15.林間学校 2
八坂くんとバスから降りると、綱がものすごい顔で睨みつけて来た。
遅れてきたことを怒っているのだろう。役員の足を引っ張って申し訳ない。
ゴメンね、と目配せしたが、どうも許してもらえそうになかった。これは説教コース確定である。はぁ、気が重い。
開校式が始まった。
芙蓉会のメンバーは前の方に並んで役をこなす。一応、八坂くんもその列に並んでいた。首には私のあげたタオルがかかったままだが、それがカッコよく見えるのはイケメンだからこそだ。
地味に綱も同じタオルを首にかけていた。白山家御用達のタオルなのだ。八坂くんと綱がペアルックになっていて、私は一人で笑ってしまった。
司会は明香さん。初めの言葉は氷川くん。校歌斉唱では詩歌ちゃんが指揮を執った。皆で準備体操をして、開校式は終了だ。
開校式が終わったら、部屋に荷物を置きに行く。宿泊先の部屋は、両側に二段ベッドが四台ずつ、合計八台あった。真ん中にはなにもなく通路のようになっている。ただ寝るためだけの部屋だ。テーブルもない。
クラスの女子全員が一緒の部屋になる。そもそも芙蓉の中等部は一クラス最高で三十六人なのだ。現在、私のクラスは男子二十名、女子十四名になっている。
自分たちのベッドを決めて、荷物もそこへ詰める。
上段は私の背もたれを蹴った大黒典佳のグループが横並びで陣取った。私は明香さんの隣に収まることができてひと安心だ。
一息付いたら飯盒炊爨である。私たちは芙蓉寮の給食室に顔をだし、材料を受け取ってから近くのキャンプ場へ向かった。
ちなみに、寮の給食室には、イベントがあるときだけ臨時で白山フードサービスの関連会社が入ることになっている。
キャンプ場について、各班に別れた。私は、大黒典佳と同じ班だ。他はクラス委員長を含めた男子四人と、大黒軍団の女子二人と私。計七人である。七~八人班が各クラスで五班ある。各班には一人ずつ芙蓉会のメンバーがリーダー役として入ることになっていた。私の班のリーダーはクラス委員長の一条くんだ。一条くんとは芙蓉館で何度か話したことがあった。
班決めをするときに、大黒さんが優しい顔で誘ってくれたから、嬉しくてホイホイ入れてもらったのだが、もしかしたら失敗だったかもしれないと、バスの一件から考えている。
だって、前世では仲良しだったのだ。今回だって仲良くなれると思うじゃない?
やっぱり、誘ってくれたときに、可愛い文房具でも配っておけばよかったのかな。
はー、友達作るのって難しい。
芙蓉の中等部に外部から入学するものは少ない。だいたいクラスの内二十五人が持ち上がりだ。
その上、今年は倍率が高く野心の強い男子生徒が多かった。私のクラスも外部の女子は私だけだ。もしかしたら、八坂くんのクラスだから配慮があったのかもしれない。
グループのでき上がっている女子の中に入っていくのはなかなか難しい。明香さんはなにかと気遣ってくれるけれど、明香さんのグループにいるときは、入れてもらっている感がある。嫌がられてはいないけど、様子をうかがわれている感じだ。皆が少しずつ大人しくなっている気がして、申し訳ないと感じる。
私自身同じ空気を出しているだろうから、仕方がないのだけれど。
だからこそ、行事にかこつけて馴染めたらいいな、なんて希望を抱いていたのだが、大黒典佳はそんなつもりはないらしい。
そもそも、嫌われるようなことしてないはずなんだけど。
考えても仕方がない。
私はカレーを作り始めた。大黒さんたちは、こんなことしたことなーい、とワキャワキャしている。手伝う気は皆無だ。
はぁ、心が痛い。私も前世ではそうだった。面倒な仕事はしないで遊んでいて、他の人に押し付けたんだった……。んでもって、盛り付けだけ手伝ってやった感アピールした。
しかも不味くて食べられないと文句まで言った。あー、私、性格悪。
今回は反省しているので、一条くんともくもくとカレーを作る。遊び相手もいないし。
他の男子はもっぱら飯盒に向き合っている。火の管理は任せた。
ニンジンを切っていると、同じ班の男子がコソッとやって来た。
「白山さん、ニンジン少なめになんてできるかな? カレーのニンジン苦手でさ」
「良いですよ。少な目にして、後は大きく切ってわかりやすくするので、盛りつけの時にはずしたらどうですか?」
「マジ? 助かる!?」
手を合わされた。中学生男子、うちの弟と同レベルなんて可愛いじゃないか! 今後君のことはニンジンくんと呼ぼう(心の中で)。
ニンジンに、お父様に教わった飾り切を施してみる。残りはこっそり細かく刻んで入れてしまう。
食材余るのはもったいない! 私は性格が悪いのだ。
無事にカレーライスができ上がる。蓋を開ければ、かぐわしい香りが辺りに広まった。
「「「「おおー!!」」」」
男子が声をあげる。
「美味しそうだね、白山さん」
「ありがとうございます」
「早く食おーぜ」
男子がバタバタとお皿に米を盛り付ける。カレーは好みで盛ってもらう。ニンジン嫌いな人は自分で外したいだろう。
「ニンジンが星だ!」
「うわー、女子がいるとなんか違うわ!」
大袈裟に誉めて、写真まで撮っている。力作だから誉めてもらってうれしい。
大黒さん達は面白く無さそうな顔で私を睨んだ。
うっ、これも失敗? 美味しいカレーで仲良し作戦もダメ?
