231.高等部二年 卒業式
芙蓉学院高等部の卒業式は三月一日だ。
それに向けて、最後のプロム活動が活発化してきている。バレンタインのプロムポーズを期待していて夢破れた男子が、必死になってパートナー探しをしているのだ。
紫ちゃん、と名前を出しただけで殺気立つ二階堂くんやめれ。
詩歌ちゃんは当然のごとくちょくちょく呼び出されているし、明香ちゃんも呼ばれているらしい。二人とも一律に「プロムの運営なので」とお断りしているそうだ。人気者は大変だ。
放課後教室で、修学旅行の最終準備をしていれば、ほらまた詩歌ちゃんが呼び出されていく。
「ごめんなさい、ちょっと席を外すわね」
申し訳なさそうに廊下へと出ていく詩歌ちゃん。
「相変わらず浅間さんは人気だね」
三峯くんが冷やかすよういう。綱は無反応だ。
綱が無反応? え、もしかして、綱怒ってる? 詩歌ちゃんなの?
ジッと綱を見れば、不思議そうに瞬きをする。
はー? なにこれ、かわいいんですけどー?
慌ててチョコレートチューブのシャーペンを握ってプリントに目を落とす。
「白山さーん、よばれてるよー」
声がかかって、ガタガタっと立ち上がる。
ついに来た! 私もプロムポーズなの!?
断ると決めているけれど少し浮かれる。
だって、みんなされているのに自分だけされないなんて寂しくない? 残念女子決定じゃない?
私だって「プロムの運営があるのでごめんなさい」とかしおらしく言ってみたい!
浮足立って廊下に出れば、話したこともない三年生の先輩だ。多分、外部生なのだろう。おしゃれに制服を着崩した、なんというか、軽そうというか、チャラそうな感じでテンションが下がった。
「白山姫奈子さん、プロムへ一緒に来てくれない?」
教室を出てすぐのところで、サクッと言われる。ざわざわとする廊下で、ロマンスがおこりそうな気配など微塵もない。告白にしては雑だ。
「お断りします」
私もサクッと答える。思いっきり反射で断ってしまった。
しおらしく「プロムの運営があるのでごめんなさい」と言う予定だったのに!
「あはー、やっぱりねー。呼び出してごめんねー」
ヘラヘラと笑いながら去っていく名前も知らない三年生。それを追いかける二年の女子。
「わ、私じゃ駄目ですか? プロムだけでいいので!」
「うん、いいよー。おっけー!!」
目の前でプロムパートナー成立。
そういうノリ? そういうノリなの? 別に好きとか付き合うとかそうじゃなくて、ただプロムに行きましょうって、そういう感じ?
廊下のドアをピシャリと閉めて、自分の席に戻る。
「あれ、早かったね」
三峯くんが笑う。
「ええ、当て馬でしたのよ!」
わざとお嬢様言葉で答えれば、ウクククと三峯くんが堪えるように喉で笑う。
「笑えばいいじゃないの」
言えば、本当に声に出して笑う。綱は知らん顔だ。興味もないのだろう。
「ほんと失礼しちゃうのよ。公衆の面前で軽く誘って! 数打てば当たるとかそんな感じじゃない! 私だって、二人きりで『君だけだ』って言われたいわ!」
むしゃくしゃして当たり散らす。
「まあまあ、まだ決まってないセンパイが焦るのはわかるから、そう怒んないで。来年は我が身だよ」
「そう?」
「みんなが憧れるパートナーをつれてると勝者って空気あるからね。できれば可愛い子つれて行きたいし、少なくとも一人では行きたくないよね」
「……私やっぱりアンチプロム派だわ」
「まー、お互いヤバそうだったら、フォローし合おうよ。白山さん。あぶれるとか恥ずかしいでしょ?」
三峯くんが笑う。
「えー……」
「お互い気持ちないのわかってるから、合理的な契約」
「合理的?」
「白山さんは焦って妥協しなくていいし、俺は白山さんに認められた男になれるわけ」
「私に認められた男ってなによ」
「パートナーってそういうとこあるでしょ? いい人と一緒にいる人ならいい人なんだろうな、っていう錯覚」
「……錯覚……」
「そういう錯覚は積極的に利用していく方向で」
三峯くんが悪い顔で笑う。
言っていることは解る。パートナーによって自分に箔を付けようとする、前世の私がまさに氷川くんでしようとしたこと。
だけど普通、本人にそれを言う?
「三峯くんは、そーいうところがダメなのよ! 合理的だとか契約だとか! 乙女相手に言う?」
「いやいや、俺だって相手を選んで言ってるよ。お互いあぶれたらって話だし」
「三峯くんモテるの知ってるんだから! そう言って裏切る気でしょ!」
「まぁ、姫奈があぶれたら私が相手をしますから、姫奈は心配しなくてもいいです」
綱がプリントに書き込みをしながら、何でもない事のように言った。
「綱がモテるのだって知ってるのよ! 裏切り者!」
ムキーと怒る。人の気も知らないで!
