55.稲刈り
夏休み後半は、漢字できるまでテストの勉強に明け暮れ、無事、二回目でパスしたら、例年通り期末テスト。
三度目になる期末テストは順調で、私は三十九位に上がっていた。頑張ったじゃん、私!
まぁ頑張ったのは、根気よく付き合ってくれた綱かもしれないけど。
ちなみに一位は今回も明香ちゃん。二位は綱。三位は氷川くん。この順位は、不動のもののようだ。
期末テストが終われば、二年生は稲刈りである。また、早乙女さんの田んぼにお邪魔するのだ。
稲刈りは、お田植えとはまた違う意味で過酷な作業である。暑い日差し、乾燥する空気、そして……虫、虫、虫である。虫。
私は稲刈り装備を万端にして、黄金の野に降り立った。残念ながら、衣は青ではなく、汚れても良い一年時の体育着である。お田植えで準備した麦わら帽子と、UVカット眼鏡、首にはもちろんタオルをかけて、今回はゴム手袋にマスクも着用した。
今回は仲間を増やすべく、事前にアナウンスをしていたので、同じ格好の子たちもチラホラいた。
綱も似たような格好をしている。意外だったのは氷川くんも同じ格好をしていたことだ。
「あらー、Fクラスはパンデミックでも起こるみたいね?」
Uクラスの大黒典佳降臨。
馬鹿め、そんなふうに舐めてかかって、パンデミック並みの恐怖、飛び立つカマキリに慄け!
心の中で悪態をつき、無視をする。お田植えでは心のままに反撃して、大きな騒ぎにしてしまった。そのせいで、今日も八坂くんが来てないのだとしたら申し訳ない。
前世で反撃してこない相手を、意気地なしだとせせら笑っていたのだが、そうではなかったのだ。自分のことだけでなく、その他の影響を考えて、あえて反撃しないだけだったのに気が付けなかった。流石うーちゃんである。淑女の鑑だ。
それに、今日の私の目的は、失われた大地と絆を結んで、早乙女さんから米の買い付けを了解してもらうこと。けして目的を見誤ってはいけない。
クラスは二つの田んぼにわかれて作業することになっている。これはお田植えと同じだ。今回は少しグループが変わった。氷川くんと綱も一緒である。もしかしたら前回の騒ぎのせいかもしれなかった。
うー、私マークされてる感じ?
初めに全員で稲を刈り、空いた場所に『ウシ』と呼ばれる木製の稲干し具を組み立てる。足場の悪いぬかるんだ田んぼの中で、稲を刈っていくのは大変だ。まず、鎌を持つのが初めてだし、刈り取った稲を握りしめているだけで、掌が結構痛い。
稲を刈りだせば、すぐにみんなに悲鳴が上がった。飛び出すイナゴやカマキリ、カエルの襲撃である。私はそれを見越して、軍手オンゴム手袋の二重装備だったのだ。軍手で虫触るとか、足が軍手に絡まったりしたら惨劇でしかない。
乾燥した藁の粉が舞い散って、目やのどが痛くなる人たちもいた。
だから眼鏡とマスクは必須だって言ったでしょ。
三分の一ほど刈り取ったところで、心が折れ気味な女子たちに声をかけて、『ウシ』を立ててもらおうと思った。少し稲から離れた作業の方が、虫は少ないし、作業を分担したほうが効率がいい。
クラス委員長の桝さんに提案して、皆に声をかけてくれるように頼んだ。桝さんは困ったような顔をして、氷川くんに伝えに行く。
桝さんから話を聞いた氷川くんがリーダーシップを発揮して、女子に声をかけてくれた。
木でつくられた三脚のような『ウシ』の足を真っ直ぐに立てていく。足が立ったら、その上に物干しのように竹竿をのせて、さらに巨大S字フックで竹竿を釣る。そうすると、『ウシ』の上下二カ所に稲が干せるのだ。
私は氷川くんの対面に立ち、竿の向きを指示しながらS字フックを渡す役を率先して行う。なぜならそれが一番軽くて簡単だから!
