54.避暑地でお茶会
夏休みの前半には、早乙女さんの田んぼの見学に行った。田植えの一件で、お借りした洋服を返したりする中で、夏の田んぼを見においでと誘われたのだ。
お礼を直接言いたいという両親と一緒に手土産の『白山海苔』をもって、彰仁と綱を連れて見学に伺った。早乙女さんは恐縮していて、逆に申し訳なかったくらいだった。
私たちはお田植えでは見られなかった、カブトエビやホウネンエビを教えてもらった。彰仁は興奮して、今年の自由研究のテーマにしたほどだ。何やら卵を翌年孵化したいなんて、野望まで語っていた。綱と二人で相談している姿を見ると、夏の男の子は本当に健やかだと思う。
その後の夏休みは、いつも通り別荘で過ごした。去年と同じように夏休みの宿題をこなしつつ、避暑地の休日を満喫している。私は相変わらず、夏のお嬢様とは程遠いファッションで、オニヤンマライフだ。
もう良いのだ、オニヤンマで。夏のうちに絞っておかなければ、ぶくぶく太る秋冬がすぐにやってくる。エレナさまのコートの前が閉まらなくなっては洒落にならない。
雨の日には修吾くんが遊びに来てスカッシュをする。
修吾くんはジュニアの大会で優勝をしたそうで、夏休みの前半は海外でテニス留学をしていたらしい。光毅さま経由で、修吾くんの写真がたまに送られてきたりしていたので、活躍は知っていた。光毅さまも相当にブラコンだと思う。
写真で知ってはいたけれど、直接会って嬉々としてその時の話をする修吾くんは、去年より大人びて見えた。小学生で海外留学なんてすごいじゃないか。きっと将来はテニスプレイヤーになるんだろう。
たまに光毅さまが修吾くんのお迎えに来るようなこともあって、お話することもできた。大学卒業を見据えて、本格的にお仕事の勉強をしているらしい。ああ、大人の魅力である。カッコいい。
幸せな夏休みだ。
今日はリゾートホテルで桜庭の子たちとアフタヌーンティ女子会だった。近々行われるバレエコンサートに備えて桜庭の子たちが集まってきていたのだ。今年のバレエには美佐ちゃんが演目の方で役をもらった。端役ではあるがプロと一緒に舞台に立つのである。
ブーゲンビリアのワンピースで、緑の豊かな中庭でお茶会を楽しむ。昔馴染みの女友達と、気安く楽しむお茶は楽しい。
前世の私はこんな素敵な時間を失っておきながら、そのことに気が付きもしなかったのだ。残念なやつ。(自分だけど)
女子会も佳境に入って来た頃、百合ちゃんが言った。
「お姉さまからお手紙が来なくて寂しいの……」
百合ちゃんは、幼稚園から桜庭女子で一緒の同級生で、昨年ついに憧れのお姉さまの『妹』になったのだ。私や美佐ちゃんより小柄で、ふっくらとしたマシュマロのようなお嬢様だ。
お姉さまのいるスクールライフはとても楽しい様子で、惚気る姿は羨ましくもあり、愛らしかった。
しかし、夏休みに入り思うように会えなくなったことを憂いているらしい。
「私からもう一度お手紙書いても良いのかしら?」
百合ちゃんは夏の間、お姉さまと文通をしているのだ。今時古風だと思ったが、桜庭学園内では手紙のやり取りをするのが普通だったから、その延長かもしれない。
「別に良いんじゃない?」
気軽に答えれば、百合ちゃんは何もわかってないとでも言いたげに、溜め息をついた。
「重いと思われたら嫌だわ。しつこいと思われても嫌だし」
「そんなこと思わないわよ。百合ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
私が問えば、百合ちゃんは顔を赤く染めてから、少し物憂げな表情になった。
「そう言ってくれたけど、今も好きとはわからないわ。私に飽きたからお手紙くれないのかも。もっと好きな子ができたのかも知れないし……。本当に忙しかったなら迷惑でしょう?」
ウンウンなんて、美佐ちゃんは訳知り顔で頷いているけれど、本当に乙女心わかってる?
