53.レセプションパーティー 2
お母様は担当の方と商談を進めていたので、私は少し席を離れた。まぁ要するに、御不浄というやつである。
パーティー会場をゆっくりと眺めながら、御不浄へ向かった。たくさんの有名人が華やかに集っている。その輪の中に見知った顔を見つけたので、慌てて目をそらして、そーっと御不浄へと向かった。
気づかれたくないもんね。
少し会場から離れた御不浄を探す。なんだか近くのトイレでは芸能人と鉢合わせたら恥ずかしいと思ったのだ。
ゆっくりと化粧を直して出てくると、廊下のソファーにニッコリ笑う八坂晏司である。そう言えば、クラスが変わってから、ずいぶん話していなかったなと思う。
あの、お田植え以来かもしれない。
「なに? エレナに骨抜きにされてるの?」
「エレナさまを呼び捨てするなんて失礼ね」
八坂くんめ! エレナさまを呼び捨てしてるわけ? モデル仲間にしても馴れ馴れしすぎじゃない?
「思ったより心酔してるね」
「ええ、大好きです。憧れています」
「どこが好きなの?」
馬鹿にするように揶揄うから、ムッとして答えた。久々の会話も相変わらず意地悪だ。
「全部」
「即答だ!」
八坂くんが笑う。
いいもん。笑いたければ笑えばいいさ。きっと、いつだって堂々としている八坂くんにはわかるまい。卑屈で自信がない女の子が、勇気をもらったあの瞬間に見た光を。
「エレナは女誑しだからね」
そもそもエレナさまは女だ。女誑しだなんて変な言い方だ。
「八坂くんほどじゃないでしょ?」
そう返せば、八坂くんはモデルの顔で笑った。
「だから、私に営業は良いんですって」
呆れて肩をすくめる。
「ねぇ、姫奈ちゃん。ここ座って」
八坂くんは、自分が座っているソファーの隣を、ポンポンと叩いた。
私はそこへストンと腰を下ろす。
「今日も星のブローチ?」
「ええ。偶然だけど、エレナさまとお揃いだったの。バッグは真似っこしたのだけれど」
「実は僕も」
八坂くんは自分の襟を引っ張って、ラペルピンを見せた。
「これ、いいよね。僕、気に入ってるんだ」
「私もお気に入りです」
普通の星型よりもギザギザが少し尖ったデザインで、ヒトデみたいにも見えるから、地中海を意識して着けて来た。きっと八坂くんもそうなのだろう。ロイヤルブルーの襟に輝くラベルピンはヒトデのように見えた。
このアクセサリーのシリーズには、表面にスワロフスキーがちりばめられている。中に一粒だけ違う色のスワロフスキーが入っていて、色も場所も違うことから、同じデザインで同じものは少ないらしかった。
「八坂くんのは何色ですか?」
「なに?」
「スワロフスキーの一粒だけ違う色が入ってるんですよ?」
「そうなの? 知らなかった。全部クリスタルだと思ってた。衝動で買い取ったから」
「ラペルピンはそうなのかしら? 私のはオーロラベースに一粒だけクリスタルが入っていたわよ」
「ふーん?」
八坂くんは顔を近づけて、私のブローチをジッと見た。柔らかな弧を描く睫毛は髪と同じ柔らかなモンブランだ。高い鼻が瞳に影を落とし、いつもは眩い瞳がキャラメルのように柔らかく濁る。
「良くわかんない」
「色が付いているとわかりやすいんですけど、私はそれが嫌で目立たない色にしたの」
八坂くんが離れて顔を上げた。キャラメルに光が戻って、蜂蜜のように光った。
「僕のは何色かわかる?」
悪戯っぽく笑う。私はラペルピンに顔を近づけて、まじまじと見た。ぱっと見わかりにくいと言いうことは、クリスタルに近い色なのだろう。もしかしたらラペルピンには、色違いがないのかもしれない。真剣に探していれば、星の天辺にオーロラを見つけた。
「あ、ありましたよ! 私とは逆ね。一粒だけオーロラ!」
嬉しくなって顔を上げる。触れそうなくらいに近い場所に顔があって、慌てて距離を取った。思わず目が合って、ドキリと怯む。怖いくらい綺麗なのだ。
「どこ?」
「ここよ!」
ラペルピンの切っ先に光るオーロラの粒は、まるで天からの雫みたいに七色に光っている。星の天辺というところが、八坂くんらしかった。
「気が付かなかった」
「エレナさまは何色かしら……」
同じ色だったら嬉しい。
「エレナに聞いておこうか?」
