52.レセプションパーティー 1
私は明香ちゃんの情報をもとに、エレナさまの公式情報を必死に集めた。
とりあえず、遡れるまで雑誌を買って、SNSをフォロー。イタリア語のSNSは意味不明だけど、写真が見られるだけで価値がある。SNSは閲覧用だ。交流など恐れ多い!
それによりわかったことは、イタリアをメインにお仕事をするモデルだということ。あまり日本には来ないということ。家族構成や年齢は非公開。八坂くんと同じように専属モデルではない、ラグジュアリーブランドのモデルをしているということ。
あの日、あの場所にいたのはかなりのレアケースに違いなく、氷川財閥に何らかの関係があるのだろうということ。
それらの情報を得て、私がまず行ったのは、エレナさまが良く使っているブランドのお店の上顧客になることだ。
氷川財閥が手掛けている百貨店のお店に、お母様と一緒に赴いた。一番年が近そうな店員さんを捕まえて、それとなくエレナさまのファンであることを伝える。その上で、コーディネートの相談にのってもらった。そこで、エレナさまが持っていたバッグを色違いで紹介してもらって、買うことにした。
なかなかにお高いバッグだったが、没落するかもしれない未来のために、小物は高くても上質な物を買うことにした。外商カードでお会計だ。
その後、その鞄をもってお店に行き、前回の店員さんを指名してカジュアルな服装を全身コーデしてもらった。
そもそも夏休みに向けて服を買う予定でいたから、それをこちらのブランドに変えただけだもん! 無駄遣いじゃない、はず。言い訳じゃありません!
そのお陰で顔を覚えて貰うことが出き、いろんな情報を貰えるようになったのだ。
やり口が汚い? なんとでも言えばぁ? 欲しいものは、持ってる力を全部使って、全力で手に入れにいく主義なのだ。
そしてついに、今年の夏行われる、エレナさまがモデルとして出演するレセプションパーティーの案内状もゲットしたのだ!
やったね! 私! 計算通り!!
そして迎えた夏休み。今日はブランドのレセプションパーティーだ。
今日はお母様と一緒にパーティー会場にやって来た。ちなみにこのブランドは、八坂くんも何度か着たことがあるそうで、お母様も嫌な顔はしなかった。
事前に、エレナさまの控室へ差し入れを贈った。先のクリスマスパーティーで、お父様と一緒に考えた星の干錦玉である。好評だったので、お父様の和菓子店の来年のクリスマス限定商品にする案があるのだが、今回は特別に用意してもらった。その差し入れに、ひな祭りのお礼を一生懸命丁寧に書いて同封した。
何かを期待しているわけじゃない。けれど、あの日のあの一言は、確実に今の自分にしてくれたきっかけだ。詩歌ちゃんと仲良くなれて、他の芙蓉の子とも仲良くなれる下地を作ってくれたのだ。
言うなれば、エレナさまは私にとって、光の道を指し示してくれた女神様だ。感謝の気持ちだけでも伝えたい。そう思ったのだ。
ランウェイを歩く堂々としたモデルたちを、椅子に座って眺める。この日のために、ドレスコードに見合った最新ワンピースをこのブランドで購入し、バッグはエレナさまが持っていた物と色違いのものを持った。
ドレスコードは地中海だったから、私には珍しくブーゲンビリアの花柄ワンピースを選んだ。それに、クリスマスでつけた星形ブローチをつける。以前SNSでエレナさまが着けていたので、運命を感じたのだ。
憧れの人の目に少しでも留まりたい。そんな健気な乙女心だ。
有名芸能人やモデルもたくさんいる中で、ドキドキしながらエレナさまの登場を待つ。
暫くして、待ちに待ったエレナさまが登場した。
体の中から光が滲みだして、彼女全体を包んでいる。柔らかく、でも眩い光だ。スポットライトではかなわない特別な輝き。カスタードを思わせるショートの髪が柔らかく弧を描いて光を反射する。鼈甲飴のようなキラキラとした瞳。その右目の下の涙ボクロが間違いなくエレナさまだ。
秋冬用のコートに身を包み堂々と、周囲の招待客に手を振りながら短いランウェイを歩く。派手なオレンジ色のコートに負けない個性。突き当りまで来てポージング。決め顔はことさらにカッコイイ。
ドキドキして胸がつぶれそうだ。顔が照ってくる。本当に美しい。もっとしっかり見つめていたいのに、瞳が滲む。
優雅なターン。その時、目が合った。思わずバッグを抱きしめる。エレナさまはウインクして、瞳に添わせた三本の指で私を指さした。……気がした。
クラリとして、感極まる。涙が盛り上がってくる。でも、最後まで見届けたいと、潤む瞳で背中を追う。カーテンの奥に消えたところで、目を瞑ったら涙がこぼれた。あたり一面が涙で滲んで、光溢れる。
「良かったわね。姫奈子」
お母様の優しい声。
「……うん!」
目が合ったのは、勘違いかもしれないけど、瞳の隅にでもかすったならば、それだけでうれしい。
ショーが終わって、パーティーになる。受注会も兼ねているから、先ほどのショーでのアイテムの予約もできるのだ。
ああ、エレナさまのコート……素敵だったな。でも、さすがに贅沢だろうか。バッグも買ってしまったし、ワンピースも買ってしまった。普段使いの服ならば買う理由もあるけれど、コートは去年のものがまだ着られるし、学校へは指定のコートで行く。あまり使わないものなのに、さすがに高すぎる気がする。
お母様は、笑顔で担当者と話をしている。私は時間を持て余し、きらびやかなパーティーをキョトキョトと見回していた。芸能人が多いパーティーは初めてなので、なんだかドキドキする。バレエダンサーたちとはまた違ったオーラが会場中に溢れかえっているのだ。
「姫奈子、コートはいる?」
お母様に声をかけられてハッとする。
「え?」
「さっきエレナさんが着ていたコートよ」
「え? でも、私にはまだ早くない?」
オズオズと答える。
「そんなことないわよ、ねぇ?」
お母様が担当者に水を向ければ、担当者はニッコリと微笑んだ。
「Sサイズから展開しております。他のお色もございますよ? エレナさんのオレンジは少し着こなしが難しいかもしれませんが、近いお色ではテラコッタ、定番なら黒かキャメル、その他、白、赤やグリーンも別注できます」
「あら、白とか赤なら可愛いんじゃない? テラコッタも使いやすいかもしれないわね」
お母様はノリノリだ。
「でも……」
「それとも他に欲しいものがあった? ブーツの方がいいかしら?」
フルフルと頭を振った。一番欲しいのは、このコートだ。
「記念に買ってあげるわよ」
「記念?」
「エレナさんにお礼を伝えられた記念よ」
お母様がニッコリ笑う。
嬉しい! けど、甘い。甘すぎる。
前世から知っていたけど、子供に甘すぎるよ、お母様!
