275.三者三様
学園で回収した綱あてのチョコレートは、仕事終わりのお父様を送ってきた生駒に渡した。
何か言いたそうにモゴモゴしていたが、私はツーンと無視をした。今年はお父様にも生駒にもバレンタインはあげなかった。だって、だって、あげないのだ!!
彰仁にはチョコレートとは関係ないものをあげた。お弁当に特製カツサンドを作ってあげたのだ。チョコレートは智ちゃんからもらうだろうし、彰仁だけは味方をしてくれたから贔屓するのだ。
そして、バレンタインが終わってから問題が起きている。
私の心理的な問題なのだが、八坂くんに会うのが恥ずかしいのだ。
八坂くんはたぶんいつも通り接してくれているのだが、いや、たぶんいつもより距離を取っていてくれているのだが。
だって、頭に乗っかってくることもなくなったし、要するに触られなくなったのだけれど。
だけれど。
不意に微笑みかけられると、ビクッとなって顔面が真っ赤になってしまうし、突っ込みも歯切れが悪い。
明らかに不自然で感じが悪くなってしまい、気まずい思いで私がいるのに、ギクシャクしている私を見て八坂くんは楽しんでいる節すらある。
そして、久々に綱に会える水曜日のお昼時間。
綱が教室に迎えに来てくれて、嬉しくなって小走りで廊下に出る。ふたりで最近定番となった温室に向かう。でも、綱がなんだか不機嫌そうだ。一次試験は合格だと聞いていたのに、なぜ機嫌が悪いのか不思議である。
温室について椅子に座って、綱が開口一番聞いてくる。
「八坂晏司と何かあったんですね」
断定表現である。私は思わず、ウっと言葉を詰まらせる。できれば綱には気づかれたくなかった。
しかし、とっさに答えられなかったことがすべての答えなってしまったらしい。
「……そうですか」
綱は静かにそう呟いて視線をお弁当に向けた。コンビニの袋に温室のガラス越しの光が当たって少し眩しい。
「でもっ!」
「こんなところに二人でいたんだ。やーらーしー」
言いかけた言葉を遮ったのは八坂晏司である。
「八坂くん!?」
「ねぇ、僕も一緒にお昼してもいいかな?」
ニンマリ、笑う。綱が眉間に盛大なしわを作った。
「嫌です」
綱が即答する。些細なことでも、すごくうれしい。私との時間を大切に思ってくれている証拠だから。
「ええー、いいじゃん? 卒業まであと少しだし? 生駒あんまり学校来てないし? 生駒とも思い出、作りたいし?」
「嘘が上手ですね」
綱が答える。
「やっぱバレてた? 姫奈ちゃんは生駒に言ったの?」
八坂くんが嬉々とした顔で私を見た。これはまずい、絶対綱に告げ口する気だ。
「ちょっと、やめてください! そんなこと話さなくていいです!」
慌てて口止めしようとする。
「何ですか? 姫奈? 八坂くんと何があったんです?」
「姫奈ちゃんからは言えないよね、あのね……」
八坂くんが言葉を続ける。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!! やめて!」
「僕、姫奈ちゃんに告白したんだ」
恥ずかしさのあまり真っ赤な顔で大声で叫ぶ私。挑発するように笑う八坂くん。無表情になる綱。
「何だって!! 晏司! どういうつもりだ! 最近クラスでの様子がおかしいと思ったんだ!」
そこに現れたのは氷川くんで、もう何が何やらのカオスである。
「和親は最近お行儀が悪いよ。盗み聞きはよくないでしょ?」
「た、たまたまだ、たまたま、聞こえたんだ」
「へー、たまたま、温室まで来たの?」
「晏司を探して、だ! いやそんなことはどうでもいい、晏司と付き合うのか!!」
氷川くんがものすごい形相で私を見た。声が大きいです。御曹司様。
「え、」
私が答えようとすれば、氷川くんは話を聞かずに先を続ける。
「ダメだ! 晏司はダメだ!! 格好良いからな、凄くモテる。いつだって美女に囲まれているし、日本を空けることも多い。さみしい思いもするだろう。それに、ゆくゆくはイタリアに帰るかもしれない! 不安要素が多すぎる」
氷川くん、八坂くんのこと好きすぎない?
