43.芙蓉学院中等部二年
うららかなる春である。新年度がスタートだ。
あれから後期の期末テストがあり、その後、三月三日には氷川くん主催の子供だけのひな祭りが行われた。
私はそれに出席したくなかったので、事前に美佐ちゃんら桜庭の子たちと誕生日プチ女子会の予定を入れて、ブツブツいうお母様をよそにパーティーは欠席した。
ホワイトデーはバレンタインほどの騒ぎではなかった。八坂くんは事務所から一律にお返しをしたらしい。
綱は業務的に下駄箱に返していて、それじゃモテないぞ、と思ったが何も言わなかった。言ったところで、どうせ無視されるし。
両想いになった人もいて、そうならなかった人もいたようだ。世間とは中学生にも世知辛い。
二階堂くんが紫ちゃんにあげたのかどうかは、無粋だから聞かなかった。なんてったって思春期だ。二階堂くんを突くのは良いとしても、紫ちゃんを冷やかすのはあまりにも気の毒だと思ったのだ。
私は光毅さまと修吾くんから連名でマシュマロを貰うことができた。モジモジと届けてくれた修吾くんが、マジ天使すぎてデレデレしたら、彰仁に気持ち悪いと怒られたけど、あれは不可抗力だと思う!
お父様たちからは、それぞれおススメの駄菓子をもらった。リクエストを聞かれたけれど、家の材料で簡単に作ったものに対して、大仰なお返しをもらったら、後々やりにくいのでと説明して納得してもらった。
新しい学年カラー、シルバーラインの制服に着替え、頑張ってリボンを結ぶ。髪も頑張るぞと鏡に向き合っていれば、綱がやってきて櫛を奪われた。
「ちょっと! これからは自分でやるわよ」
「今日は始業式です。きちんとしておいた方がいいのでは? それにもう時間がありません」
シレっと綱に答えられて、言いなりになる。初日からボサボサ頭で遅刻なんてわけにはいかないからだ。
「綱は髪を結ぶのが好きなのね?」
そう言えば無視された。まずった、ここは素直にありがとうだったか……。
サクッと髪を整えられて、無事に時間通りに学院につく。
今日はクラス替えだ。
綱の並んでピロティに貼り出されたクラスの一覧を見る。
「え……、ウソでしょ……」
私はその内容に動揺した。綱はチラリと私を見た。
氷川くんと一緒だ……。
想像していなかった展開にびっくりした。前世では氷川くんと一緒になったことはなかったからだ。一年の時は前と同じクラス割になっていたので、今回もそうだと思っていた。
しかし、状況が変わればクラス替えも変わるらしい。
言うなれば、人間関係を見てクラス替えをしているのだろうと想像できた。
要するに前世の私は、氷川くんと同じクラスにすべきではないと判断されていたのだろう。
結構学院からマークされてたんだな……。気が付かなかったけど。気が付かないって幸せだけど、怖い。
その他、女の子は紫ちゃんと一緒だが、明香ちゃんとは離れてしまった。
私と綱、氷川くん、紫ちゃんはFクラス。
あ、ちなみに二階堂くんも同じクラスだった。良かったね、紫ちゃん。
八坂くんと詩歌ちゃん、一条くんと大黒さんがUクラス。とりあえず、八坂くんと離れられたのは良かった。
明香ちゃんはOクラスだ。
「クラス、また離れちゃいましたね」
詩歌ちゃんがションボリと呟く。
「ガッカリね」
私も答える。それに心配なのだ。
大黒さんに詩歌ちゃんがイジメられたらどうしよう。さすがに芙蓉会の詩歌ちゃんに手を出すとは思いたくないけれど、私という悪しき前例がある。
……つくづく怖いもの知らずだな、私よ。
「僕もガッカリ」
八坂くんがブーたれている。詩歌ちゃんと一緒なんだからいいじゃないか。
「あんまりうーちゃんを困らせないでくださいよ」
弾避けとして利用される方は大変なのだ。
「困らせたりしないよ」
八坂くんはニッコリ笑う。その笑顔が信用ならない。
「やぁぁぁと、あの身の程知らずの『きたりのゴリラ』とクラスが離れましたわぁ!」
「よかったわね! のん!」
「本当! 期末に先生方に相談してよかったですわ!」
あからさまな大きな声で大黒典佳が喋る。わざと聞こえるように言っているのだ。っていうか、先生に相談したんだ、そうなんだ。
しかも、ついにゴリラになってるし! まぁ、これでターゲットを変えてくれるなら別にゴリラでいい。
私と詩歌ちゃんは顔を見合わせてため息をついた。Uクラスの委員長は一条くんで、副委員長は詩歌ちゃんなのだ。
詩歌ちゃん……ドンマイ。
新しい教室に入れば、すでに二階堂くんがいた。
「バナナ姫! 同じクラスだね!」
屈託なく笑うけど、折角みんなが忘れそうだったあだ名を掘り起こさないでくれる?