「でも、そんなの良くないわ。私にはまだ贅沢だわ」
「まぁ! 姫奈子がそんなこと言うなんて!」
お母さまは心底驚いたように私を見て笑った。
「だったら、やっぱり絶対必要よ。贅沢だなんて考えるようになったのね。それに姫奈子がお礼を言うために、こんなに一生懸命になれる子だって知らなかったわ。そのご褒美よ」
「違うのよ! エレナさまが好きなだけで! お礼のためとかそんな純粋なものじゃなくて、ただもう一度見れたらいいって、それだけだったの!」
ただそれだけだ。純粋とは正反対。欲にまみれた行動だ。褒められたものではないのに。
「それでも、いいのよ」
お母様は、優しく微笑んで私を覗き込んだ。
「姫奈子が、憧れの人みたいな立派なレディになるために買うのよ。贅沢だと自分で感じるものを敢えて着るの。優しくされて嬉しかったことを忘れないように。感謝したことを忘れないようにね」
「……お母様……」
ただのコートではないのだ。私は小さく頷いた。
「ありがとうございます。立派なレディを目指します」
「そうね」
担当者はニッコリと微笑んだ。
「何色が宜しいですか?」
「赤が似合うと思うな。星のブローチも映えるよ、きっと」
突然声が降ってきて振り向けば、エレナさまがいた。
私はあまりのことに動転する。驚いて声も出ないとはこういうことか。
エレナさまはそんな私を見てクスリと笑った。
「白山姫奈子ちゃん? 差し入れありがとう」
「あっ……、あ。は、はぃ……」
うわーうわーうわー!!!! 憧れのエレナさまに名前を呼ばれてしまった! 名前を呼ばれてしまった!! っていうか、名前、なんで、あっ、差し入れ? あ、う、うそ。もう届いてるの? それにしたって、初めての招待客で。いや、だって、嘘でしょ??
「ほら、姫奈子ご挨拶なさい」
お母様が動転する私の背中を叩く。
私は慌てて立ち上がって、九十度に頭を下げた。
「あ、あの、白山姫奈子です。その、覚えてらっしゃらないと思ったんですけど、それでもと思って、あの、ご迷惑だとも思ったんですけど……、どうしても……その」
万が一、もう一度会えることがあったなら、直接お礼を言いたいとずっと思っていたはずなのに、こうやってそのチャンスが訪れれば、まともに話すこともできなくて、情けなくなる。
「あの、」
「うん」
エレナさまが私の言葉を待ってくれている。そのことが嬉しくて、胸が苦しい。
「あの、押しつけがましくてごめんなさい。でも」
「うん」
柔らかな落ち着いた相槌。胸の中で膨れ上がる体温が、瞳の奥までせり上がって、涙が零れそうだ。
「ありがとう……ございました……」
やっとのことで、伝えたい思いを絞り出せば、涙まで一緒に零れた。こっそり指で涙をぬぐう。
「すっごく、感激。あんな些細な一言だったのに」
慌てて顔を上げる。些細なことなんかじゃない。
「でも私にはすごく大切で! 憧れて、エレナさまみたいになりたくて」
「うん。そうなんだね。ありがとう。逆に感動しちゃった」
エレナさまは照れたように笑った。
「握手、しない?」
エレナさまから差し出された右手。
「ぜひ! ぜひお願いします!」
差し出された右手を両手で包み込む。手モデルにでもなれそうなほど、美しい白魚のような手。それなのに、思いのほか力強い。世界で活躍している人の、強い意志を感じる手。
エレナさまは握手を終えると、颯爽と去っていった。
私はしばし呆然とする。美しい。カッコいい。素敵。どんな賛辞を並べても全然足りない。
「……お母様……、私、赤にするわ」
「そうね、私もそれが良いと思うわ」
お母様が答えた。
「では、また秋になりましたらご連絡いたします」
担当者は嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
もう今日の目的は、目的以上に達せられた。これ以上何を望むことがあろうか。これ以上を望んだら、絶対に罰が当たる。
今日の日の感謝を胸に刻んで、エレナさまに恥じない人間になると誓った。







