257.しのぶ思い 2
華子さまへの挨拶が終わったところで、応接間に戻ってきた。
応接間には来た時と違って、たくさんの衣類やジュエリーがある。
「まずは私たちも姫奈子さんのケーキをいただきましょうか?」
奥様の言葉を合図にお茶が用意された。
さすがにケーキと甘酒では糖分が多すぎると判断したのだろう、以前氷川くんと一緒に行った紅茶屋さんの紅茶が用意される。
「話には聞いていたけれど、本当に上手ね」
奥様がケーキを食べながら褒めてくださる。
「しかも、おばあ様の健康に配慮して、なんだ、なにかをかえてくれたんだったな?」
「ええ、今日も薄力粉をアーモンドプードルに変更したレシピです」
「なにが違うのかしら?」
「糖質が抑えられるんです。あとナッツの香りがして私は好きです」
「そうなの。いろいろと考えてくれたのね」
「いえ……そんな……」
奥様の言葉に恐縮して俯いてしまう。
自分が華子さまと一緒に甘いものを食べたかっただけなのだ。
「今日のワンピース、とても素敵ね? 姫奈子さんが選んだのかしら?」
唐突に話題を転じられホッとする。
「母が用意してくれたものです」
「あら、良かったわ。それ、最近晏司くんが立ち上げたレーベルのワンピースでしょ?」
なぜか、奥様は氷川くんを見て笑い、氷川くんが咽せた。
「晏司の?」
「ええ。正確には、晏司くんのお父様のブランドなのだけど。晏司くんが監修するティーン向けのレーベルをはじめたのよ。当分の間は晏司くんの名前を伏せるそうよ」
「知らなかったです! 八坂くん、すごいですね」
パチンと手を叩く。八坂くんはモデルだけでなく、新しい分野にチャレンジしているのだ。
「それで、姫奈子さんのお母さまは晏司くんと仲がよろしいの?」
「仲が良いというより、母が勝手にファンなんです」
「晏司くん、格好良いですものね。姫奈子さんは?」
「?」
質問の意図がわからずに首をかしげる。
「姫奈子さんは晏司くんをどう思ってるのかしら?」
「八坂くんですか? とても素敵だと思います。でも私は母と違ってエレナさまのファンなんです!」
そう答えれば、奥様は満足げに微笑んだ。
「そうなのね。良かったわね、和親」
いったい何が良かったのか。氷川くんは不機嫌そうに奥様を軽く睨む。
「さて、そろそろ、義母の形見を見て頂こうかしら」
奥様はおもむろに立ち上がり、応接間の壁側に並べられた品々の前に私を連れて行く。
「古いものばかりですけれど、気に入ったものがあったら貰ってやってちょうだい」
ずらりと並べられた数々の品物に私は言葉を失った。
凝った絞りの着物と豪華な刺繍の帯、有名高級ブランドのバッグや時計、高価な宝石をふんだんに使ったジュエリーなど、どう考えても女子高校生が持つようなものではない。ハンガーにかけられている毛皮のロングコートは、セーブルなのではないだろうか。
最低でも六桁、うっかりすれば七桁を超えている。血縁者でもない私が貰っていいようなものは何一つない。
私は思わず後ずさる。前世なら喜んでなにも考えずに受け取っただろう。うっかりすれば、二・三個強請ったかもしれない。しかし、お金の価値が分かるようになった今ではそれは無理だ。この金額があればパートさんに金一封配れてしまう。
「あ、あの、私、さすがにこれはいただけません……」
初めから断るべきだった。華子さまの持ち物なのだ。上質なものしかないということは想像すればわかりきっていた。いや、私だって想像をしていたけれど、想像のはるか上をいっていた。
「あら、遠慮することないのよ? 私は別荘をいただきましたし、和親も車をもらったものね?」
氷川くんが頷くが、直系血族と赤の他人を一緒にしてもらっては困る。
「でも、……身の丈に合いません……」
「今は確かにそうかもしれないけれど、いつかあなたが追い付くわ。是非、お守りだと思って何か一つ選んでちょうだい」