「星とか子供っぽくて馬鹿みたい。そういう見た目だけのカレーって不味いのよね。食べる気しないわ」
大黒さんが吐き捨てるように言った。
そうか、星がやり過ぎだったか……。どうにもその辺のさじ加減がよくわからない。
「そんなことないよ、美味しそうじゃん」
フォローするように委員長が盛り付けた皿を大黒さんに手渡せば、バカにするように見てから、まぁ食べてやっても良いけど、と嗤った。
他のもう一人の女子もそれにならう。
ニンジンが嫌いなニンジンくんも、星型ニンジンはひとつだけ盛り付けていた。いわく、写真ばえだそうだ。残さず食べてくれたので、それがうれしい。
きみ、そのカレー、めっちゃニンジン入ってるけどな!
大黒さん達は無言でカレーを食べ終わった。残されなかったので、それでよい。男子はおかわりしてくれた。ありがたや、育ち盛りは何でも美味しいに違いない。
「ちょっと、そっち食えるカレーない?」
他の班から声がかかる。やっぱり失敗した班があったらしい。
「うちのカレー旨いよ」
委員長が答えれば、失敗した班の子たちがカレーをもらいにやって来た。
「おお、見た目カレーになってる」
「あ、すげ、ニンジンが星じゃん」
「いや、美味しいよ、このカレー」
あっという間に鍋の中が空になって、私はホッとした。やっぱり食べてもらえるのは嬉しい。
食べ終わって少し時間が余ったので、私は必殺技を投入した。アルミホイルを巻いたバナナを炭に投入する。
甘い香りが漂ってきたところで取り出して、シナモンシュガーを振った。
「うお!」
「なになに?」
「ヤキバナナです。デザートにと思って」
「うまそー」
集まってきた男子に取り分ける。面白いらしく動画で焼く様子を取っている子もいた。お坊ちゃんめ!
「あれー、なんか美味そうな匂い」
八坂くんもやって来て、バナナを欲しがるから取り分けてあげる。
「八坂くんもバナナ、食べるんですか?」
「? 食べるよ? なんで?」
「いえ、何でも」
見た目的にもっとお洒落なものを食べていそうだと思っただけだ。
何やら人が集まってきて、バナナを食べていく。やっぱりバナナは正義なのだ!
綱はその様子を遠くから、シラッとした目で眺めていた。
食べに来れば良いのに。
大黒さんたちも見ていたから、声をかける。
「一緒に食べましょう? 見た目は雑ですが、意外に美味しいんですよ」
「はぁぁぁ!?」
思いっきり睨まれた。
「なんで私がそんなものを!」
「もしよかったらと思って」
そんなに怒られるとは思わなかった。美味しいデザートで仲良し作戦も失敗だったか。
「大黒さん、美味しいよ」
委員長がフォローする。
「ほんとだ、旨い」
「旨いよな」
男子たちが口々に言えば、大黒さんが吠えた。
「白山さんは男に媚びるのが上手ですこと!」
「本当にいやらしいわ」
他の女子も追撃してくる。
「何よ、こんなもの!」
汚いものを持つような手つきで、黒く焼けたバナナをつまんだ。そして雑巾でも投げる様に私に投げる。
べシャリとバナナが飛んできて、私の顔に当たってつぶれた。っていうか、焼き立て熱いから!!