それなのに氷川くんのサポートをしているように見えるのだ。オイシイ。
二度目の私にしてみれば、一連の流れは知っていたので、一番お得な仕事を選べるという幸運。
その後は自然に、鎌で稲を刈り藁で結ぶ係と、束になった稲を『ウシ』に掛ける係を交代しながら、作業を進めていった。
交代しながらやることで、相手がやって欲しいことが良くわかるようになった。藁の縛りが甘いと運ぶ途中に崩れてしまうから丁寧にだとか、稲を刈る人は大変だからこまめに交代してあげようだとか、そんなことは前世では気が付かなかった。
ただ今やっていることが嫌で嫌で、どうやってサボろうだとか、虫が怖いだとか、藁が邪魔だと騒いでろくに作業をしなかったのだ。
私たちの田んぼは作業を分担したことで、他の田んぼより早く終わった。早く終わった時間は自由時間で、地元の青年部の人たちが田んぼについて色々と教えてくれた。
田んぼに開いている小さな穴にはツボという貝がいるらしく、探し方などを教えてくれてみんなで集めて遊ぶ。
この貝は食べられるものらしい。
虫系大好き男子は、田んぼの中でイモリを見つけ興奮し、女子は引いていた。
私は藁の中に、まあるい鳥の巣のようなものを見つけて、早乙女さんの奥さんに見せに行った。
小さい小鳥の巣なのだろうか? スズメとか? そう言えば小さいころ絵本で見た小鳥は、自分で草を編んでお家を作っていた。
だったらすごく可愛らしい。
「これってなんですか?」
期待を膨らませて尋ねてみた。
「ああ、カヤネズミの巣じゃんけ」
「ね、ずみ?」
意外すぎる返事に言葉が詰まる。ネズミの巣を持ってしまった……。うそ、気持ち悪い。
「茶色くてちっちゃくてね、ハムスターみたいの。まだ田んぼにいるら。可愛いだよ」
「ソウナンデスネ」
硬い声で返事をしてそそくさと綱のもとに帰った。いくら小さくてかわいいと言われても、ネズミはネズミだと思う。
「なんだったんですか?」
綱に問われた。
「カヤネズミの巣ですって」
「カヤネズミ……何だか、ヤカマシネズミのお話を思い出しますね」
綱に言われて思い出す。小さいころお母様に読んでもらった絵本だ。主人公のやかましいネズミによく似てると、綱にも彰仁にも言われたものだ。
「懐かしいわね」
思わずホッコリした気分になる。
高いところでトンビが鳴いている。藁の匂いは、お日様を浴びて少し香ばしく感じる。マスクからはみ出た頬は、乾燥した風に撫でられてチクチクとした。
「今回ばかりは姫奈の言った通りでした」
「なにが?」
「マスクとタオルと眼鏡、です」
「でしょ?」
「よくご存じでしたね?」
そう言われてギクリとした。まさか二回目だとは言えない。
「……ええ、早乙女さんから伺ったのよ」
ニッコリ笑えば、綱は怪訝そうな顔をした。
「確かに手際が良かったな。そうか、早乙女さんから聞いたのか」
側で話を聞いていた氷川くんが、なぜだか納得している。
「ええ、夏にも様子を見せてもらったりしたんです」
「休みまで見に来るなんて、ずいぶん勉強熱心なんだな」
氷川くんに感心されてなんだかこそばゆい。
「……ご飯が好きなので」
なんだか変な気分で答えれば、氷川くんが声を上げて爽やかに笑った。
ビックリする。こんな顔、付き合っていたころに私に向けてくれたことがあっただろうか?
「白山さんのおかげで効率よく仕事ができた。ありがとう」
前世では貰ったことなかった言葉に、思わず顔がボッと火照る。答えを失って視線を彷徨わせた。
夏の名残の虫の音が微かに響く。
ありがとうなんて言われることじゃない。自分が美味しいお米を食べたいだけでやっているのだ。
でも、嬉しい。誰かの役に立てたならうれしい。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
そう答えれば、氷川くんは不思議そうな顔をして、そして照れたように笑った。
この日の稲刈りは、穏やかに終わった。別れ際に早乙女さんと握手をした。豆のいっぱいあるゴツゴツした手だった。
新米を少しだけ売ってもらう約束が成立したのだ。
早乙女さんのお米は、半分ほど販売先が決まってるそうなのだが、そこへ私の分も混ぜてもらったのだ。
私、頑張った! 頑張ったよ、私!!
「姫奈子ちゃんは、農家の嫁になれるねぇ」
早乙女さんの奥さんが言えば、後ろで綱が小さく、「お世辞です」と付け加えた。
「わかってるわよ! こんな大変な仕事、どーせ私には無理だもん!!」
振り返って綱に言い返せば、早乙女さんがそんなことないわよとニコニコ笑った。
少し早いですが、ホワイトデーお話『42.バレンタインデー 3』の後日談ss書いてみました。
https://twitter.com/AIUE_Iota/status/1105655102839283713







