256.しのぶ思い 1
今年の十一月二十二日、氷川くんの誕生日は何事もなく過ぎて行った。
淡島先輩がいないからか、五木くんが主役だからか、執行部での氷川くんお誕生日会はなかった。
ただ、氷川くんに頼まれて翌日華子様のお仏壇にご挨拶へ伺った。お墓参りにはときおり行ってはいたのだが、お仏壇へのご挨拶はしていなかった。
華子様が好きだった甘酒と、病室で一緒に食べたバスク風チーズケーキも一緒に用意した。
わざわざ氷川くん自ら迎えに来てくれて、氷川家に招かれたのだ。
三回忌も昨年済み残った形見の一つをわけてくれるのだという。
何が良いかわからないから、直接見て欲しいとのことだった。
血縁者でもない私がいただいていいものでもないと辞退したのだが、氷川くんのお母様からも私の母を通じて是非にとのことで断れるわけもない。
お母さまから買い与えられたワンピースに着替える。
清楚なお嬢様風の少しレトロなチョコレートブラウンのワンピースだ。
ひかえめなパフスリーブの袖に白いカフス。小さめの襟も同じく白だ。長めのスカートは品よく広がり、ウエストはリボンで締められている。
大人しく座っていれば私もお嬢様らしく見えるだろう。
カフスボタンは綱から貰った板チョコにした。
出かけにお母さまがそれを見咎める。
「氷川様のお屋敷にそれはどうかしら? 姫奈子ちゃん」
「だってお気に入りなんだもの。ワンピースの色と一緒で可愛いでしょ?」
「ええ、ええ、可愛いわね。でもそれはお友達と一緒の時に使いましょうね? 今日はお母さまのものを貸して上げます」
圧のある笑顔で微笑まれる。
氷川くんだって友達なのに。
そう思いつつ、反論できずにスゴスゴとカフスボタンを外した。お母さまは自室に戻り、金色のカフスボタンを私の袖につけてくれる。
「くれぐれも粗相のないようにね」
「はい」
出かけに綱とすれ違う。
綱は少し眩しいものでも見るような顔をした。
「とてもおしゃれをしているようですが、どちらへお出かけですか?」
「氷川くんの家に呼ばれてるの」
「氷川くん……」
少しだけ綱が顔をしかめて、それがちょっとだけ嬉しい。
嫉妬してくれてるのかな? なんて。キャ!
「華子様の形見をわけていただけるそうなの」
「そうですか」
綱は無表情に答える。
「氷川様の奥様が姫奈子を気に入ってくれているみたいなの。だからね、ゆくゆくは、ね?」
お母さまがホクホクしたような笑顔で綱へ言う。
「お母さま、止めてちょうだい! 変な勘繰りはよして!」
「あらやだ姫奈子、怒ることではないでしょう? ねぇ? 綱守くん」
お母さまの言葉に綱は悠然と微笑だ。
「お嬢様なら当然のことだと思います」
「あら、やっぱり? 綱守くんもそう思う?」
「はい。芙蓉会でベストですから。どこのご令嬢にも引けを取らないと思います」
「綱までやめて!」
嫉妬どころではない。違う人に推薦までされる始末だ。
私が彼女のはずなのに、これってなんだかおかしくない?
「お嬢様は努力されていますから」
抗議しようとした次の瞬間に、綱がそう言って口をつぐんだ。
綱がそう思ってくれてたなら嬉しい。ジワジワと口角が上がっていく。
「そうね。芙蓉学院に入ってから姫奈子はよく頑張っていると思うわ」
お母さまにもそう言われ、なんだか少し気恥ずかしい。
「さあ、氷川くんがそろそろつく時間よ」
お母さまに促され玄関ホールへ向かう。
「お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
綱の声に振り返る。
薄く微笑む綱からは一ミリの嫉妬も感じられない。
少し残念だと思いつつ、仕方ないともわかっているのだ。
間違ってもお母様には知られてはいけない。
感づかれたらそれが最後、生駒は綱をつれて家を出ていくだろうから。
わかっていても少し寂しい。私の我儘でしかない。
玄関ホールにでれば、ちょうど氷川くんが着いたところだった。
私を見てポケッとする。
そんなにおかしな格好だっただろうか。
「母の趣味なんですけど、少し大げさだったかしら?」
「いや、かわいい。制服ばかり見ていたから、新鮮だ」
「ありがとうございます」
素直に言葉を受け取れる自分に気が付いて、不思議に思う。
以前なら、氷川くんが裏のない人だとわかっていても、一旦は構えて受け取ってしまっていたからだ。
これも綱のおかげかな?
好きな人に好きだと言われただけで、なんだか自分を好きになれるのだ。
思わず思い出し笑いをすれば、氷川くんもつられたように微笑んだ。
「では、いこう」
氷川くんにエスコートされ、私は氷川邸に向かった。
氷川邸には何度か来たことがある。
いつも応接間に通されて、そこで大抵奥様にご挨拶をする。
今日も同じ流れで、応接間に通され挨拶をして、手土産をわたした。
その後、仏間へ通される。
壁の上に歴代の氷川家当主とその奥様の肖像画がずらりと並ぶ迫力のある部屋だ。大きく立派な仏壇には沢山の位牌が並んでいる。
一番手前にあるまだ新しい位牌が華子さまだろう。にこやかな遺影がともに飾られている。
氷川くん自ら私の持ってきたケーキと甘酒をお供えする。
「姫奈子さんが、おばあ様へ作ってきてくれました。おばあ様もお好きだったケーキと甘酒です」
広い仏間に氷川くんの声が響く。
「お義母さまは甘いものがお好きだったから、喜んでいるでしょうね」
奥様がそう言って私を見て微笑んだ。
私は仏壇の前の座布団を脇にずらし、お線香をあげる。
― 華子さまの言った通り、諦めなくてよかったです。まだ、いろいろと難しいこともあるけれど二人でなら頑張れます ―
手を合わせて報告する。お線香の煙にのって華子さまに届けばいい。







