273.高等部三年 バレンタインデー 2
準備が済んで商業施設に乗り込んだ。中ではマスコミ関係者が撮影をしている。見たことのある朝の顔や、新人らしい女性アナウンサー。お笑い芸人やモデル、記者らしい人たち。様々な人たちが、機材とともに移動している。その間を縫いながら、撮影の邪魔にならないようにお目当てのお店を見て歩く。レセプション用の非売品のお土産や、パンフレットなどが配られていた。新しい商業施設が誕生する瞬間に立ち会えることなどそうそうない。目に映るものすべてが新鮮で勉強になる。興奮のままに八坂くんにいろいろと質問しては、丁寧に教えてもらった。八坂くんは仕事がらこういう場にくることが少なくないらしい。
八坂くんとのエージェントコスプレは人目を惹くようで、テレビでも有名なファッションアドバイザーから声をかけられた。
「晏司、今日の格好のテーマは何? いいじゃない」
「バレンタインなので、赤い糸を結ぶ小悪魔、って感じです」
八坂くんが答える。
「あらぁ、遊び心満点ね。それで、そっちの彼女は?」
品定めするような視線でつま先から頭のてっぺんまで、なめるようにチェックされる。八坂くんに恥をかかせてはいけないと、堂々と受けて立つ。
「僕のミューズなんです。赤い糸でカップルを結ぶって彼女のアイデアなんですよ」
「ふぅん? 晏司のミューズって話題だったけど、本当にデザインのミューズなわけね」
八坂くんはにっこりと笑って見せる。
「ちょっとぉ! こっち来なさいよ!」
ファッションアドバイザーが声をかけてカメラマンを呼びつける。
「何、あなた、これスルーしてるのよ! 撮りなさいよ、写真!!」
「え!? あ、でも、事務所とか」
「わかってるわよ、そんなこと、マネ君に電話するわよ、私が!! いいわよね、晏司」
「何の写真ですか?」
「『月刊ホットプレス』の写真よ、今日のレセプションでのおしゃれランキング作るのよ」
「僕だけならお願いしたいところなんですけど」
「やだ、彼女と撮らないと意味ないわよ。男女のペアルックでカッコいいじゃない」
「でも、彼女、芸能志望じゃないので」
「うそでしょ!? 晏司の事務所の子じゃないの?」
うーんと、ファッションアドバイザーが唸る。
「彼女と背中合わせで、彼女の顔が映らない感じならどう? それでも無理?」
尋ねられて、八坂くんの顔を見ればちょっと困った顔をしている。きっと断りにくい相手なのだろう。
「あの、顔が映らないなら……」
「ごめんね、姫奈ちゃん」
「いえ、記念にもなりますし」
すまなそうな顔をする八坂くんに手を振って笑って見せる。
「じゃ、晏司こっち向いて、手で銃の形、そうバキューンって、自分の頭を打つ感じで。足、大股に広げて。うん。そっちのミューズちゃんは晏司の背中に背中をつける感じで、バキューンって。ミューズちゃんは足をそろえて、Iって感じ? あ、彼女のバキューンは手を伸ばして天に向かって打つ感じね、そうそう!」
言われるままにポーズをとる。何枚か写真を撮って解放される。
エージェントスタイルは業界人に好評で、みんな気さくに声をかけてくれる。
一通り見て歩き、最上階のレストランについた。今日の招待状にはドリンクチケットが付いていて、好きなお店で使うことができるのだ。
最新のメニュー表から飲み物を注文し、店内もじっくりと観察する。
「すごいですね。新しいことが始まるってワクワクしちゃうわ!」
「そうだね」
「私もいつか新店舗を出してみたいです」
「白山茶房?」
「ええ。もう少し若い子にも和菓子を食べてもらいたくて。タピオカみたいに、『今日、タイらない?』って言われたいわ!」
「タイ焼きを『タイらない?』」
「そうです! 縁起ものですもの。テスト前だからとか、試合前だからとか、よくないですか?」
「そうだね。島津クンも試合前には食べてるみたいだしね?」
突然修吾くんの名前が出て、一瞬言葉に詰まる。八坂くんはなんでもない顔をして、かけていた伊達メガネを胸のポケットにしまった。
「……、そ、そうです。ピンクのタイ焼きで金魚っぽく丸いフォルムにしたらかわいいかしら?」
「それはいいかもね。黒の出目金と」
