17.林間学校 4
翌日は朝から体験学習になっていた。
大黒さんたちは朝から必死な顔をして鏡の前を占領している。
私と言えば、自分では結べないクセッ毛を持て余していた。
何時も綱に結んでもらっているから、自分では上手く結べないのだ。まずい……今度からはこれも頑張らなきゃ。
今日はとりあえず髪を梳かすだけにした。
いや、一応やっては見ましたよ? だけど曲がるんだもん! なんでよ。皆なんで鏡見ないでサササッとできるのよ!?
ジャージだからムキになっても仕方ないしと、早々に諦めてしまう。
笑ってしまうのが、男子の大部分が朝食時に首にタオルをかけて現れたことだ。昨日の八坂くんからブームが付いたようだが、八坂くんは今日はすでにしていなかった。それは当たり前だ。あんなの別にファッションじゃない。もちろん綱もしていない。
中学生男子面白いなー、なんて他人事の様に思った。
朝食後の朝の会が終われば、体験学習だ。
周囲の観光地を、観光しながら歴史や風土を学ぶのだ。
これは綱も一緒だ。なんだか久々に綱に会うようで嬉しい。そうは言っても綱は役員をしているから、出席を取ったりと忙しいのだけれど。それでも一緒の行動は嬉しかった。
八坂くんは相変わらず女の子に囲まれていた。中に大黒さんたちがいて、私はホッとする。今日はきっと絡まれないだろう。
明香さんのお友達とも昨日の女子トークで気心が知れるようになり、おかげで今日は清々しく活動ができている。
「姫奈、髪は結ばなかったんですか?」
「結べなかったのよ!」
綱に問われてヤケクソで答える。
「結びましょうか?」
「今日はもういいわ。ジャージだし、涼しいし」
「そうですね。今日は涼しい」
気心の知れた綱と何でもない話ができるのが心地よかった。緊張とは無縁の会話に安心する。
「姫奈子さんの髪を生駒くんが結うの?」
明香さんが聞いてくる。
「ええ。いつも登校前に綱に結ってもらってるの。だから自分では上手にできなくて。今日は梳かすだけでしたの」
不器用だと知られてしまって恥ずかしい。
「幼馴染っていいわぁ……」
明香さんがため息をついた。周りのお友達もウンウンと頷く。
「そうかしら?」
綱は黙って聞いているが、目が白々しく笑っている。絶対、腹の中では馬鹿にしている奴だ。
有名な神社を見て回り、由来を説明される。その後、古い民家に行って請のお札を刷る体験をした。最後は大きな湖で自由時間だ。
水陸両用車や観光船などがあり、みんな自由時間を楽しんでいる。
「姫奈はどうします?」
「スワンちゃんに乗りたいわ」
「スワン……」
綱がため息をついた。
スワンとは、白鳥の形をした足漕ぎボートである。
「だめ?」
「ボートにしませんか?」
「スワンちゃんがいいの」
なぜだかスワンちゃんは誰も一緒に乗ってくれないのだ。なんで? かわいいのに!
綱はヤレヤレといった表情を隠さずに、もう一度ため息をついた。
「わかりました」
全然納得してないし、メチャメチャ嫌々ながらだけれど、一応了承してくれた。
私たちはボート乗り場に行って、スワンちゃんを借りる。先に綱が乗り込んで、手を取ってくれた。不安定なスワンが揺れて、私もよろめく。
「わ!」
「大丈夫ですか?」
「うん、ビックリした……」
心臓がドキドキする。
思ったよりグラグラしていてびっくりした。
私たちは並びあってスワンをこぎ始めた。
無言である。キコキコとペダルの音だけが響く。チャプチャプと波が揺れる。
「……乗ったらスワンが見れない……」
私は呟く。
「そうでしょうね。私たちは内臓ですから」
綱が身もふたもなく言う。
「内臓、内臓って! なんかもっとこう、言いよう、言いようがあるでしょう?」
「内容物?」
「私が馬鹿だったわ」
「姫奈なら何て言います?」
「卵、とか?」
「これ雄ですよ」
「え!? そうなの?」
「嘘です」
「……」
綱はクスクスと笑う。
「姫奈は人のことを信用しすぎです」
「そうかしら」
「そうですよ」
綱は前を見てスワンを漕いでいる。水鳥の鳴き声と湖を渡る風の音が気持ちいい。
「綱のキャンドルサービス見たかったわ」
「……ああ。次からは気を付けてくださいね」
「バナナのこと? あれはあんまり後悔してないわ。でもお父様には怒られるかもしれないわね」
それはちょっと怖いなぁと思う。
綱が困ったように笑った。
「……キャンドルサービスの後、一条くんが中心になって、先生方に状況説明をしに行ったんです」
「え?」
「動画を撮っていた子がいて、そこに先に手を出したのは大黒さんだと証拠が残っていたんです」
「そうなの」
「多分、旦那様には連絡は行かないでしょう。逆に大黒さんたちは先生たちの監察対象になっていると思います」
「……そう、なの……」
なんだか複雑だ。大事にして欲しくはない。
「と言うわけで帰りのバスの席順が変更になりました。帰りは明香さんの隣です」
「……私、イジメられ認定されてる、ということかしら?」
「アレだけ反撃していて被害者気取りですか?」
綱が呆れた様子で私を見た。まったくその通りだ。
「スイマセンでした……」
「校外学習をつつがなく終わらせるための配慮です」
「ソウデスネ」
確かにあの席順で帰るのはなかなか厳しい。でも、あれ以降特に何をされているわけでもなかったから、心配のし過ぎのようにも思った。
