表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【5巻電子書籍&POD化】神様のドS!!~試練だらけのやり直しライフは今日もお嬢様に手厳しい~  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売
中等部二年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/289

47.お田植え 2


 早乙女さんは自分の家につくと、娘さんに私を渡した。娘さんは、えらい頑張ったじゃん、なんて笑ってお風呂場に案内してくれる。


「汚れるから農家は外から入れるようになってるさ。だから気にしちょ? ここ入って着替えたら、体育着を外へ投げとけしね。洗っといてやるじゃん」

「でも、汚れちゃいます」

「いいさよぉ、ちゃんと泥用の洗濯機が外にあるだから。おばちゃんのだけど着替えおいとくから、シャワー浴びたらそれ着ときな」


 そんな声でお風呂場に押し込まれた。


「早く投げろしー!」


 娘さんの声に慌てて体操服を脱いで、外へ投げる。


「好きに使えしよ」


 お言葉に甘えて浴室を借りる。固形石鹸とボディシャンプー、シャンプーが二種類。スポンジもいくつか。洗顔フォームもあったから、少しお借りして、体中の泥を落とした。


 温かいシャワーが汚れを落としていく。


 目をつぶって水の流れに身を任せる。瞳の奥で、田んぼの水面の乱反射がキラキラと残像となって光っている。


 泣きそうになって、慌てて乱暴に顔を洗った。考えない。深く考えない。思い出さない。胸の奥を覗いちゃいけない。

 笑っていれば大丈夫。冗談で済むから大丈夫。クラスの空気が悪くなったら嫌だ。せっかくの楽しかったイベントを、嫌な思い出にしたくない。

 あんなの嫌がらせのうちに入らないし、泣くほどのことじゃない。


 それに。


 私もしてきた。同罪だもの。いまさらそんなことに傷ついて、泣くような資格なんてない。あんなふうに、イジワルをした。こんなに苦しいなんて思わなかった。いくら私が性悪でも、相手がこんなに嫌な思いをしてるとわかっていたら、こんなことしない。できない。


 あの頃の私は、相手の子を同じ心を持つ少女として見ていなかったのだ。


 ちょっと汚れるだけでしょう? その時恥ずかしいだけでしょう? あっちの方が悪いんだから。気づいてないことを、わからせてあげるんだから。皆の代わりに、私が代表で教えてあげてるだけだから。感謝して貰いたいくらいだわ、と。

 最初のイジワルで伝わらないほど鈍いなら、もっと酷くして教えてあげる。その子のために、みんなのために。


 今は曲がっていると思うけれど、あの時の私にすれば、それは正義だったのだ。


 でも、だからといって許されることじゃない。罰が当たって当然のこと。やった報いが返って来た。仕方がないじゃないか。因果応報なのだ。


 歯を食いしばって、唇を横に引いた。水滴で曇る鏡に、笑顔を作った私が映る。

 笑える。大丈夫。


 タオルを畳んで外へ出ようとしたら、長靴がなくなっていた。

 困ってキョロキョロしていれば、娘さんが慌ててやって来た。


「そこのサンダル使って、こっちこー」

「ありがとうございます。タオルは……」

「いいさ、いいさ、そこおいとけ」


 言われたバスケットにタオルを入れて、サンダルに履き替えてから、娘さんの後についていく。家の表の縁側に案内された。急須とお茶菓子が置いてある。


「ここ座って、お友達が終わるの待ってろし」

「いえ、戻ります! 大丈夫です!」

「洗濯まだ終わらんから。先生にも言ってあるから気にしちょしよ」


 浮かしかけた腰を制されて、私はおずおずと座った。

 ガラガラと洗濯機の回る音が庭に響く。なんの鳥かわからないけれど、鳥の鳴き声が澄んだ空に響く。顔を上げて、空を見た。


 大きな鳥が、ピーヒョロロ……と鳴きながら旋回している。


「トンビだね」

「トンビ? 『とびが鷹を産む』の?」

「そうそう」


 こんなに立派な鳥だったのか。知らなかった。別に鷹なんか生まなくてもいいじゃないか。鳶は鳶で十分に格好がいい。


 コポコポと急須からお茶が入れられる。


「茶柱、立ってるよ。良かったね」


 そう言って娘さんは湯呑を渡してくれた。

 薄黄色のお茶の中に立派な茶柱が立っていた。


「ありがとうございます」

「田舎のお菓子だからいいもんないけど、良かったらあがれし」


 おじいちゃんの部屋にも置いてあった、オブラートのついたゼリーがセロハンに包まれて、五月の光を受けて輝いている。固そうなお煎餅には、メーカーの名前なんかない。アルファベットの形をしたチョコレートと、なぜか梅干し。動物ビスケットはアイシングされていて、さらにかわいい。


「いただきます」


 手を合わせて湯呑に口づけた。温かい緑の香りにホッとする。


「おじさん、恐かったら?」


 娘さんがクスクスと笑った。

 ハッとする。


「早乙女さん、大丈夫ですか? 先生に何か言われたりとかしたら……」


 娘さんはケラケラと快活に笑った。


「言われん言われん! 子供が気にしちょし。ほらおじさん戻って来た」


 娘さんが指さす方から、早乙女さんが戻って来た。


「お茶!」


 ぶっきらぼうな声に、娘さんが笑ってお茶を出す。


「向こうが片付いたら、クラスのボコが迎えに来ることになった」

「あ、あの、色々すいませんでした」

「ああ」

 