わかるーわかるーと盛り上がっている他の子たちを横目に、私はスコーンにはジャムだけにしようか、やっぱりクロテッドクリームも一緒に塗ろうか考えていた。
「姫奈ちゃんならどうする?」
スコーンを半分に割っていたら、話を振られてビックリする。
私ならしつこく思われようが、好きなのをアピールする。強引にアピールしまくる。相手の都合なんて知らない。周囲すら巻き込んで、断りにくくするまでだ。周りを囲んで追いつめて、相手が根負けするまで、押して押して押しまくる……のだが、それをやった結果が、見事な婚約解消だった。
全く参考にならない。
「……うーん、ラインのホームに、百合ちゃんの楽しそうな様子をアップしてみたら?」
「どうして?」
「お姉さまがそれを見てるなら、何してるか気になるでしょ? そしたら連絡来るかもしれないわよ」
「嫌味じゃない?」
「わざわざメッセージを送れば嫌味かもしれないけど、ホームに写真をあげるだけなら大丈夫よ」
「そうかしら?」
百合ちゃんは少し考えているみたいだった。
「だったら、今、写真を撮りましょうよ!」
美佐ちゃんの提案で、ティースタンドと茶器の写真と、私たちの胸下だけが写る写真を撮った。
真っ白いテーブルクロスの上に、真っ赤な紅茶と色とりどりのお菓子。夏草の爽やかな背景に、華やかなワンピース。百合ちゃんと美佐ちゃんが、お互いの手を使ってハートを作ったから、その奥に覗くホテルのガーデンの写真を撮る。百合ちゃんの手首には、お姉さまとお揃いだというシュシュが付けられているから、手だけでも誰だかわかるだろう。
なかなかに、いい写真だ。
百合ちゃんは早速それをホームに載せた。そして満足げにほほ笑む。
「連絡くるといいわね」
美佐ちゃんが言えば、百合ちゃんは小さく頷いた。
「そう言えば、姫奈ちゃんは憧れの人とかいないの? 芙蓉にはお姉さまはいないのかしら?」
百合ちゃんに尋ねられる。
「芙蓉では『姉妹』みたいなのはないわね。勝手に憧れるくらいで、お手紙してる子もいないみたいだし。あ! でも! 私ね、エレナさまに会ったの!!」
先日あったレセプションパーティーの話をする。桜庭の子たちにとって、エレナさまはそれほど有名ではない。中等部の私たちにすれば、エレナさまの活躍する雑誌は、海外雑誌の日本版で大人すぎることもあり、買っている人がそもそも少ないからだ。私が話題にするから、そういうモデルがいるのだと知ったくらいだ。
だからかえって話しやすかった。
「もしかして、これ、姫奈ちゃん?」
そう言って百合ちゃんが見せてくれた、某SNSの写真に顔が引きつる。最近噂の炎上芸女性タレントの背景に、今日着ているワンピース姿の私が映り込んでいた。
……まじか。
ピンク色のルビーチョコレートファウンテンの前にいる八坂くんと、白い苺にたっぷり、これでもかとチョコレートをつけている卑しい私の姿だ。
八坂くんの肩が私に被って、私の顔は映っていない。しかし、八坂くんは斜め後ろからだけれど、見る人が見ればわかりそうな程度で写っている。スタンプで隠すほどではないと言えば、隠すほどでもない。ギリギリなラインだ。
しかも『いいね』が結構ついているではないか。
「会場内、撮影禁止だったはずなのに……」
呆然としていれば、美佐ちゃんが笑った。
「あら、晏司くんと一緒だったのね?」
「……言わないで……」
ズーンとして答えれば、美佐ちゃんがコロコロと笑う。さては楽しんでるな?
「えっ!? 晏司くん? モデルの?」
百合ちゃんが食いついてくる。
「たまたま会場で会っただけよ」
「仲良いの?」
「去年クラスが一緒だったから、少し話しはするわ」
「カッコいい?」
「カッコいいわね」
思いの外、百合ちゃんがグイグイ来る。お姉さまはどうした?
「モテるの?」
「モテるわね」
「どんな方?」
「雑誌で見る通りよ。みんなに優しい素敵な王子サマね」
どうだ、八坂くん! 模範解答だろう? 営業妨害はしないぞ! 誉めて欲しい!!
「でも、これ、炎上しそうね」
百合ちゃんがコメント欄を開いて言った。
かわいいだとか、羨ましいだとかのコメントの間に、撮影禁止だったはずだとのコメントもチラホラついている。中には、「他のモデルさんに掲載許可とりましたか?」なんてものもある。
八坂くんだとバレているのだ。
「怖いわね……」
さすがに一般人の私が身バレすることはないが、大黒さんに知られたらと思うと顔がひきつってくる。
「わざと話題作りよね、きっと」
「さすがにブランドから苦情がいってるんじゃない?」
百合ちゃんと美佐ちゃんが言う。
「大炎上になる前に削除してほしいわ……」
キリキリと痛む胃を抱えて、溜め息を吐き出す。
そして、このワンピースは、ほとぼりが冷めるまで着るのを控えようと思った。
あああ、お気に入りだったのに……。
結局、その写真はすぐに削除されることになった。やはりブランドから事務所に苦情があったようだ。関係者各位に謝罪する内容が、SNS上にアップされた。
夏休みが開ける前に、終息したことで私はホッとした。大黒さんに絡まれなくて済む。
ちなみに百合ちゃんの方は、無事お姉さまから連絡があったそうだ。
良かった良かった。