「仕方がないですよ、アレだけ派手にやったのでは」
「派手だったかしら?」
「もう、姫奈は男子の中でバナナ姫と呼ばれていますよ」
「なにそれ! いや! 彰仁にバレたら殺される!」
「確かに……彰仁様にバレたら怒られそうですね」
綱は他人事のように楽しそうに笑った。
「ああ! もう! 綱は黙っててよね!」
バラされたら恐ろしい。それがきっかけで険悪になったりして。確かに思春期に、自分の姉がバナナ姫と呼ばれてるなんて恥ずかしいかも。兄弟であることを隠されるかも。
綱は静かに笑った。
「あ! 姫奈! あそこに白鳥ですよ!」
「嘘! 近くまで行って!」
「ちょっと、姫奈も漕いでください!」
「わかってるわよ! ハンドルかしてよ」
「ダメです!」
「ねぇ! ちょっと!」
モタモタと漕いで近づけば、白鳥は優雅に先へ進んでしまう。気が付けば大分湖畔から離れていて、時間を見て驚く。
「姫奈、早く戻らないと時間に遅れます」
「へ? ちょっと、綱しっかりしてよ!」
「同罪ですよ!」
「良いから漕ぐわよ!」
エッチラオッチラと足漕ぎスワンをこぎまくって、やっとのことで乗り場に戻る。スワンから降りた時には二人とも汗だくで、肩で息をしていた。
「おかしいわ……。スワンちゃんはもっと優雅なはずだったのに……!」
「本当ですよ、情緒のかけらもない」
綱が笑う。
「二人とも体育会系だね」
通りすがりの一条君に笑われて、綱と二人で顔を見合わせた。
帰りのバスの中は落ち着いていた。
私は前の方の明香さんの席の隣に座るように、先生から指示された。もともとの私の席には、学年主任の先生が座ることになったらしい。
大黒さんたちは、自分たちの望み通り私を別の席に動かせたことで得意になっている。多分、自分たちが監察対象になっているとはつゆとも思っていないようだ。
はぁぁぁ、胃が痛い。まったくもって自分の前世に覚えがあるから、恥ずかしくって仕方がない。私もそう思ってたよ。私の力で相手を動かしたって、先生まで私に注目してるって勘違いしてたよ。ああ、黒歴史。
そちらを見て憂鬱にしていると、明香さんがチョンチョンと私の素手を引っ張った。
「気にしちゃだめよ」
小声でにっこりと笑われる。
私は頷いた。
「明香さんはどこへ行っていたの?」
「私は人形の美術館を見学してきたよ」
「ああ、あの生きてるみたいで可憐な!」
「でね、これ、姫奈ちゃんにお土産」
明香さんがちゃん呼びで、イタズラっぽく渡してくれたのはバナナチャームのついた鉛筆だった。
ブワリと胸の中が熱くなる。
ちゃん、って呼んでいい? 私も呼んじゃっていいよね?
勇気を振り絞る。
「さやちゃん、ありがとう! 私なにも無いのだけれど、ごめんなさいね」
「ふふ、バナナのお礼よ」
「それは言わないで~!!」
そんなふうに話していると 頭の上から声が降ってきた。八坂くんだ。
「湖で何してたの?」
「綱とスワンちゃんで白鳥を追いかけていました」
「ブフっ、生駒もそんなことするの」
「八坂くん、笑い方がモデルじゃないです」
「今はモデル仕様じゃないもん」
にっこりと甘く笑ってそんなことを言う。
はぁ? これで本気(モデル仕様)じゃないだと? イケメンめ!
「八坂くんは何してたんですか? 女の子いっぱいひき連れてましたけど」
冷やかして言ってみる。
「ハーブの館に行ってきたよ、先月号のロケ地だったんだよね。まぁファンサみたいなもんだけど」
「エイギョウ大変ですね……」
「ポプリ作り体験とかあるんだよ。化粧水とかみんな買ってた」
おおぅ。女子力高い系女子はそっちへ行ってたのか! スワンとか漕いで汗だくになったりしないのか!
「そっちに行けばよかったかしら?」
「今度案内してあげようか?」
「私にファンサは必要ないですよ」
そう言えば、八坂くんは笑った。
「そう? じゃ、これ僕から。貰っちゃったタオルのお返し。ファンサじゃないから」
にっこりと笑ってタオルを渡される。黄色いヒヨコが刺繍されていて可愛い。
「ふっわふっわですね。本当のヒヨコみたい! なんだか気を使っていただいて逆に申し訳なかったです」
「貰ったままじゃ気持ち悪いし、気にしないで」
「ありがとうございます。嬉しいです」
スリスリとほっぺたに頬ずりする。うちのタオルに引けを取らない肌触りで、うっとりだ。
「はぁぁぁ、きもちいい」
「喜んでもらえて良かった」
「ありがとうございます」
「ところで、なんで生駒も同じタオル持ってるの?」
「あ、あれは白山グループで使っているタオルなんです。近所なのでお裾分けです。肌触り良いですよね!? 気に入ったなら新品をお届けしますよ?」
「あ、うん、触り心地良いよね……。でも新品は悪いかな」
八坂くんは何だか脱力したように席に付いた。
「ひなちゃんにヒヨコってぴったりね」
明香ちゃんが笑った。
「ありがとう」
ちっちゃくてフワフワのヒヨコとか、可愛いじゃないか! 嬉しい!
お礼を言えば、明香ちゃんにポンポンと頭を撫でられた。
バスは無事に学校に着き、閉校式を済ませて解散となった。
翌週、林間学校の作文と絵の作成授業があったが、なぜかバナナが数多くテーマにされており、私の黒歴史は刻み付けられることになった。
神様のドS~!!