 早乙女さんは私も見ないで梅干しを口に運ぶ。まるで何にもなかったみたいだった。


「それで、その、ありがとうございました」


 頭を深々と下げる。

 あの瞬間、怒ってくれたこと。こうやって私に親切にしてくれること。今日初めて会った知らない子供に、まるで昔からの親戚みたいにしてくれる。


 下げた頭を、早乙女さんはポンポンと力強く叩いた。


「米粒一つに七人の神様いるだと」

「……おじい様から聞いたことがあります」

「ほーけ、ほーけ。良いじいちゃんだ。ほんだから、おらんとーは毎日沢山の神様をいただいてるつーこんだ。その神様がおらんとーを作る。だれん見てねーと思っても、自分の中の神様が知ってるだ。ちゃんとやってればお天道様にはわかる」


 厚い掌の重み。


 そうか。考えたことがなかった。神様は自分の中にもいるのか。

 

 神様なんかいないって、そう思っていた。わかりやすいものしか欲しくなかった。氷川財閥という地位と、御曹司と呼ばれる人から愛される自分が大切で、それを手に入れるために、色々な人を蹴落とした。


 でも神様は私の中から、私を見ていたんだ。


 そして今は、早乙女さんが私を見ていてくれた。助けてくれた。


 瞳の奥が熱くなる。泣きそうになって、唇を噛んだ。こんなところで泣き出して、こんなに優しい人たちを困らせてはいけない。


 これは私の罰なんだから。前世の罪の報いだから。


「泥が目に入ってると良くねーだから泣いちまえ。泣けば泣いただけ、目が綺麗になるっつーら?」


 そう言って早乙女さんは自分の被っていた麦わら帽子を、私の頭にのせた。


 ポロポロと涙があふれてきて、私は麦わら帽子を深くかぶった。日向の乾いた麦の匂いがする。温かい匂いだ。

 いっぱい泣いて、泣き終わって、顔を上げたら早乙女さんはもういなかった。娘さんが横に座ってお茶菓子を差し出してくれる。

 私は遠慮しつつも、五月晴れを閉じ込めたようなゼリーを口に入れた。

 とっても甘い。でも、しっかりとした硬さ。


「そろそろ向こうも終わったのかねぇ」


 のんびりとした声だった。


「ほら、お友達が来たじゃん」


 指さす方を見れば、紫ちゃんが私のカバンを持ってやってくる。


「これで嫌にならんでまた来てくりょうし? 秋の新米は美味いだよ」


 そう言って、ビニール袋に入れた洗濯物を手渡してくれた。


「絶対に来ます! 必ず来ます! ありがとうございました」


 借りた着替えは送り返す約束をした。娘さんは、気にしちょし、と言ったけれどそんなわけにはいかなかった。


 頭を下げて立ち上がる。丁度紫ちゃんがやって来た。

 紫ちゃんと共に連れ立って帰り道を急ぐ。


「姫奈ちゃん、目が赤いわ。私なにもできなくて……」

 

 シュンとした、心配そうな紫ちゃんの声。


「ああ、これ、目をいっぱい洗ったからよ。心配しないで!」


 笑って答えれば、紫ちゃんはホッとしたように息をついた。


 バスにはエンジンがかかっている。私たちは小走りで自分たちのバスへ向かった。

 帰りのバスはクラス別だ。そのことに救われる。微妙な空気のバスの中で、綱が神妙な顔で待っていたから、思わず笑ってしまった。


「綱、変な顔」

「すいません、姫奈、何も知らなくて」

「綱に見られなくてよかったわよ。泥でグチャグチャだったんだから! 絶対綱も笑ったわ!」


 笑いをまぶして、少し大きめの声で答える。バスの中の空気を変えたい。皆の思い出を嫌なものにしたくない。


「それに、皆が泥まみれで帰るのに、私だけシャワー浴びられてラッキーよね! 洗濯もしてもらったし。いいでしょう? あとあと、茶柱初めて立ったのよ! しかもお茶菓子も貰っちゃった。可愛い動物のビスケットにね、可愛いアイシングがされててね」

「ハイハイ、楽しかったみたいで何よりです。姫奈は食べ物のことになると話が長いから、とりあえず座ってください」


 呆れたように綱が答えると、バスの中に小さな笑いが起こった。


 空気が変わったことに安心して、ストンと綱の隣に腰かけた。コツリと綱の手に私の指先が触れた。

 拳の中に固く握りこまれた親指。驚いて顔を見れば、唇を固く引き結んで無理に笑顔を作って見せている。

 目が、怒っている。


「綱? 怒ってる?」


 小さく囁いて尋ねてみる。私の知らないところで何かあったのだろうか。


 綱は驚いたように私を見た。そして、固く結んだ唇を開けて小さくため息をつく。


「いえ、不甲斐ない自分に怒っているだけです。姫奈を無理に笑わせた」


 綱も囁くように答えた。


「だったら私も同じだわ。綱を無理に笑わせたもの」


 肩をすくめて笑う。そんなこと気にしなくていいのに。


 綱はそれを聞いて、泣き出しそうに眉をしかめた。


 それだけで十分。わかってくれる人がいる。私のためにこんなに心を痛めてくれる人がいる。


「そんな顔しないで。綱が気が付いてくれただけで私はいいの」 


 綱の硬く握りしめられた拳が開いて、私の小指に綱の小指が触れた。


 綱はもうそれ以上何も言わなかった。


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