「かわいいかも!! でも、古い金型は白山茶房で残したいから、新しいことをやるなら新店舗ですよね」
「そうだね」
ニコニコした顔で八坂くんが話を聞いてくれるから、思わず夢を語ってしまう。
「ちょっとは元気になった?」
「え?」
八坂くんは窓ガラスを見てカラカラとストローを回した。
「私、いつも元気ですよ?」
「嘘つき」
その声が思いのほか硬くてガラスに映る八坂くんの顔を見れば、思わず目が合ってびっくりした。
八坂くんが見ていたのは窓の外ではなく、私だったみたいだ。
カラ元気を八坂くんには見破られていたらしい。言葉を失いうつむいた。
「生駒、今日も来なかったんだね」
「そうですね。受験、忙しいみたいで」
「ふーん? 国内なんて余裕そうだけど、留学でもするの?」
言葉に詰まる。綱が話していないことを私が話していいとも思えなかった。
それにしても八坂くんはカンがいい。そして私は嘘が下手だ。
俯いて言いよどむ私を見て、八坂くんが長くため息をついた。
「ねぇ、もう、僕にしておかない?」
八坂くんの言葉の意味を測りかねて、顔をあげる。
「時間がもったいないよ。高校時代なんて今しかないんだし、その先の大学生活だってその時だけだよ。女の子が一番輝く時期にこんなの酷いよ」
「なにを」
「今しかできないこと、いっぱいあるはずなのに、なんで姫奈ちゃんだけ我慢しなきゃいけないの?」
八坂くんが悔しそうに唇を噛む。
「アイツ、反対されてるんでしょ? 僕だったら反対されない」
ヒュッと息をのむ。まっすぐ私を射る瞳。綱のことを言っているのだ。それでも名前をあえて出さないのは優しさなのだろうか。
「僕だったら、好きな子をバレンタインに一人ぼっちにさせたりしない。クリスマスだって誕生日だって、そばにいる。プロムで一番の女の子にしてあげられる」
べっこう飴なんて優しい色ではない。もっとギラギラした、太陽みたいな眩しい光だ。我慢も限界だと憤っているようにも見える。
「アイツのこと、好きでもいいよ。でも、付き合うのは僕にしなよ」
八坂くんの言葉が矢のように胸に刺さる。怒っているようで、その言葉が優しさから発したものだから、その矢の先は中途半端になまくらで、ずしんと打ち付けられたように重く、ジワジワと胸にめり込んでくる。
痛みをこらえて、言葉を探す。
「……そんなの。そんなの、変だわ」
「変じゃないよ。僕のそばにいてくれるなら、誰を思っててもいいよ。別にアイツを秘書にしたいならそれだって反対しない。僕がいないときだったら、アイツと会ったっていい。だから、僕を選んで。僕なら姫奈ちゃんが欲しいもの全部あげる。何も諦めなくていいよ。一番幸せにしてあげるから」
目の周りがヒリヒリと熱くなる。息ができないほど苦しい。冗談とあしらうことなんかできない。八坂くんが本気だとわかるから。
だから、悲しい。悲しくて、泣きそうだ。
優しい人。周りを見て、空気を読んで、自己主張しているようでいて、我を通すわけではない。
誰よりも大人びて、世界が良く見えすぎる。味方にはとことん優しくて、敵には毅然と立ち向かう。きっと前世であたりが強かったのは、私が氷川くんのためにならないと判断されていたからだ。
そのくせ自分のためにはわがままの言えない人。先回りして諦めて、だから、あんなふうに言うのだ。
--誰を思っててもいいよ--
そんなこと言わせたくなかった。大切にされているのだということはわかる。きっと彼の中で、私を一番に考えて、考えて考えて、その答えがそれで。そうだとわかっても、そうだとわかるから、私はそれに答えられない。
「一番楽しいときに、一番楽しいことができない。いまのままじゃあんまりだ。姫奈ちゃんが可哀想だよ……」
「可哀想なのは私じゃないわ。ちゃんと八坂くんが幸せにならなくちゃ八坂くんのほうが可哀想よ」
きっぱりとたしなめる。
「姫奈ちゃんの幸せが僕の幸せだよ」
「私、友達の犠牲の上に幸せになんてなれない」
私の言葉に、八坂くんが息をのんだ。そして美しい顔を苦悶にゆがめる。
「……犠牲なんかじゃない……」
小さな小さな声だった。
Twitterの方に綱と姫奈子のハロウィン小話があります。
よかったら覗いてみて下さい。







