21.テニスコートにて 2
前衛に私。ネットを挟んで向こうの二人はいつになく闘争心むき出しで、男の子なんだなと思った。可愛い可愛いと思っていた彰仁ですら、凛々しく見える。スポーツマジック。
テニスボールが軽快な音を立てバウンドする。試合が始まる。
小気味よいリズムでボールが跳ねる。私はコートを駆けずり回っているだけで、ほとんど光毅さまが拾ってくれる。修吾くんは、さっきと打って変わって難しいところを狙ってくる。彰仁もムキになっているからボールが強い。
前に私がいない方が、足手まといじゃないんじゃないかと思う。
とりあえずはサーブだけでも入れておこうと思って頑張っているが、サーブが入っただけでも光毅さまは盛大に褒めてくれるから、すごく上手くなった気分になる。褒められ慣れてない私は、とっても嬉しい。
小学生をあしらう様に、華麗にボールを打ち返す光毅さまは本当に素敵だった。テニス激ウマ小学生二人VS光毅さまは私というハンデつきなのに、接戦だからスゴイ。試合に注目が集まっているのがわかる。ザワザワとした女の子のさざめき。
人が集まってきたことに緊張して、集中力が途切れた瞬間。
「姫奈!」
「姫奈子!」
「姫奈子ちゃん!」
声が響いてコートに目を戻す。気が付いた時にはボールが目の前で、慌ててラケットで顔を庇って目を閉じた。息が止まる。
バインとガットが揺れる。手がしびれる。
恐る恐る目を開ければ、ボールは相手コートに落ちていた。
ビックリして、その場にヘニャリとへたり込む。ああ、驚いた。
ぼんやりと顔を上げれば、ネットを飛び越えてくる必死な顔の彰仁。こんな顔、この子もするんだと呆けてしまう。
慌てた様子で光毅さまが駆け寄って来て、膝をついて私の顔を覗き込む。
「大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで」
「でも、今のでオレ達の勝ちだよ!」
「え?」
「姫奈子ちゃんの一撃のおかげ」
光毅さまはそう笑って、ポンポンと私の頭を撫でた。
「ありがとうございます」
「うん、でも、運動中は集中しようね。怪我をしたらいけない。小学生でもあの子たちの球は早いからね」
「はい、すみませんでした」
厳しく諭されて、シュンとする。その瞬間に、緊張と恐怖が戻ってくる。バクバクと心臓が鳴りだして、ギュッとラケットを抱えこんだ。
「調子に乗るからだ、バカ」
彰仁がため息をつきながら、手を差し出した。
恐る恐る手を掴んだが足に力が入らない。膝が笑ってしまっている。いまさらながらに怖かったのだ。
「姫奈子?」
「お姉さま立てないみたい。ごめんなさい、もう少し待って?」
情けなくなって、おどけたように彰仁に謝る。
「はぁぁ?」
彰仁が呆れた瞬間、ふわりと体が宙に浮いた。
「ひっ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
女の子たちの黄色い悲鳴。
私は驚きすぎて声さえ出ない。
不安定な身体と高い視線に怖くなって思わず肩のシャツを掴んだ。
お。お。お姫様抱っこ、怖い……。いや、これマジで怖い。
ビックリしてみれば、光毅さまが悠々と私をお姫様抱っこしているではないか。
「ちょっと我慢してね。向こうまで運ぶだけだから」
優しげな瞳にコクリと頷く。
間近に見る整った顔立ち。長い睫毛に縁どられた瞳は大きくて、キラキラと眩しいヒマワリみたいだ。汗をかいたはずなのに薫る空気は爽やかで、なんかエフェクトかかってる。
はー、クラクラする……。この人同じ人類なの?