「……」
「おねがいよ」
「姫奈子さん、俺からも頼む。祖母が好いていた人にもらい受けて欲しい」
二人からそう言われ、私は戸惑いつつも使いこまれた鞄を一つを指した。いただけるならこれがいい。
「あの、これを……」
台形型のかっちりとしたフォルムにトップハンドルが一本。茶色いクロコダイルの表に、内側はミモザ色。シャンパンゴールドの金具を使い、バッグ正面のブランド刻印の隣には、馬蹄刻印がされている。パーソナルオーダーだったのだろうと想像できる。
購入時は七桁はくだらなかっただろう。うっかりしたら……考えたくない。
水谷千代子のコンサートに華子さまがもってきた鞄だ。その証拠にあの日に買った大きな芍薬のヘアゴムが付いている。
中でもそれが一番使い込まれていて、私から見れば華子さまを色濃く感じられたのだ。
「そんな古ぼけたものでいいのか。同じブランドの鞄ならもっと新しいものもある」
氷川くんが言った。確かに同じブランドのもっと新しくてもっと大きな鞄もある。きっと、価値でいったらそちらの方が高価なのだろう。
でも、私はこちらが良かった。
「ええ。よろしければこれを形見分けしていただけたら……」
チラリと奥様を見た。古いとは言っても高級な品物だ。不相応だと思うかもしれない。だがしかし、ここにある品物はすべて高級で、私には何にどれだけの価値があるのか全くわからないのだ。
奥様は穏やかに笑った。
「姫奈子さんは流石ねぇ……。その鞄、義母の一番のお気に入りだったのよ。初めてパリに行った時に浅間の大奥様と一緒にオーダーしたのだとか言って。使うこともないのに病室にまで持ち込んで、インテリアだなんて言って……」
奥様が懐かしむように言った。
「あの! そんな大切なものだと知らなくて、わたし」
「だから、姫奈子さんに持っていて欲しいわ」
奥様がきっぱりと言った。
「そうだな。姫奈子さんが持つべきだ」
氷川くんもそう言って鞄を手渡してくれる。
正直手が震えてしまう。
「ありがとうございます」
鞄を胸に抱いて深々とお辞儀をする。
「こちらこそありがとう。義母も喜んでるわ、きっと」
奥様が笑って、氷川くんも頷いて、私もホッとした。
氷川邸を辞して家に戻る。鞄を持ったままリビングへ行けば綱と彰仁が勉強していた。
「ただいま」
声をかければ二人が顔をあげる。
「おかえりなさいませ」
綱の答え。丁寧な口調は家の中では仕方がないけれど、少し余所余所しく感じてしまう。
彰仁は開口一番。
「姫奈子、なんだよ、その鞄」
「華子さまの形見分けよ」
「……おま! おま! 大奥様の形見ってどういう……」
彰仁が口をパクパクとしている。
「華子さまとはチョコちゃん仲間だったから、いただけたの。行き過ぎた配慮だとは思うけど」
「過ぎすぎてるだろ!? ずうずうしくそんな鞄貰ってきて! ドラフトチャンバー買えるぞ!」
「は? そもそもドラフト? なに? ジャンパーの一種?」
「局所排気装置に決まってるだろ!?」
うん、聞いてもわからなかった。多分何かの実験装置だろう。
「だってくれるって言ったし、しょうがないでしょ!」
「しょうがないってオマエ!」
「私だってわかってるわよ! でも、あの状況で固辞したら失礼だもの。それにあの中で選ぶならどれ選んでも、きっとそのドラフトうにゃらら買えるもん! とりあえずお母さまに報告して、それからあとのことは考えるしかないでしょ!」
非難囂々の彰仁を背に、私は鞄を抱え込みバタバタとお母さまの部屋へ向かった。
お母さまに報告すれば、お母さまは満足げに頷いて、お礼状を書いて持ってくるように言った。そして、後は任せなさいと、不気味な笑顔で笑った。
変なことを考えていそうでとても怖いが見なかったことにした。