「あら、ニンジンくん! 今年もよろしくね?」
意地悪く言ってやる。
「ゴリラ姫の方が良かった?」
意地悪く返される。
こら、綱、笑ってないで庇いなさいよ!
氷川くんの周りにはすでに人がちらほら集まっていた。八坂くんとは違って、女子より男子の方が多い。うーん、流石カリスマ?
思わず目が合ったら、氷川くんがこちらに向かって歩いてきた。
な、なんだよ。まだ私なにもしてないし、言ってないよ?
思わず怯んで後ずさる。
「白山さん、今年は同じクラスだな。よろしく」
「え? あ、はい。ヨロシクオネガイシマス?」
……っていうか、それをわざわざ言いに来たの? 意味わからん。
私もポカーンだけど、おとり巻きもポカーンとしてるよ?
あ、あれか弾避け頼むぞってやつか? ヤダよ、せっかく八坂くんと離れたんだからのびのびさせておくれよ。
二階堂くんがコソっと近づいてきた。
「ねぇ、バナナ姫って何なの? 『きたりの方』だよね」
二階堂くん。それね、本人に言っちゃ駄目なヤツだからね? 紫ちゃんには間違っても言うなよ?
「そうですよ? それが何か?」
文句あんのかコラ? という勢いで返事する。
「氷川くんの方に歩かせるなんてすごいなって思って」
「別に私が呼んだわけじゃありません。勝手に来ただけです」
変な言い方するな。まるで弱みでも握っていて服従させてるみたいに聞こえるぞ。
「えー……。その言い方がまさにね」
なにが、まさにだ。
「姫奈はただのバナナ姫ですよ」
綱、それはフォローになっていない。
「そっか、バナナ姫だもんね」
二階堂くんよ、納得するな。
私はそれを横目に自分の席につく。
近くの席には前のクラスの女の子がいて、ホッとした。お互いに同じクラスでよかったねと話す。
ちなみに、氷川くんは生徒会の会計となっていて、クラス委員はしていない。
Fクラスの委員長は、初めて同じクラスになる桝淑子さん。銀行頭取の娘さんで芙蓉会の人物だが、芙蓉館でもお話したことはない。黒いロングヘア―をかっちり結び、お姫様カットというのだろうか、前髪の横の髪を垂らしていつも俯きがちに顔を隠している。紫ちゃんと同じ物静か系統だが、しかし紫ちゃんよりずっと大人しい。
副委員長は綱である。
逆の方が良いのではないかと思うけれど、芙蓉がらみの人事について何か言える者などいないのだ。普通の神経ならね。
ええ。はい、わかっていますよ!! 前世の私は綱に仕事をさせませんでしたよ!! だって、知らなかったんだもん。芙蓉会がどれだけ力を持っているのか。
どうせ、彰仁と綱が入れるくらいでしょ? 本当は私だって入っていてもおかしくないんだから! だったら私が、自分の使用人に命令するのは当たり前でしょ、と思っていた。そもそも入れてないだろ、お前、である。
……はぁ。無知って怖い。
私はブンブンと頭を振った。いや、気持ち切り替えよう。やっちまったことは仕方がない。そのやり直しを今しているのだから、同じ過ちは繰り返さない。改めて誓う。
さて、今年のクラスには、大黒さんもいないし、八坂くんもいないからきっと穏やかな一年になるに違いない。
私は珍しくも神様に感謝した。







