私と綱で黙々と拾う。人通りが少ないから銀杏は大方無事で、思っていたよりたくさん集めることができたが、とにかく臭い。
すべてが片付いて綺麗になったところで、大きく伸びをした。
あとは銀杏を洗うだけだ。
だけ、だと言ったが、これが一番の大仕事である。
「綱、銀杏を洗ってから帰るわよ」
「……」
綱は無言で顔をしかめた。やっぱりか、そんな表情だ。
私たちは、ゴミの入った袋と銀杏の袋をもって、温室の裏手に向かう。
積み重なったゴミ袋の山にゴミ袋を置く。ゴミ置き場の隣には園芸用の物置と、水道があるのだ。
銀杏の入った袋をゴリゴリと揉みしだき、銀杏の実と種を分ける。グッチャグッチャになったところで、物置からザルを借りその中に銀杏を入れる。
臭い、とてつもなく臭い。
「臭いですね」
綱の声は鼻声だ。口だけで息をしているのだろう。
「試練よ。私たちの銀杏への情熱を試されているのよ」
「どうでもいい……」
綱がボソリと答える。
私はそれを無視して、ザルにあけた銀杏を水で洗い流した。こうやって種と果肉を分けるのだ。
ふくよかな黄色い肉が削ぎ落され、骨のように真っ白な銀杏が現れる。
そして、その骨に守られた黄金の精神を、私たちはいただくのだ。これくらいの試練は甘んじて受けよう。
「それにしても……きついわね」
臭いし水は冷たい。
「これでわかりましたか? 銀杏が高価な理由が」
「どういうことよ」
「辛い思いをしたくなければ、費用が掛かるということです。お金をかけたくなければ我慢しろ、労働には対価を、です」
「世の中は世知辛いわね」
「幸せはお金で買えないかもしれませんが、時間と手間はお金で買えます」
「……いい勉強になったわ」
「来年は契約を止めましょう?」
「それとこれとは別よ。経験はプライスレスっていうでしょ?」
「しなくてもいい経験もあります」
そんなことを話しながら、下処理を進めていれば、温室の方から賑やかな声が聞こえて来た。オープンスクールデーの子供たちが見学にやってきたのだ。
ちょっとだけ、そう思ってこっそり覗いてみる。
「姫奈、止めなさい」
「ちょっとだけよ」
「彰仁さまにバレたら怒られますよ」
「大丈夫、大丈夫、ここからじゃわからないわよ。こんな格好だし」
ゴミの山の中で、マスク、三角巾、体育着、ゴミ用トング装備の女が華麗なるお嬢さま白山姫奈子と気が付くわけがないではないか。
綱は心配性である。
こっそり覗いてみると、中では生物部と園芸部が説明をしていた。なかなか楽しそうな光景だ。
「何の匂い?」
声をかけられて振り向けば、淡島先輩が歩いてくる。
「異臭騒ぎで見に来てみれば……。白山さん?」
にっこりと笑われた。
丁度、仕事がひと段落したのか、案内を校友会に任せたらしく、生徒会と芙蓉会のメンバーは手が空いていたのだ。異臭の元を見に来たらしい。
「こっそり何してるのかな?」
わかっていて聞いているのだ、意地悪な人だ。
「銀杏拾いが終わって、片付けに来ただけです。べつに、ちょっと、弟を見に来た訳ではありません」
「弟? いるの?」
「ええ、白山彰仁は私の弟です。私がここにいるのは内緒ですよ」
「そうなんだ」
淡島先輩はそっと温室の中を見た。
六年生たちは、真剣な顔で生物部の話を聞いている。彰仁は生き物が好きなのだ。この温室では、メダカも飼っているし、蝶の卵も孵化させて育てているから、彰仁には面白いに違いない。おかげで、幼虫が多い時期は、女子はなかなか寄り付かないのだが。
「あそこの白山は白山さんの弟だったな」
氷川くんが彰仁を指さした。初等部の芙蓉会は四年生からだから、氷川くんとは顔見知りだったのだろう。私は黙って頷いた。
「花を持ってるのね?」
葵先輩が尋ねてくる。
「ええ! あの子は良くできるので!」
思わず身内びいきで答えれば、葵先輩は小さく鼻で笑った。
「姫奈子さんの弟なら当然でしょう」
そんなふうに才色兼備の葵先輩に言われたら、思わずヘラヘラしてしまう。嬉しいではないか。
「よろしくお願いします。ふつつかな姉ですが、弟はしっかりしていると思います」
そうやって頭を下げれば、皆に笑われた。
顔をあげたら、温室の中の修吾くんと目が合った。驚いたように目を見開いている。
え? まさかこの格好で気が付くわけないよね?
知らない風を装って、目をそらしてみる。
修吾くんは半信半疑な様子で、彰仁の肩を突いた。
彰仁がこちらを向いて、訝しむような顔をした。
ヤバい! バレる! バレた!!
彰仁はサッと顔色を変えて、修吾くんと二人で生徒会に頭を下げる。淡島先輩たちが笑って、氷川くんが修吾くんと彰仁に手を振った。
「弟に見つかってしまったので退散いたします! ごきげんよう」
私は綱を引っ張って、慌てて退散することにした。