「今、予約しとけばいいじゃない、裏切られたくなかったら」
三峯くんがさも当然のように言う。
綱も無表情で頷いた。
「焦って適当な相手とプロムへ行くより、そちらの方が奥様も安心でしょう」
綱の言葉に、スッと冷静になる。
あの神社で恋のお守りを買った綱。
好きな人がいるはずなのに、私を優先してしまう綱。
でも、そんなの、よくないんだわ。
「……あぶれたらいかないもん。綱はちゃんと好きな人を誘いなさいよ」
「わかりました」
綱は顔もあげずに答えた。
「っていうか! なんで私があぶれるの前提なの!?」
叫べば三峯くんが「突っ込みがおそい」と突っ込んだ。
そうして迎えた、三月一日卒業式。
卒業式を終えた三年生たちが校庭へ出てくる。お世話になった先輩たちに花を渡す在校生たち。
私も天文学部の先輩や、芙蓉会の先輩、美化委員の先輩に、八坂くんファンの先輩たちにもお花を配って歩いて行く。花は黄色いスイートピーにした。
両手に抱え込んだ花束の数はお世話になった人の数。こんなにたくさんの人にお世話になったんだなと、感慨深い。
最後に残った二束だけは桜だ。これは特別なのだ。
私は最後に淡島先輩と葵先輩の元へ行った。
「ご卒業おめでとうございます」
桜の枝を一本ずつ手渡す。
「葵先輩! ネクタイを貰ってもいいですか?」
尋ねれば、葵先輩はシュルリとネクタイを解いた。
「ほら、ネクタイを外しなさい」
葵先輩に命じられ自分のネクタイを慌てて解く。葵先輩は私の首元に、自分のつけていたネクタイを結び付ける。
葵先輩、紫ちゃんとおんなじ香り……。
うっとりして夢心地だ。
「紫をよろしくね?」
「もちろんです」
鼻息荒く答えれば、淡島先輩が笑った。
「葵、大サービスじゃないか」
「そうよ、わるい?」
淡島先輩が茶化すように言えば、ちょっとむくれて葵先輩が答える。
「妬けるなって、はなし」
淡島先輩が何でもないように言って、葵先輩にクリティカルヒットだ。顔を真っ赤にして黙る。
「じゃあ、ボクからはこれ」
淡島先輩が胸の芙蓉のチーフを無造作に抜いて手渡してきた。
「芙蓉会をよろしく」
まさか淡島先輩からそんなことを言われるとは思わなくて、ジンとする。ちょっと泣き出しそうだ。
淡島先輩と過ごした日々を思い出す。
初めは怖かった。今も少し怖いけど。でも、色々なことを教えてくれた。お金の動き、契約の仕方、振る舞いや考え方、人間関係まで。私が芙蓉会にいるために必要なことはすべて淡島先輩が教えてくれた。
「もっといろいろ教わりたかったです」
思わず口にすれば、淡島先輩は面食らったように笑った。
「死ぬわけじゃないんだし、いつでも連絡しておいで」
「はい!」
葵先輩がそんな淡島先輩を見て、ちょっと不満そうに顔を曇らす。抜け目のない淡島先輩は、それを察して私の手渡した桜の枝をポキリと折って葵先輩の耳元に挿した。
「やっぱり葵によく似合う」
中等部二年の春を思い出す。あの頃の二人はまだ付き合っていなかったのだ。
「桜の花言葉は『優れた美人』でしたね」
思わず呟く。あの日、詩歌ちゃんが教えてくれた。
葵先輩が目を見開いて、淡島先輩を見る。
「しだれ桜は『優美』だよ」
淡島先輩が数学の答えを教えるかのようにサラッと答える。
あの日、淡島先輩が葵先輩に挿したのはしだれ桜だった。花束として手に入らなかったから今日はソメイヨシノにしたのだ。
「……あの日も知っていて挿してくれたの?」
葵先輩も同じ日を思い出したのだろう。
淡島先輩は少し気まずそうに笑って、それでも黙って頷いた。
「わかりにくかったわ、風雅」
「それは反省しているよ」
二人の世界が展開され出したので、私はこっそりその場を離れる。
そこかしこで、離別を惜しみ門出を祝う輪ができている。
私は芙蓉会二年生と落ち合って、今度はプロムの準備である。
卒業式の終わった体育館をプロム用に設営し直し、飾りつけをするのだ。
ギリギリまで写真を差し替えたスライドと、想い出の音楽。今年の目玉はプロジェクションマッピングで最期は花火を投影する。
紫ちゃんと目を合わせて、気合を入れた。
「成功させなくっちゃ!」
「うん!」
おかげでプロムは大成功だった。リア充の幸せそうな時間は詳細を避けたい。当然のごとくダンス賞は淡島夫妻で、ほーん?としか思えなかった。







