229.高等部二年 バレンタインデー 1
そして今日はバレンタイン当日だ。毎度毎度の八坂くん案件を処理しつつ、お昼の時間だ。綱とお弁当を食べようと場所を探して歩く。
「……ねぇ、今日何だか庭の人口密度高くない?」
「そうですね」
二月の庭は寒いから、外で食べる人たちは多くない。それなのに今日は外のベンチやあずまやのそこかしこにカップルがいる。
そう、カップルがいるのだ!!
あー!! 九島くんカップルもいる! なにさ、見せつけないでよね。
ムキ―っとあたりを見渡していれば、屋根付きのあずま屋には淡島先輩と葵先輩もいた。
耳まで真っ赤な葵先輩と、眼鏡の奥がイヤらしく光っている淡島先輩。これは葵先輩から結果を聞くまでもなく、淡島先輩の大勝利である。
私だって綱のためにバレンタインの準備をしてきたのに、どこで食べたらいいのだろう。
教室に戻ろうか。
でも、教室に綱がいたらお客さんが絶えないのはわかっている。だから、落ち着いて食べたくて、二人っきりになりたくて、寒くても庭に出てくるのだ。
綱には秘密だけど。
「芙蓉館に行きましょうか」
綱が言った。
「でも、綱、あんまり芙蓉館行きたがらないじゃない?」
「今はそうでもないです。姫奈も芙蓉会ですし」
そうか、中等部の頃は私が芙蓉会じゃなかったから、綱は気を使っていてくれたのだ。
「じゃあ、そうする?」
頷く綱と二人で芙蓉館へ向かった。
芙蓉館のカフェでは食事は出ない。学院の購買で購入したものや、お弁当を持ち込んで食べることになっている。
ふと見れば、二階堂くんと紫ちゃんが奥の方で二人っきりの世界を作っていたから、見なかったことにした。
ああ! 二階堂くんずうずうしくアーンとか強請ってるんじゃないわよ!! 目の端に入り込んでるから! 学院内では自重して!
私たちも壁際にある二人掛けの席を選んでそこへ座る。敢えて、二階堂くんたちの見えないところを選んだ。今、あの二人を見せつけられるのは精神的にキツイ。お弁当を食べる前に、お腹いっぱいになってしまう。
テーブルにお弁当を広げ、スープをわけあう。今日は沼田姉妹に教えたキッシュを私もおかずに入れてきた。
「ハートなんですね」
「あっ、うん。ゆかちゃんたちに教えるようにたくさん買ったから余っちゃって」
なんでそこでハートに突っ込むの? スルーして欲しかった!
「では、今日は二階堂くんも淡島先輩も同じものを食べてるんですか?」
「たぶんね」
それを聞いて綱はおかしそうに笑った。
そう考えたら、なんだかなーである。二組は良い。付き合ってるんだから。私なんて片思いなんですからね!
そう思って気が付いた。
私すごく恥ずかしいことしてない? カップルと同じものを綱に食べさせようだなんて、何彼女面してるんだ、そんな感じになってない?
一気に顔が火照るのがわかる。綱は何でもない事のように手づかみで豪快に齧り付く。唇の端にケチャップが付いて、ペロリとそれを舐める姿に、ドキリとする。
「好きです」
「っ!」
ニコリと綱が笑う。学院でお昼を食べてるときの綱は、皮肉な物言いが鳴りを潜めるから、それもいけない。
わかってる。わかってるって、ちゃんと誤解、しないんだから!!
「この味。美味しいです」
付け足された言葉に、やっぱりだとかがっかりだとか、思う心は複雑だけど。
「良かったわ」
何でもないふりをして答える。
「それにしても、綱。あんまり女の子の前で好きだとかいうの良くないわ。誤解されるわよ」
「何のことです?」
「ほらさっき……」
「キッシュですか?」
「ええ、まぁ、そうよ」
綱は小さく噴き出した。
「食べ物ですよ? 美味しいものは美味しいと言いますし、好きなものは好きでしょう?」
「……まぁ、そうなんだけど……」
わかってるけど期待しちゃう。私の作ったものが好きだとか言われたら、私まで好きになってくれるんじゃないかとか。
だけどそれは説明できなくて、黙ってむくれるしかない。
「変な姫奈」
そう言って幸せそうに笑うから、これ以上何も言えない。
「今日のデザートは何ですか?」
「ガトーショコラよ!」
今年も簡単な包装で、食後のデザートに紛れ込ませた。本命なら受け取らないという綱に、シレっとと食べさせるための作戦である。
幼馴染だからできる姑息な手段に罪悪感を感じつつ、桝さんがいないか思わず辺りを見渡した。
うん、いない。セーフ、セーフ。
「はい、どうぞ」
色気のない紙袋の口を開けて綱に差し出す。
「ありがとうございます」
綱は覗き込むようにして、袋からガトーショコラを取った。
カップケーキの型で焼いたから手に取って食べやすいはず。
使ったチョコレートは綱のお気に入り。でもそのチョコレートはちょっと甘みが強いから、お菓子として食べるには少し甘すぎる気がする。綱にはどうだろう。
「好きです」
「っ!」
また言った。私は小さくため息をつく。
そして私もガトーショコラを口にした。
どうせ言っても無駄なのだ。もう、綱なんか知らない!
無視する私の顔を覗き込む綱。チョコレート色の瞳で真面目な顔をするのは止めて欲しい。
「本当に好きですよ」
チョコレートの香りの甘い声。
息を飲んで硬直する。
今のって。
ぎゅぅぅぅぅぅ、と胸が締め付けられる。
チョコレートが蕩けるように、綱の瞳が緩む。
「姫奈が作ったものが好きです」
ポロリと手の上のガトーショコラが滑り落ちる。
綱がそれを慌ててキャッチして、おかしそうに笑った。
「落ちましたよ?」
「……綱のせい……」
「何のことです?」
落とされたのはガトーショコラだけじゃないのに、綱には罪の意識がないから恐ろしい。
「そういうのはね、料理人への殺し文句よ。気を付けていただきたいわっ!」
やけっぱちで言い捨てる。
「本当のことですよ」
さも当たり前のようにキョトンとして首をかしげる幼馴染の男の子。自分の殺傷能力に気が付いていない、本当に悪い子だ。
もうだから、綱が、綱が、綱が、好き。







