番外編 2. 島津兄弟急襲 下
会議室を出たところで、修吾くんが立ち止まり申し訳なさそうに言う。
「すみません。兄は別の仕事で立て込んでいるようで、姫奈子お姉さんと先に食事をしているようにと連絡が来ました」
「お仕事だもの。気にしないで」
「最上階のレストランを予約してあるそうです」
私は修吾くんに案内されてレストランに向かった。
SBテレビの最上階には高級フレンチレストランがある。本来なら子どもだけでは入れないようなお店だ。
私たちは、そのレストランの窓際の特等席に案内された。出されたメニューにはドリンクとコース料理のものだ。金額は表示されていない。
やだぁ! 大人のデートみたーい!! やっぱり光毅さまかっこいい!!
スマートな光毅さまの計らいに、キュンキュンしてしまう私である。
先に食事をしていて欲しいとのことで、修吾くんと二人で食事を楽しむ。
今日のお買い物の話から、企画会議の話など、共通の話題があるからいつもより話も弾む。彰仁の学校の様子や、修吾くんのテニスクラブの話を聞いて、私は中等部の話をする。
「来年は一緒の学舎ですね」
修吾くんが嬉しそうに笑って、私も嬉しくなる。
「そうね。すっごく楽しみ! 毎日会えるわね」
そういえば、修吾くんは頬をうっすらと赤らめ、窓に目を向けた。
大きな窓からは、東京タワーがバッチリと見えた。
きっと光毅さまなら、こういう所でプロポーズしたりするんだわ! きゃー!!
私は勝手な妄想で盛り上がる。
そこへ光毅さまが現れた。
首元を少しだけ緩めたネクタイ姿で、ちょっぴり悪い感じがする。なんというか、大人の色気だ。
「待たせたね」
そう言って席に着けば、「いつもの」との一言でウエイターは頭を下げた。
かぁぁぁぁこ、いいぃぃぃぃ!!!! フレンチレストランの常連なんて、大人すぎて格好良すぎる! 私も早く大人になって、お気に入りのお店の常連になりたい!!!!
キラキラとした目で光毅さまを見れば、光毅さまはなぜか私を見て笑った。
? なんで?
「二人のデートにお邪魔させてもらうよ」
光毅さんの言葉に、キョトンとしてしまう。思わず首をかしげて、修吾くんを見れば、修吾くんは真っ赤な顔をして目をそらした。
……うん。なんだかわからないけど、かわいいわ。天使だわ。
「急なお願いだったけど、企画会議ありがとう。とても参考になったって担当が言ってたよ」
「こちらこそ、すっごく勉強になりました」
「それで、姫奈子ちゃんはやり手だねって、話題になってた」
「やりて?」
「白山茶房の宣伝したんだって?」
光毅さまに言われてハッとする。
もうそこまでバレていたのだ。
「あ、すみません。あの、」
「いや、謝らなくて良いよ。姫奈子ちゃんは流行を作る側になれると思う。応援してる」
「はいぃぃ!」
光毅さまにニッコリ笑われて、メロメロの私である。
そこで突如、レストランの照明が落ちた。
そしてハッピーバースデーの生演奏が始まる。
パチパチと花火の光るケーキがワゴンに乗ってやってきて、私たちのテーブルにケーキが置かれた。
「遅くなったけど……。ハッピーバースデー、姫奈子ちゃん」
光毅さまがそう囁いて、私は胸がドキドキだ。かーっと耳まで熱くなる。
慌ててほっぺたを両手で押さえて、顔を隠す。
「え? うそ、なんで?」
「ひな祭りが誕生日だって修吾から聞いたから。このケーキは修吾からだよ」
「ちょ、言わなくて良いいってっ!」
修吾くんが焦って口止めをしようとする。
「弟の手柄を横取りしたりしないよ」
光毅さまは悪戯っぽく笑った。
「修吾くんありがとう!!」
修吾くんは顔を赤くしてブンブンと頭を振った。
「オレはこれくらいしかできないし」
「ううん! こんなの初めて! すごく嬉しい!」
「喜んでくれて良かった」
私が言えば、修吾くんは嬉しそうに笑った。
「さぁ、ろうそくの火を消して?」
光毅さまに促されて、ケーキの上のろうそくの火を吹き消した。
その瞬間、周囲から拍手が沸き起こり、知らない人までもが口々におめでとうと声を上げてくれる。
「わぁ……、うれしい、うれしいです。本当にありがとうございます!」
あまりのうれしさに瞳が潤む。
こんな風に祝われたことは初めてで、ビックリして、感無量だ。
ふたりに向かって深々と頭を下げた。