「和親だってモテて美女に囲まれてるの一緒でしょ? それに姫奈ちゃんならヨーロッパ社交界だって問題ないし、食の本場イタリアで学ぶのもいいかもね?」
「いや、ダメだ、絶対ダメだ。イタリアで勉強したいなら俺がさせてやるし、フランスが良ければフランスだっていい。俺は姫奈子さんが望むなら、すべて叶えてやる」
氷川くんはドヤ顔を私に向けた。八坂くんは呆れた顔で肩をすくめる。綱は無表情だ。
「あの、なんで、氷川くんが私の望みをかなえる必要があるんですか? 留学が必要なら自分で自分の好きなところに行きます」
まったく意味が分からずに尋ねれば、氷川くんは顔を真っ赤にして唇を噛み、八坂くんはおなかを抱えて笑い出し、綱は眉と眉の間を強くつまんで大きくため息をついた。
「……俺が! 君を! 好きだからだ!!」
氷川くんが少しすねたようにそう言って、私はポカンとする。言葉の意味が頭の中で一致しない。
そもそも、氷川くんには好きな子がいたはずで、私を好きになるなんてありえない。
氷川くんを見る。真っ赤な顔で、でも真っすぐ私を見ている。嘘には思えないが、こんなところで、こんな感じに言うものなのだろうか。本命に対してなら、氷川くんなら場を整えるような気がするのだ。それこそ海の見える丘だとか、クルーザーくらい貸切ったりしそうだ。前世の仮婚約者でさえ、氷川グループの最上階レストランも個室で打診を受けたのだから。
八坂くんを見る。うっすらと微笑んだまま成り行きを見守っているようだ。
綱を見る。温度を感じさせない肌。表情はないくせに、黒い瞳は私だけにわかる程度の光の揺らぎが、綱の不安を伝えてくる。
なんだかそれが嬉しくて。
「でも、私、綱が好きだわ」
思わず答える。そうして、失敗したとハッとした。私の気持ちに嘘はないけど、付き合えない以上、そんなに公にする気はなかったのに。
怒ってないかと綱をソロソロと窺いみれば、綱の口角が満足げにわずかに上がったのが見えた。
あ、だめ、キュンとしちゃう。
「な!? 生駒? 生駒は絶対にダメだ! 晏司よりダメだ! 生駒は俺に比べて何も持ってないじゃないか!」
氷川くんのいいようにカチンとくる。
「氷川くんに比べたら私も何も持ってないです。だから、私も駄目だわ」
ムカッとして言い返せば、氷川くんは顔を青ざめさせた。
「あ、いや、すまない。言い方が悪かった。そういう意味ではなく……。こんなはずじゃなくて、こんな場所で言うつもりはなくて」
オロオロとして声がだんだんと小さくなっていく氷川くん。もしかして、きつく言いすぎたかもしれない。またやってしまった。
「言いたかったのは、そう、言いたかったのは……、姫奈子さんを幸せにできるのは……、俺だけだと思うんだ……」
氷川くんはそう言ってうつむいた。
「違います。姫奈を幸せにするのは私です」
綱がきっぱりと言い切った。氷川くんと八坂くんが綱を睨む。
「生駒にできるの?」
「俺のほうが相応しい」
八坂くんと氷川くんの声。
「あの、私、そんなに誰かに幸せにしてもらわなきゃダメな感じがします?」
私は三人を見ながらオズオズと尋ねる。
「確かに、いろいろできないことも多いし、失敗も多いですけど、もう少し信用してもらいた……」
言いかけたら、三人は顔を見合わせて、一斉に噴き出した。
「そうですね、姫奈は姫奈のままで大丈夫です」
「そうそう、そういう姫奈ちゃんが僕好きなんだよねー」
「ああ、だから俺は姫奈子さんに惹かれるんだ」
三人がそう言って、バチリと視線を交わしあう。一瞬だけまじめな顔をして、そしてまた男同士で悪い顔で笑いあう。
え……、こわい……。
「まぁ、生駒は反対されてるみたいだし?」
八坂くんが意地悪に言えば、綱が無言で睨む。
「そうか」
氷川くんが一言だけ言った。
「いい加減散ってください。私たちはお昼まだなんです」
綱がシッシと手を振りながらぞんざいに言い放った。
「生駒にはわずかな時間しかないからね、ここは姫奈ちゃんのために譲ってあげる。僕らおんなじクラスだしー」
八坂くんは私にウインクして、氷川くんの肩をくんで私たちに背を向けた。
「それにしても和親カッコ悪かったー」
「っ、俺だって本当は」
「クルーザーで夕陽を見ながらとか、考えてたー?」
「っ東京タワーだ!」
「なにそれ」
二人の男の子はイチャイチャしながら温室を出ていった。
「なんだったのかしら、あれ」
ポカーンとして、二人の背中を見送る私に、綱は大仰にため息をついた。
「氷川くんから告白されたのに、なんなんですか、あなたは」
「・・・・・・そういう意味なのかしら?」
「好きだって言われてたじゃないですか。幸せにするとも」
綱に言われて反芻する。
言われたことを思い返して、今更ながらに恥ずかしくなる。
顔が熱くなってきて、慌ててホッペを両手で押さえた。
「や、やっぱり、あれって本気だと思う?」
「本気ですよ。逆になんで嘘だと思うんです」
「嘘だとは思ってないけど、だって、だって、氷川くんが本命に告白するならどこかを貸切って……って思わない?」
私の答えに綱は肩をすくめた。
「それほど余裕がなかったってことでしょう。私だって、あんな」
ボソリ、呟いて綱は気まずそうに視線を外した。そのせいで、私もあの日を思い出す。綱の耳をふさいでまで、無理やりに告白した教室。
カッと顔が茹でだこのようになる。
「あ、もう! やだ、やめて!? ご飯! ご飯にしましょう?」
バタバタとテーブルの上にお弁当を広げて綱に押し付ける。
「で、結局、八坂くんの件はどうしたんですか?」
「だって、今のでわかったでしょ?」
ワタワタと答える。さっきだって、みんなの前で綱を好きだと言ってしまったではないか。
「今、姫奈の口から聞きたい」
ああ、もうだめ。その目が駄目。やわらかく温かいチョコレート色の瞳。ずるい、いけない、逆らえない。
「……もちろん、断ったもん……」
うつむいて呟けば、綱が小さく笑うのがわかる。思わず顔をあげて綱を見る。
温室のガラス越しに降ってくる冬の光は暖かくて、季節外れの緑の間を抜けて綱の顔にレースを作る。
黒蜜色の髪がキラキラと輝いて、冷たい微笑みを浮かべがちな唇が艶やかに微笑んでいる。
あ、たべちゃいたい。
そう思った瞬間。
「姫奈、ありがとう」
綱が穏やかにそう言って、本当にうれしそうに笑うから、不埒な私は気まずくなってそっと綱から目をそらす。
「当たり前じゃない」
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いて答えてから、ハッとする。こんなの素直じゃないし、全然全然可愛くない。
「それ、かわいいだけですよ」
綱が笑って、私は机に突っ伏した。コンビニの袋が乾いた音でカサリと鳴って、被害妄想でしかないけれど冷やかされてるみたいだった。
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