29.経済勉強会
体育祭が終わってしまえば、冬の文化祭まで特段やることはない。
芙蓉館には、あまり顔を出さないようにしているし、正直時間をもて余している。
なんだか、暇になってしまったので、家でのんびりと秋の味覚を貪っている。最近のブームは石焼き芋用の鍋だ。衝動買いしてしまった。
これがすこぶる美味しいのである。さつま芋は勿論、じゃがいも、里芋、カボチャも美味しい。
特筆すべきは栗である。お家で焼き栗最高じゃないか!
今日は多目に焼き栗を作って持ってきた。放課後、図書館で淡島先輩に会う予定だったからだ。経済勉強会である。
前に栗が好きだと言っていたのでお裾分けだ。
図書館の入り口付近には、ちょっとした歓談スペースがある。雑誌や新聞、自動販売機がおいてあり、飲食が可能だ。グループ学習をしている人たちもいた。終わりかけの金木犀の香りがうっすらと漂ってくる。
私はそこの一角で淡島先輩を待つ。
九月の決算が終わった十月は色々と見るべきことがあるらしかった。
今日はオープンスクールデーで、一年生芙蓉会のメンバーは小学生の案内をしているのだ。もちろん綱もそちらにいっているので、ちょうど良かった。オープンスクールデーは芙蓉会の三年生が中心になって取り纏め、その手伝いを一年生がすることになっているのだ。
「お待たせ」
淡島先輩が優しそうな笑顔で現れた。あくまで、『優しそう』である。騙されてはいけない。
「ちょうど来たところでした」
席を立ってお辞儀をする。
先輩が椅子に座ってから、私も座った。鞄の中から焼き栗の入った紙袋を取り出して、淡島先輩に手渡す。
「なに?」
「焼き栗作ってみたんです。栗、お好きでしたよね?」
確認すれば、淡島先輩は驚いたように瞬きした。
あ、ヤバい。綱は嫌がらないから普通にあげてしまったけど、手作りってもしかして迷惑だったかも? キモイとか思われる案件では!?
「あ、迷惑でしたね。焼き芋鍋を買ったので作るの楽しくて、つい。すいませんでした。もって帰ります!」
慌てて袋を引き上げようとしたら、さっと取り上げられてしまった。
「全然迷惑じゃないよ」
にっこーり、優しく笑う。怖い、怖い、言葉と心が裏腹なんだよ、この人。
だけど、そう言われてしまったら何も言い返せない。
「で、その鍋のメーカーって?」
「え? いや、どこでしょう?」
興味がないので覚えていなかった。まさか聞かれるとは思っていなかったのだ。聞かれるとしたら栗の品種だと思っていた。栗の品種なら答えられるぞ、ゴラァ!
淡島先輩は私の隣に椅子を寄せ、タブレットを置いた。検索窓に『石焼芋鍋』と入力。たくさんの種類の鍋が現れる。
「この中にある?」
「ええ……と、あ、これです」
「白山さんはなんでこの鍋にしたの?」
「鉄なべが良いかと思ったんですけど、錆びるみたいで……。私、扱いきれないと思ってホーローにしたんです。」
「そうなんだ」
私が買ったホーローでできたなべ底がデコボコの鍋を指し示せば、淡島先輩がそのサイトを開く。メーカー名を検索。画面の右側に、会社の名前と株価、従業員数などの概要が現れる。
「あ、母体は大黒商事なんだ」
思わずつぶやいた。クラスメイトの大黒典佳の家である。
「知ってるの?」
「クラスメイトのお家です」
「ふーん」
母体名にかかれた青い文字を押せば、大黒商事の概要が表示された。
「わりと大きい会社だね。白山さんちより少し小さい?」
どわー!! やっぱりうちのチェックもしてましたね!? してるとは思ってたけど。
「あ、私、うちのことはよくわからないので」
しどろもどろに答える。実際、経営のことは全く知らないのだ。
「そう。でもこれからは見ておいた方がいいよ」
「はい、あの、先輩はうちの会社の株とか……」
言いかけたら、ニッコリどす黒い笑顔で笑われた。あかん、聞いたらあかんやつや。
「そういうことはお互い聞かない方がいいんじゃないかな?」
「は、あ、そ、ソウデスネ」
変な汗出るわー!! 絶対買ってるでしょー?
淡島先輩は最初の焼き芋鍋の会社の名前を入力して、HPを出した。
「ちょうど九月決算だったみたいだから、この会社で決算短信を見てみようか」
「はい」
提案されて頷く。身近な話題から導入していくなんて、さすがわかりやすい。
私は先輩のタブレットを覗きこみながら、色々と教えてもらう。
気がつけばあっという間に一時間がたっていた。
「白山さん、なに飲む?」
自動販売機の前で淡島先輩に聞かれる。
「大丈夫です、自分でやります!」
「焼き栗のお礼」
「私がいつものお礼に持ってきたのに、それじゃ意味がありません!」
「先輩にいい顔させてよ」
ちょっと低い声で言われてスゴスゴと引き下がる。
「じゃあ、ココアをお願いしてもいいですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
紙コップに注がれたココアを渡されて、ホッと一息つく。淡島先輩は焼き栗の袋を出して広げた。
皮を剥いて一粒私にくれるので、戸惑いながら受け取った。
本当に優しいのか。謎に満ちた人だ。
「美味しいね。止まらなくなる」
屈託なく笑う笑顔は本物だと信じたい。
「はい、美味しいんです! 栗やお芋以外にも魚介をやってみようかなーって思っています」
「それも美味しそう」
「石を使っていないので、魚介の汁が出ても気にならないし」
「そうなんだ。料理もするんだね」
「最近は少しずつ。自分が食べるくらいですけど」
「どうりで、ちょっとふっくらしたよね」
「……え?」
まじか。太った? ダイエットしたほうがいい??
「じゃあさ、ここの株買ってみたら?」
「え?」
「初めに買うなら、それなりに思い入れのある会社がいいよ。業績も悪くなさそうだし、いきなりつぶれることはないと思う」
ちなみにゲームでのことである。
「そうですね。ここの株を買ってみます!」
いそいそとスマホアプリを開いて、サクッと購入してみる。ついでに大黒商事も買ってみた。なんかいい気分だ。
本当は淡島先輩の家の株でも購入したいところだが、上場していない。
反撃に備えて(?)こちらも株を買っておこう、なんて目論んで調べたら、淡島先輩のお父様は、芙蓉大学病院長で青くなった。だってそこは、前世で氷川くんの提案で私が定期検診を受けていた病院だったからだ。そう、途中で無視していかなくなった病院である。
淡島先輩が元副総裁の孫だとは知っていたけれど、その辺全然興味なかった。病院名、名字と違うし。大学病院だから当たり前だよ。っていうか、聞いたことあっただろうに忘れてたのだろうか? 馬鹿すぎる。
氷川くんがねじ込んでくれた予約をドタキャンする迷惑患者だったわけだから、ザマァされるわけだよね。今になって、自分の恐ろしさが身に染みる。
氷川くんが手を回したんじゃなくて、個人的な恨みもばっちり買っていたわけである。白山姫奈子メェ……。
「風雅!」
図書館から出て来た女の子に声をかけられた。芙蓉会の葵先輩である。慌てて席を立って頭を下げるが、ガン無視された。
「なにをしてるの?」
「ちょっと勉強をしてたんだ」
「スマホ開いて?」
怪訝そうにテーブルの上を睨む葵先輩。
「うん、ちょっとね。葵も栗食べない? 好きでしょ?」
淡島先輩が差し出せば、葵先輩は私をギっと睨んだ。
「どこのものなの? まさかこの子が作って来たんじゃないでしょう?」
「そのまさかだよ」
「いりません!」
そう言って葵先輩は去っていった。
淡島先輩は気まずそうに笑う。
「うーん……なんか、ゴメンね」
「いえ」
「白山さんと生駒は幼馴染なんだよね?」
「はい」
「幼馴染って難しくない?」
それは明香ちゃんにも言われたが、まったく意味がわからない。
「そうですか? 私はあんまり感じませんけど」
「そんな感じ」
淡島先輩はクスッと笑った。
「もしかして、葵先輩と幼馴染なんですか?」
「うん、そう。なんだけど、最近、昔みたいにって訳にはいかないみたいなんだよね。気が付いたら怒らせてる」
それには少し心当たりある。私もよく綱に怒られているが、綱が怒るのは当たり前なので気にしてなかった。
怒らせたところで嫌いになると思わないし。……え、それって私が思ってるだけで嫌われる? 嫌われるの?? そもそも好かれてない気もするけど。
「先輩は仲良くしたいんですか?」
聞けば、淡島先輩は驚いたように私を見た。私がそれに驚いてしまう。幼馴染と仲良くしたいって、変なのかな。普通だと思うけど。
「……仲良く……まぁ、できたらしたいよね」
「だったら、追いかけたらいいんじゃないですか?」
「追いかけてどうするの?」
そんなん知らんがな、自分で考えろ。とは、間違っても言えない。
「私なら『どうしたの?』って聞きます」
「なんか、今さら恥ずかしくない?」
「そうですけど、心配だから」
理由があるなら解決したいし、無いなら無いで、モヤモヤが消えればいい。
「そっか」
淡島先輩が柔らかく笑った。これは本当に含みの無い笑顔に見えた。
「次はそうしてみるよ」
今行けヨ!!
と思ったが私には何も言えなかった。
ごめんなさい。ことなかれ主義なんです。