ごく普通に八坂くんが応えたから、胸の奥がチリリと嫌な音を立てた。
当然のような呼び捨て。簡単に話ができること。日本とイタリアで活躍の場が違うはずなのに、それを感じさせない距離感。全てが妬ましい。
「いい」
思わず突き放すように言葉が飛び出す。いけないと思う。だけど。
「八坂くんからエレナさまの話、聞きたくない」
だって、私の方がエレナさまが好きだ。それなのに、ズルい。
八坂くんは何か言いかけて目を伏せた。
「ごめんね」
八坂くんがなぜか謝った。そこで私はハッとした。八坂くんは悪くない。悪いのは私の性格だ。
「私の方こそごめんなさい。八坂くんが謝ることじゃないわ。八つ当たりだもの」
「ううん、いろいろ。他にもいろいろ」
八坂くんはそう言うと、らしくもなく俯いた。伏し目がちな瞼には暗い影が落ちて、いつもだったら天使のように柔らかな頬が硬く見えた。まるで彫刻のように美しいけれど、なんだかとても遠く感じる。
ホテルの廊下はカーペットが敷かれていて、ハイヒールで歩いても静かだった。少し離れたトイレだったからか、人影も少ない。
私たちの間には音がないんだと気が付いた。気まずい。
「……八坂くん、最近忙しい?」
「うん、まーね。なんで?」
「学校でお見掛けしないから」
「心配してくれるの」
「ええ、心配してるわ。うーちゃんも、みんな」
答えれば、八坂くんが困ったように私を見つめた。どうしたんだろう。
「どうしたの?」
「僕さー……、姫奈ちゃんに迷惑かけてるよね?」
「え? 自覚あったの?」
「ちょっと! そこちょっと否定しない?」
八坂くんが慌てるから笑ってしまう。八坂くんも気にしてたのだ。でも、仕方ないじゃないか。あれは八坂くんのせいじゃない。
「もしかして、それ気にして学校に来なかったの?」
「……そうじゃないけど……」
いつもと違って歯切れが悪い。
「でも、八坂くんのせいじゃないわ」
「でも、」
「絶対違うわ」
言い切れば、八坂くんは顔をしかめる。
「でも、前からそういうことは何度かあったのに、軽率だったと思う。ごめん」
そうか、何度もあったのか。それは八坂くんも大変だっただろう。迂闊に異性の友達を作れないなんて。私たちはまだ中学生。男女とか言う前に、ただの友達だって必要なのだ。可哀想だと思う。
「気にしないで。私、わかるもの」
「何が?」
「あの子の気持ち」
大黒さんの気持ちは良くわかる。だから、はっきり言えるのだ。八坂くんは悪くない。
八坂くんは眉をひそめた。
「さっき、私、八坂くんがエレナさまを呼び捨てしたの、すごく嫌だった。だから、嫌みを言ったでしょ? あれと同じよ、好きな人が自分以外の人と仲良くしてるのは見たくないもの」
「だからって、あんなことする意味ある?」
「スッキリするわ」
即答すれば、八坂くんは呆れたようにため息をついた。
「あの子は私なの、だから、気にすることないのよ」
意地悪されても前世の報いだ。仕方がないのだ。
「八坂くんは気にせず、学校に来て」
「だけど」
「でも、うーちゃんには迷惑かけないでね」
「それは努力します」
八坂くんはそう答えたけれど、いまいち納得いかないようだ。
「八坂くんが気になるなら、かわりにお願いがあるの。それでお互い様にしない?」
「お願いってなに?」
「エレナさまの話、私の前でしないでね。絶対、やなこと言っちゃうから」
真面目にお願いすれば、吹き出された。
なんだよ、なんでここで笑うんだよ? 真面目な話してたよね? 私は真面目なんだよ?
「はいはい、『エレナさま』ね」
八坂くんはクスクスと笑う。
まぁ、元気になったのなら良かった。
「姫奈ちゃん、ありがとう」
八坂くんは立ち上がって頭を下げた。
「大袈裟ねぇ」
可笑しくて笑ってしまう。別に何もしていない。
「そろそろ戻ろうか? チョコレートファウンテン行こうよ、お姫様。ルビーチョコなんだって!」
八坂くんがそう言って、当然のように手を差し出したから、軽く睨んで遠慮する。
「エスコートは必要なくってよ、みんなの王子サマ」
「ノリが悪いって言われない?」
「言われてもかまいません」
ピシャリと答えれば、八坂くんは愉快そうに笑った。







