176.スキー教室 1
今日はスキー教室である。綱は二学期の期末テストで、一学期の分を取り戻し一位に輝いていた。しかもスキーだって得意なのだ。さらにモテるではないか。もう、色々嫌になる。本当に諦められるものならサッサと諦めてしまいたい。
スキー教室では、スキー経験の有無でグループ分けをされスキーを習うのだ。綱がスキーが上手なことが完全にバレてしまうはずだ。
はずってどういうことかって? ええ、だから聞かないでよ。前世ではサボってましたって。いや、スキーは行ってもいいかなってチラッとは思ったけど、お母様が行かなくていいと言ったから休みました。だって、行かなくていいものを寒い中わざわざ行くこともないし。
……ちょっと待って? それってやっぱりドクターストップかかってたんじゃないの!? 教えてよ。そういう大切なこと!
氷川くんや八坂くん、綱はもちろん上級者。三峯くんと二階堂くんも上級者。意外にも一条くんまで上級者で、ちょっとびっくりした。
「一条くんて、もしかしてハイスペックなんじゃない?」
氷川くんや八坂くんがいるから霞んでしまうだけで、成績もいいし、運動神経も良くて、芙蓉会なのだ。
一条くんはちょっとびっくりした顔をして、意地悪に笑った。
「白山さん、ごめん、付き合えないよ」
「はぁぁぁ? なんでいきなり私がふられたみたいになるのよ!」
怒れば詩歌ちゃんが、どうどうと宥める。
一条くんは笑いながら颯爽とゴンドラへ向かっていってしまった。上級者コースは、初めから上の難しいコースで集合なのだ。
明香ちゃんは中級者で、詩歌ちゃん、紫ちゃん、私は初心者だ。初心者のグループには桝さんもいた。桝さんは芙蓉館は滅多に来ないようになっており、学校行事でもない限り姿を見かけなくなっていた。ホッとしつつも気にかかる。
初心者コースはリフトも使えず、ちまちまゲレンデの下の方でカニさん歩きを繰りかえす。そうやってよちよち雪山をひたすら登っては下り、下っては登りを繰り返す。
しかし、お昼休みくらいには、初心者コースを自由に滑ることが許可されて、リフトに乗ることもできるようになった。
お昼には、詩歌ちゃんと紫ちゃんとカレーを食べて午後の予定を考える。初心者コースは、傾斜が緩やかで広いゲレンデを下るコースと、景色を楽しみながらのんびりと森の中を歩く林間コースがあるのだ。
私たちは定番の広いゲレンデで遊ぶことにした。ほとんどのグループがそうするみたいだった。しばらく滑ったところで、途中のバンガローでお茶をする。
温かい紅茶とアイスののったホットアップルパイを食べて一息つく。だんだん、雲が重くなってきて雪が降り出しそうだった。
雪が降り出す前にもう少し滑ろうとリフトに乗る。そこではもう雪が降り始めていた。結構な大雪になってきている。
引率の先生が、これを降りたら集合場所に集まるようにと声を張り上げていた。
ふと見れば、林間コースの先に桝さんが見えた。
先生の話は聞こえていただろうか。林間コースを滑っている人は少ないから少し心配になった。
「桝さん、聞こえていたかしら?」
詩歌ちゃんに確認すれば、詩歌ちゃんが桝さんに声をかける。
「桝さーん!」
詩歌ちゃんの声に反応して、桝さんが振り向いた。私と目が合ったとたん、フイと背を向けて滑り出してしまう。紫ちゃんと詩歌ちゃんが顔を見合わせてため息をついた。
「聞こえなかったのかしら?」
詩歌ちゃんが言えば、紫ちゃんも困ったように笑った。多分、私がいたから避けたのだろう。少し罪悪感だ。
私と桝さんは、先生も見て見ぬふりをするほどそりが合わないのだ。周りもみんな知っている。
雪の勢いが強くなってくる。これで桝さんが困ったら私のせいかもしれない。林間コースは普通のゲレンデより距離が長いのだ。
関わりたくない。そう思う。無視したい。そう思う。だけど、どうしても気にかかる。何かあったときに、嫌な気持ちになりたくない。
そう思って顔をあげた。決めた。
もしここで見て見ぬふりをして事故でも起こったら、自分のせいだと後悔しそうだ。それに神様に怒られるのも嫌。せっかくここまでやってきたのだ。ここで神様のご機嫌を損ねたくはない。
嫌なことでも、今できる最善をしよう。
「ちょっと、林間コース行ってみる。もし遅くなるようだったら、林間コースを滑ってるって、先生に伝えて」
私は、驚く二人をおいて林間コースに向かった。
林間コースは両側を林に囲まれたコースだ。人が三人くらい並走できる幅の雪道が、緩やかに続いている。スキーで滑るというよりは、スキーで歩く距離の方が多そうなゆっくりしたコースだ。晴れた日であれば、途中の広場で雲海が眺められるらしい。動物の足跡などを観察しながら、ゆっくり滑るデートにはうってつけのコースなのだ。
しかし、今は雪である。そして、人影もまばらだ。
私は必死にスキーをこぎ、桝さんを追いかけた。桝さんは私の気配を察知して、さらにスピードを上げる。
雪が激しくなって、桝さんの影しか見えない。
「桝さん、止まって!! 下手に動くと危ないわ!!」
大声で叫んでも桝さんは止まらない。とたん、あっという叫び声が聞こえ、桝さんの影が消えた。
私は慌てて桝さんが消えた場所に行く。
足元には滑り落ちた跡。
コースから外れてしまったのだ。
私はスキー板を外して恐る恐るスキー跡を覗き込んだ。少し下ったところに人影が見えた。きっと桝さんだ。
「桝さん?」
呼びかけても答えない。
「大丈夫?」
もう一度呼びかけるが答えない。
「上がってこれそう?」
「……わ、わ、わ、私のことは放って、おいて、く、ください」
桝さんの声だった。
雪が激しく降っている。桝さんを置いていくのは危険だと感じた。そもそも、私自身があまり動かない方がいいような気もする。
「そっちへ行くわ」
スキー板を担いで、そろそろとお尻で斜面を滑っていく。近くには外れてしまった桝さんのスキー板。一本は折れてしまっていた。
桝さんは呆然とした顔で私を見上げた。
「動ける?」
聞けば無言で頭を振った。手で足首を押さえている。怪我をしたのだろう。
「子供のころ、綱とカマクラ作ったことがあるの。少しは暖かいのよ。少し待っていて。ちょっと雪で壁を作ってみるから」
私はそうやって木々の間の吹き溜まりに積もった雪を固めだした。一からカマクラを作るのは難しそうだったから固まった雪の壁に穴を掘り、二人分の溝を作る。周りを叩いて固め、目立つところにスキーの板を立てておき目印にした。
体を動かした私は暖かくなったが、足をくじいてしまった枡さんは寒そうに体を震えさせている。
枡さんを雪の溝まで引っ張って、ようやく少し落ち着いた。
枡さんは無言だ。私も気まずい。
枡さんは……正直嫌いなのだ。放っておけばよかったと、今ですら少し思う。でも、追いかけてこなかったら、桝さんがどうなっていたかわからないと思えば、判断は間違ってなかったとも思うのだ。
無言で綱にラインを送った。林間コースから外れたことと、想像するおおよその位置。吹雪で動けないこと、桝さんと一緒だということ。寒さで電池の減りが早いから動けるようになるまでは電源を切るということ。移動するときにはもう一度連絡するということ。
詩歌ちゃんたちにも、同じ内容を送信し、そちらには『心配しないで』と付け加えた。