ゆっくりとベンチに下されて、私はやっとのことで一息ついた。
光毅さまは、そんな私にスポーツドリンクを差し出した。
「ありがとうございます」
「怪我無くてよかった、大丈夫?」
爽やかに笑われて、私はブンブンと頭を振った。
「最後はびっくりしたけど楽しかったです」
修吾くんが蒼白な顔で駆け寄ってきて、ガバリと頭を下げた。
「すみませんでした! オレのボールが」
「試合中にぼんやりしていた私が悪いのよ。修吾くんのせいじゃないわ。それより修吾くん、本当にテニスが上手なのね」
小学五年生であれほど威力のある球が打てるのだ。相当練習しているのだろう。
「好きなんです」
「ええ、とっても楽しそうで、私も楽しかったわ。これに懲りずに遊んでね」
そう言えば修吾くんは嬉しそうに笑った。うん、かわいい。
「姫奈子はもう来るなよ!」
彰仁がブスっと言い放つ。確かに思いっきり足を引っ張った。光毅さまに抱き上げられるとか、私にとってはラッキースケベだったけど(?)、彰仁にしてみればいい迷惑だろう。
「ごめんなさい……」
「彰仁、お姉さんにそんなこと言うなよ」
修吾くんが庇ってくれる。
「だって姫奈子のヤツ、ぼんやりして光毅さんにまで迷惑かけて!」
「本当にごめんなさい」
「こんなの迷惑じゃないよ。姫奈子ちゃんのおかげで勝てたわけだし」
光毅さまが笑ってくれる。さすがは大人だ。懐が広い。
「オレこそ、修吾と彰仁を煽っちゃったから。ごめんね」
「でも、おかげで二人の意外な一面を知りました。あんなに修吾くんも彰仁もテニスが上手いだなんて! 今日はちょっと得した気分です」
本当にそう思った。子供子供と思っていた彰仁も知らないうちに男の子になってきている。そのことが、こそばゆくもあるけれど、なんだか誇らしくもあった。
彰仁を見ればそっぽを向いている。まだ怒っているのだろう。隣で修吾くんはニコニコと笑っていた。
綱は少し離れてこちらの様子を見ている。光毅さま達がいるからか、いつもより遠慮しているのだろう。表情が外向きで硬い気がする。なんだかお小言の予感もする。
だんだん気持ちが落ち着いてきて、足に力も戻って来た。今日はそろそろ退散しよう。
「今日はありがとうございました」
立ち上がってお辞儀をする。
「また遊んでね」
修吾くんが手を振ったから、私も手を振り返す。
「こちらこそ」
答えたところで綱が隣にやって来た。
歩きながら耳元で小さく確認する。
「大丈夫でしたか?」
「うん、大丈夫よ」
笑い返せばほっと息をつく。
「光毅さま、優しかったわぁ……」
思わず余韻に浸れば、綱が鼻で笑った。
「ねぇねぇ、光毅さまとまさかのまさかだけど結婚したら、子供は修吾くんみたいな天使になるんじゃないかしら? 理想よね~」
うっとりと夢を見れば、綱が打ち消すように冷たい声で否定する。
「光毅さまからすれば、お嬢様は親戚の子供と一緒ですからね」
「わかってるわよ」
「妹みたいなものでしょう」
「わかってるわよ!!」
でも、憧れのお姫様抱っこを、初めてのお姫様抱っこを光毅さまにしてもらえたのだ。もういい、十分だ。
「咄嗟にお姫様抱っこできるとか、男らしくて素敵~」
綱はそれを聞いて、シラっとした目で私を見た。
「大学生になればあれくらい、誰だってできますよ」
「そうかしら」
「そうですよ」
「だったら綱も大学生になったらできるっていうの?」
「できますよ」
「ふーん?」
「信じていませんね?」
信じていないというか、想像できないのだ。そもそも、今の身長は同じくらいだし、たくましい見た目ではない。声だって可愛い。
高校生の綱を知っているけれど、お姫様だっこするようなキャラではなかった。筋力的にできるかと言えばできるのかもしれないが、絵面的に想像ができない。
詩歌ちゃんにならするのかしら? それともほかの子とか? どちらにしても変な気がした。
「なんだかイメージがわかないわね」
「だったら、そのうちしてあげます」
「いいえ、結構です」
即答する。綱にお姫様抱っことかされたら落とされそうだ。悪意で。
「今更遠慮はいりませんよ?」
「だって、落としそうだもの。全力で!」
「それは落とすんじゃなくて叩きつけるです」
「ほらやっぱり、しそうだわ」
睨みつければ綱は笑った。







