63.中等部二年 体育祭 2
ぞくぞくとパン食い競争の走者たちが最終ランナーの元へ走ってくる。最終ランナーの男の子たちは、照れながらも口でパンを受け取って、まるで去年の八坂くんのようだ。キャーキャーと歓声が上がり、これをしたかったのだと合点がいった。みんな八坂くんの真似がしたかったのだ。
女の子もまんざらではないように微笑んで、きっと合意の上でなのだろう。
あーあー! リア充楽しそうですね!!
やけくそな気分で最後のパン食い走者を見れば、大黒典佳だ。大黒さんは目を瞑り澄ました顔で顎を突き出し、八坂くんにパンを差し出した。八坂くんはそれを無表情で手で受け取り、雑にTシャツを着替えさせ、タオルを解き、パンを投げた。大黒さんには一切声をかけることなく、バク転を決めてゴールした。
ブームを作ったご本人は、去年のことが黒歴史だったのか、一切無視するスタイルである。怖い。
ゴールした時の八坂くんは満面の笑顔で、皆に手を振っている。あの無表情が嘘みたいで、私は見間違いだと思うことにした。
綱引きの後は、芙蓉学院伝統の『ウォーウォーボール』だ。毎年恒例である。『ウォーウォーボール』こと移動玉入れは、統率力が試される競技なのだ。氷川くんは今年も籠係である。私は相変わらず見学だ。だって、移動するカゴに球を入れる自信はないし、飛んでくる弾を取る技量も避ける反射も持ち合わせていない。
綱は今年引っ張り出された。氷川くんと二階堂くんに誘われて断れるはずもない。私も誘われたけれど、スパイをすることで免除されたのだ。あんなマジな戦争加わりたくないよ。
これで、スパイが上手くいってなかった怒られるのだろうか。氷川くんはかなり本気だったから、少し心配だ。
今年はFクラスなので白い球を投げる。淡島先輩の三年Y組は黄色だ。内密の約束では、お互いに狙わないことになっている。
そして、青組、とくに二年U組を集中包囲するのだ。そう詩歌ちゃんと八坂くんのクラスである。スパイ活動の結果により、二年U組が一番結束力が弱い、そう氷川くんに判断された。
友情とは?
非情である。ごめん、詩歌ちゃん。私には何もできない。
スターターの炸裂音と共に怒号が飛び交う。地面を揺るがすような足音が響く。砂煙が舞う。鉢巻が旗印のようにはためいて、さながら戦国絵巻だ。もう来年はホラ貝でも吹いたらいいよ。しらんけど。
テントの中で残されたチームメイトが大声で応援する。もちろん私も応援する。白いポンポンがテントの前で跳ねる。太鼓とタンバリンが響く。
堂々と指示をする氷川くんは、去年よりさらに貫録を増し、一年生などはひれ伏さんばかりである。氷川くんは相変わらず格好がいい。男子が憧れるのも頷ける。
白と黄が青を追いつめていく。どうやら淡島先輩は密約を守ってくれたようだ。一安心だと思う一方で、あまりの青の劣勢に可哀想になってくる。男の子同士の攻防は苛烈で、氷川くんの防衛に当たっている綱にも強い球が向けられて怖い。綱は好戦的な目で、それらを躱しボールを当て返している。
見ている私は怪我をしないかとヒヤヒヤだ。手を胸の前に組み合わせて、ハラハラと見守る。
スターターが三発鳴り響いて、競技終了を伝える。ワッともり上がるチームと、静かに項垂れるチーム。八坂くんのクラスはガックリと膝をついている。背中の籠にはたくさんのボールが積み込まれていた。ちょっと気の毒なくらいだ。三峯くんが、クラスメイトに声をかけ慰めていた。
今年の優勝は黄組だった。淡島先輩の情報戦が一枚上手だったように思う。赤をも味方につけていたのだ。
私たち白組は二位だった。閉会式も終わり後は後片付けだ。各自、自分の椅子を持ちクラスに帰る。
今年も綱にくっついて、芙蓉会の後片付けを手伝った。今年はきちんと長袖を着てから参加だ。
校庭に張られた万国旗を、綱がまとめていくのを手伝う。巻きやすいように旗の連なるロープを引っ張っておくのだ。
今年は、八坂くんのファンたちが自主的に手伝いをしてくれているようで、去年よりも頭数が多かった。こういう時は人気者がいるとありがたい。青い髪飾りの子たちが、八坂くんに纏わりつきながら手伝っている。もちろん、自称『晏司君のオキニ』大黒典佳もいる。
八坂くんが三角コーンを集め始めれば、みんな一斉に三角コーンに走る。仕方がないのだが、人手の集まるところと不足するところの差が激しい。
「晏司、テントを手伝ってくれ!」
氷川くんが声をかける。
「わかった。今行くよ」
八坂くんが三角コーンを地面に置いて、続きを片付けてくれるように女の子たちに頼んだ。彼女たちは、はーい、と可愛らしく返事をする。
八坂くんが氷川くんについてテントに向かえば、それに付いていく女の子が一人。それを見てしまうと、他の女の子たちも我先にとついていく。結局三角コーンは置き去りになってしまった。
私と綱は顔を見合わせた。ため息が出る。
足跡で歪んだ白いラインが物悲しかった。
「後で片付けておきましょう」
綱を誘う。
「姫奈は行かなくていいんですか?」
「どこへ?」
「テントです」
何を言っているんだろう。私はか弱い令嬢なのだ。女子しかいない桜庭ならともかく、男子がいる芙蓉で、無理して汚れ仕事なんかしたくはない。
しかもあそこには八坂くんも氷川くんもいる。おとり巻き連中もいる。みんな、自分の好きな相手に働きを見せつけるべく一生懸命になっているのだ。
ハッキリ言って面倒くささマックスだ。
「いやよ、アレ重いじゃない。コーンの方がいいわ」
「……そうですか」
「そうよ」
当たり前のように答えれば、綱がにこやかに笑った。







