163.雲の峰 2
綱の元へ二人で行けば、綱は修吾くんの髪を見て驚いた。修吾くんは綱の存在に気まずそうな顔をする。とりあえず車で別荘に戻る。修吾くんにはゆっくり休んでもらって、その間に綱と二人でこの先の手配をした。
まずは、光毅さまに脅迫状を送信した。修吾くんを見つけたから返してほしかったら法定代理人になって欲しい、なってくれないなら居場所は教えない、そう連絡する。すぐに、「わかった」と返事が来たのでホッとする。
そして、八坂くんのお母様が経営する美容室へ連絡した。最近私がお世話になっているサロンだ。めちゃめちゃにされてしまった修吾くんの髪を綺麗にしてもらう。なかなか新規の予約の取れないサロンだが、こちらから事情を説明すれば気安く請け負ってくれた。
綱にはスポンサー契約の契約書を作ってもらう。
そうこうしているうちに、光毅さまが別荘についた。想定していた時間よりもずいぶんと早くて驚く。修吾くんには綱と一緒に別室へ逃げてもらった。無理やり連れていかれたら、契約ができない。綱には修吾くんを守るようにお願いする。展開がまずかったら、裏口から逃げてもらうのだ。
「やぁ、姫奈子ちゃん、脅迫状なんて初めてもらったからびっくりしたな」
光毅さまはキツネのように目を細め笑っている。ちょっと怖い。思わず目をそらす。
「それで、修吾は?」
「……今はお見せできません。契約が済んでからお引渡しします」
「オレの弟だけど?」
光毅さまが怖い。マジで怖い。
そうだこの人、本気出すと怖かったんだった……。でも負けられない。引くわけにはいかない。
「さ、先に、法定代理人としてこれにサインをください。それが居場所を教える条件です」
オズオズとスポンサー契約書を光毅さまに差し出す。
光毅さまは目を細めてそれを一瞥し、そして驚いたように目を見開いた。
「……え、なに? これ、姫奈子ちゃん、何の冗談?」
「本気です。修吾くんに白山茶房の広告塔になってもらいます」
「修吾はもちろん納得してるんだよね」
「はい。でも、修吾くんは未成年だから」
「まぁ、うちの両親も許さないだろうと。だから、オレ?」
「……そうです」
光毅さまは愉快そうにひとしきり笑った。
「姫奈子ちゃん、……ちょっと、詰めが甘かったと思わない?」
「え?」
「なんでオレがこんなに早く着いたと思う?」
「報道ヘリ、使いました?」
答えれば、光毅さまが噴き出す。
「違うよ、連絡が来る前にこっちに向かってたんだよ。君が別荘へ行くと彰仁くんから聞いたから、そっちへ行った方が可能性があるんじゃないかってね」
「……え、うそ、じゃあ、居場所がばれるのも時間の問題だった?」
光毅さまが頷く。
「それに、その場で契約書にサインするほど軽率じゃないよ。『持ち帰って確認します』定番のセリフだよね?」
「……」
「そして、君が今しているのは未成年略取で誘拐・監禁だ」
ニヤリ、光毅さまが笑った。
「しゅ、修吾くんが違うって言ってくれます!!」
「うん、でもね、中学生が犯人を庇ってもストックホルム症候群と思われるかもね?」
「彰仁だって私が探しに行ったのを知ってるわ!」
「でも君、脅迫までしちゃったよ」
ヒィィ、甘く見ていた。修吾くんのためなら、すぐに折れると甘く見ていた。光毅さまは修吾くんの味方だと、そう踏んでいたのだ。これはヤバい。どうにか形勢を立て直さなければ!
「修吾くん逃げて!! 今すぐ逃げて!!」
思わず叫ぶ。
「修吾!!」
光毅さまが張りのある声で怒鳴った。
「お前、いつまで姫奈子ちゃんのスカートに隠れてるつもりだ!!」
バタバタとした足音と、争う声。バタンとドアが開いて、修吾くんが現れた。後ろには綱が困った顔をして立っている。綱の制止を振り切ったのだろう。
「違う!!」
怒鳴り返す修吾くんの髪を見て、光毅さまは息を飲み、悔しそうに唇を噛んだ。
「それ、その髪」
光毅さまは乱暴に修吾くんの腕をひいて抱きしめた。
「ゴメン。守ってやれなくて、ゴメン」
「ちがう、兄貴が謝ることじゃないよ……。兄貴はずっとオレの犠牲になってくれてた」
「犠牲だなんて思ってない」
「でも、嫌だっただろ。大学生なのに中学生の運動会とか、保護者参観でも噂になって……」
「ばかだなぁ」
光毅さまは苦く笑った。
「修吾、これは修吾が望んでるんだな?」
ヒラリと契約書を見せる。
「勘当されてもテニスを続けるのか」
「うん」
「そうか。オレみたいに生きるのは嫌か」
「……家の犠牲になるのは嫌だ」
光毅さまの言葉に修吾くんが俯く。
「まぁでも、オレはイヤイヤやってるんじゃないんだぞ? ちゃんと自分で選んだ。進路も、美幸も、オレが選んだ。だから、お前は気にするな」
修吾くんはそろそろと窺うように光毅さまを見た。
「サイン、するよ。お前、ちゃんと頑張れよ。姫奈子ちゃんの期待に応えろよな」
「兄貴」
「両親にはオレから説明する。反対されてもオレが責任を取る。心配するな」
そう言って、修吾くんのまだらの髪をポンポンと叩いた。
「姫奈子ちゃん、これにサインすればいい?」
「あ、はい。後で判子を貰ってもいいですか?」
「うん」
「あと、修吾くんの髪、私の行っているサロンで直してもらおうと思うんです。お家に帰るのはそれからでもいいでしょうか?」
「ああ、ごめんね。いろいろとありがとう。修吾を見つけてくれて、本当にありがとう」
光毅さまが頭を下げた。
「いえ、私はたまたま心当たりがあったから……」
「そして修吾にテニスを残してくれて、ありがとう」
「だって、知ってますもの。小さいころから修吾くんが大事にしてきたこと。それに、テニスをやってる修吾くん、見ていて気持ちが良いからみんなに見て欲しいんです」
修吾くんが私を見た。
「修吾くん、これからすごく大変だと思うけど、でも、頑張って。私は応援しかできないから」
「姫奈子先輩の応援が一番大きいです。俺にチャンスをくれてありがとうございます」
「ううん。頑張ってね」
それから、私と綱と修吾くんで八坂くんの家のサロンへ向かった。まだらになってしまった髪は、サイドを短く刈り込んで、前髪の色が綺麗だったところを少しだけハイライトとして残した。黒髪にチラチラとハイライトが光って、これはこれで綺麗だった。