大黒さんはクスクスと笑う。
「早くお食べになったら?」
カッチーン!
私のことはバカにされてもしょうがない。
だけど、バナナをバカにするな! バナナは美味しい。栄養価も高いし、消化も良い。保存も楽で持ち歩きできるし、片手で食べられる完全なるバナナを、バカにするな!
しかも、最高級バナナなんだから!
「私たちは先に行っていますわね」
片付けもしないで席をたった大黒さんの足元に、先ほど投げつけられたバナナの皮をそっと滑り込ませる。
狙った通りに大コケする大黒さん。イグ・ノーベル賞万歳!
「大丈夫ですか? バナナの皮でスッ転ぶなんて、食べ物を粗末にするからバナナの神様の罰があったのかしら?」
私が手を差し出せば、思いっきりはたかれた。大黒さんは顔を真っ赤にして去っていく。
ザマァ!! 私は元々性格ブスなんだよっ!
「片付けしないで……行っちゃったね……」
委員長が呆然としている。
「姫奈! 大丈夫ですか? 何をやっているんです!!」
綱が慌ててやってきて、濡れタオルで顔を拭いてくれた。
「大丈夫よ」
「火傷は?」
「大丈夫よ」
「赤くなってる……、本当にあなたは!」
綱がほっぺたをそっと撫でる。くすぐったくて笑ってしまう。
「もう、大袈裟よ。バナナにつけられた火傷なら本望よ」
そう言えば、周りが笑った。
「あれ、姫奈ちゃん投げたでしょ?」
八坂くんが愉快そうに尋ねた。
「なんのことかしら」
素知らぬ顔をする。あくまであれは偶然です! バナナの神様の天罰です!
明香さんもやってきて、みんなで焼きバナナを食べていると、先生が現れた。
「白山さん、少しお話があります」
固い声に起立する。学年主任の先生が眉をしかめている。その後ろには大黒さんがニヤニヤと笑っていた。
あ、くそ、チクったのね!
「せ、先生……」
「これはどういうことですか?」
「いえ、その」
「不必要なものは持ち込まない、今回のルールでしたね?」
「カレーの隠し味で使用しました」
「隠し味の量ではないのでは?」
「でも、バナナはおやつに入らないですよね!」
必死に尋ねれば、八坂くんと委員長が吹き出した。明香さんは目をそらす。あ、ニンジンくん、君までも知らないふりか!
いやいや、美味しく食べたんだからそこは援護しようよ!?
「もちろんバナナはおやつに含まれません。が、そもそもお弁当ではないでしょう!!」
「……そうでしたわ」
どっと笑いが起こる。大黒さんが満足げに笑っていた。
明香さんも詩歌ちゃんも笑っていた。恥ずかしい。今こそ穴を掘るべきだった。
「これは没収です」
美味しく焼けた焼きバナナを没収される。
「えっ! ひどい!」
「酷いじゃありません! こちらも没収です」
シナモンシュガーまで没収される。
「シナモンシュガーだけは!」
「なぜです」
「明日の朝のトーストに……」
「没収です!! 今夜のキャンドルサービスには不参加で、反省文を書いてもらいます。いいですか? 今後、気を付けるように!」
ギロリと睨まれて縮こまる。
「はい。申し訳ございませんでした」
性格ブスが行動を起こすと罰が下るということか。お天道様はしっかりと見ていらっしゃるようだ。ああ、神様ひどい。
しょんぼりとして頭を下げた。
「残念でしたわね」
明香さんが声をかけてくれた。
「やっちゃいました……バナナ愛が裏目に出ました……」
「今度作り方を教えてください」
明香さんのお友達が、慰めるように声をかけてくれた。優しい。
「ぜひ! 一緒にバナナを食べましょう!」
バナナの魅力を広めたい。
「白山さんって思ったより気さくな方だったのね」
「私は前からそうお話ししてたわよ?」
明香さんが笑う。周りも皆柔らかく笑ってくれてホッとする。少し距離が縮まった気がした。
綱を見れば、やれやれといった顔でため息を付いていた。