光毅さまはそんな私の姿に、一瞬戸惑ったような顔を見せ、そして、意外にも、照れたように笑った。
「こんなに喜んでもらえると思わなかったな、修吾。……姫奈子ちゃん、かわいいね」
光毅さまのレアなはにかみ笑顔に私はキュン死である。
天にも昇るような心地で食事を終えて、ビルの車寄せに向かう。
そこには既に島津家の車が待っていた。
「赤い車じゃないんですね」
私が問えば、光毅さまがちょっと真面目な顔をして窘める。
「姫奈子ちゃん、気をつけて。夜に二人っきりで車になんか乗ったら、攫われちゃうよ?」
「はーい。……でも、光毅さまになら攫われてもいいかも……」
ゴニョゴニョと呟けば、光毅さまは更に真面目な顔をした。
そして私をジッと見つめる。
思わずドキリとする。急にグッと怖くなる。軽率な軽口を後悔した。
「あの……」
謝りかけたその瞬間、光毅さまが耳元に顔をグッと近づけた。サラリと光毅さまの髪が私の頬を撫で、大人ぽいムスクの香水がさりげなく香る。
「っ!」
ギュッと心臓をわしづかみにされたみたいに、心臓が痛い。ワクワクじゃないドキドキで、息を飲んで硬直した。
「本気にしたら困るくせに」
光毅さまは含み笑いでそう囁いて、スッと離れた。
「ちょっと!」
修吾くんが光毅さまのジャケットを引っ張って睨む。
「ごめん、ごめん。そんなに怒るな。姫奈子ちゃんがあんまり危機感がないからさ、大人がちゃんと注意しなきゃと思ってね」
光毅さまは修吾くんを見て、おかしそうに笑う。
「わかった? 姫奈子ちゃん」
笑顔の光毅さまに言われ、私は言葉も出ずにコクコクと頷いた。
一瞬すごく怖かった……。でも、でも、やっぱり、かっこいい!
「さぁ、二人は後ろに乗って」
光毅さまに言われるがまま、私と修吾くんは後部座席に乗った。
あっという間に家について、玄関まで修吾くんが送ってくれる。
そして別れ際に、修吾くんがポケットから小さな紙袋を取り出して手渡した。ずっとポケットに入っていたのだろう、少しよれてクシャッとなっている。
「……あの、こっちは兄には内緒で用意したんですけど……」
ひどく肩身が狭そうにオズオズと差し出されたしわくちゃな紙袋。それがなんとも子どもらしくて可愛くて、私は胸がいっぱいになった。
「ありがとう! うれしい!!」
受け取ってその場で開けば手のひらサイズのテディーベアだ。
「かわいい! 大事にするわね!」
私の答えに、修吾くんは安心したかのようにパッと笑顔を輝かせた。
「今日は楽しかったです! また遊んでください!」
修吾くんは元気にそう言うと、車寄せまでかけていった。
その元気そうな背中が少年らしくて微笑ましい。
そして、車に乗る前に私に一度頭を下げる。車に乗ってから、窓ガラスを全開に開けてバイバイと手を振った。
寒いのに元気だな。
私はホッコリとした気持ちで見送って、部屋に戻った。
部屋に戻ってテディーベアをじっくりと見る。
茶色い毛皮の可愛い子だ。首に掛かった金色のチャームには『SHU』と刻印がしてあった。瞳の感じが、ちょっと修吾くんに似ている。
「へー、君は『しゅう』くんなのね。大事にするわね、しゅう君」
チョンとつつく。
そして、足に刺繍があるのを見つけてのけぞった。
ええ!? これって有名ブランドじゃない!?
あんな紙袋で、ポケットから気さくな感じで取りだしたから、普通のぬいぐるみだと思って気楽に受け取ったのだが、よくよく見るとそうではない。
正規サイズのアンティークには法外な値段がつけられることもあるのだ。
足にはブランドのマークと『1』と数字が刺繍されている。多分シリアルナンバーだ。これはそれなりのレアもので、大切にしなければならない。
……修吾くん……。末恐ろしい小学生男子じゃない? 彰仁なんて絶対無理よ。絶対、良い彼氏になるわ。さすが光毅さまの弟だけある。
私はゴロリとベッドに転がって、小さなテディーベアを胸に抱いた。
きっと光毅さまも誕生日を兼ねていろいろしてくれたんだわ。服なんて白山家に用意させれば良いことだもの。でも、口にしないところが大人よね~。
そして幸せだった一日を反芻し、ニマニマと頬が緩んだ。
大人になったら、こんな風にしてくれる彼氏、できるのかしら?
ふとそんなことを思い、
「これ以上なんてないわよね」
思わず一人呟いて、小さく笑った。







