14.林間学校 1
今日は林間学校だ。
大型バスに乗って、隣の県の山間部へ向かう。そこには学院のもつ、芙蓉寮という宿泊施設があるのだ。
明香さんや綱ら、芙蓉会メンバーは前の方に座っている。点呼や司会などの仕事をするためだ。
私は後ろの方で座っていた。芙蓉会のメンバーとは顔見知りになっていたが、あまり他の生徒と交流を深めていなかったと、今さらながらに気が付いた。
ヤバい。でも、友達ってどういうふうに作るの?
今回の林間学校をチャンスに、友達作りをしようと思っていたのだが……。
うーん……。
私の前の子はガッツりリクライニングを下げてきている。
良いかと聞かれて、良いよと答えたのは私だから今さら文句は言えないが、下げすぎ!
しかも、後ろの人に下げて良いか聞いたら、アッサリ駄目だと断られてしまったから、相当窮屈だ。
諦めて、隣の人に話しかけようとした瞬間。
「この席、最悪だわ」
「お察ししますわ」
「補助席で良かったら、こちらにいらっしゃらない?」
そんな会話が繰り広げられ、後の席に行ってしまった。
私はポツンとなる。
仕方がない。こういうのは心当たりがある。悪意じゃなくて、素直な気分ってやつだ。友達と一緒が良かった、ただそれだけで、私が嫌な訳じゃない。
たぶん。
地味に傷つくけどね。そそくさと、淡島先輩に勧められた本を出して読みはじめることにする。悲しいかな、想定内でボッチを過ごすための用意ならしてきた。
ちなみに、隣の子も前の子も斜め前の子も後の子も、前世では同じグループだった。
それなのに、なんで上手くいかないんだろう。
前世では学期が始まった早々に、某ブランドの限定チャームをオソロで配ってやったのに、あれ返してよ! いや、今回はあげてないからこの仕打ち?
ガンと背もたれを蹴られる。後ろの席の大黒典佳だ。焼けた浅黒い肌に、赤の混じる茶色の髪は強めの天然パーマだ。ほっそりとした体つきに、細い眉に切れ目の瞳は釣り上がっている。
大黒商会の娘で、ギリギリ芙蓉会には入れないくらいの子だ。このクラスの一大グループのリーダー的存在で、前の世界では「のん」「ひな」と呼びあうほど仲良しだった。
背もたれを蹴られてビックリしたけれど、相手は話に夢中で気がつかないみたいだ。
前世の私なら怒り狂っていたところだ。
でもそれをしたら、きっと性格ブスになる。自分の選択は間違いだ。慎重に考えなければ。
詩歌ちゃんなら怒らないだろう。エレナ様なら、……たぶんこんなに目に合わない。
「最近、花も持たずに芙蓉館に出入りしている方がいるとお聞きになった?」
「まあ、そんな恥知らずが同じクラスに?」
「相当お太い神経ですこと」
「『きたりの方』はさすが厚顔無恥」
花とは芙蓉のポケットチーフの隠語だ。『きたりの方』とは、外部生を指している。明らかに私のことだ。
これ見よがしに聞こえる悪口にイライラして、我にかえる。
これ、しってるやつやん? 私がやってたやつやん?
気持ちは解る。悲しいけど解る。羨ましい気持ちがズルいに濁ってしまうのだ。
しかし、客観的に見れば、なんと恥ずかしい姿なんだろう。
その上、自分の黒歴史を他人に再現されているいたたまれなさ。
ねえわかる!? 穴があったら入りたいよ! なんなら自分で掘りたいよ! 穴は自分で掘るから、誰か私を埋めてくれ!
神様はドSだ……。
うう、恥ずかしい、前の私、本当にダメダメ。勘弁してくださいお願いします。
だって、次の台詞想像できるもん。
たぶん、身の程知らずで浅ましいとかいうよ。
「身の程知らずで浅ましいこと」
ほら来たー!!
あまりの恥ずかしさに身悶えして、半泣きになる。俯いてしまう。
酷いバチが当たったもんだ。完全なる天罰。天に吐いた唾が、ブーメランでクリティカルヒットだ。
「ひーなーちゃん、ここ、空いてる?」
顔をあげれば、八坂くんがうっすらと笑っていた。同じ指定のジャージのはずなのに、八坂くんが着ると何とも様になっている。まるで強豪のスポーツ選手のようだ。
しかし顔が怖い。威圧感のある冷たい笑顔だ。前世では見慣れた表情で懐かしくもあり、……それ以上にめっちゃ怖い。
まだ来るのか。天罰はまだ当たるのか!
「あ、空いてます」
ビクビクとして答える。
八坂くんはドカリと隣に腰かけた。
「あの、前のお席では?」
「ん? 僕は仕事しないから別に問題ない。ほら、学校行事は来るか来ないかわからないから、役員は免除されてるんだよね」
「そう言えば、林間学校も出席されるかわからないとおっしゃってましたものね」
「このところ、撮影おしててさ。でも林間学校来たかったから詰め込んじゃった」
ただのチャラ男なんだと思っていたけれど見直した。好きな学校行事も仕事のために我慢しているのだ。
意外にがんばり屋のようだ。
「頑張りましたね」
感心してそう言えば、フワリと優しく微笑まれた。
不意打ちの表情にビックリする。
「あっち、バタバタしててうるさいから、ここで寝て良い?」
「ええ、窓側使いますか?」
「日に焼けるからヤダ」
「……」
思わずイラっとした。
商売道具ですもんね!
八坂くんは気にせず、私の前の座席の子に声をかける。
「これ、ちょっと上げて」
「は、はい!」
リクライニングが上がって、私の前が広くなる。
そして、八坂くんはゴロリと私の膝に頭をのせた。
「ちょっと!」
「貸して? 眠い」
「ちょっと待ってください」
不満そうにする八坂くんの顔を押し退ける。私は鞄からタオルを出して、自分の膝に敷いた。
「これでいいです。どうぞ」
八坂くんはビックリしたように言葉を失った。
「? タオルくらい敷かないと、顔に寝あとが付きますよ?」
「あ、うん、そうだね?」
満足げに私の膝に頭をおいた。
フアフアのミルクティー色の癖っ毛が揺れる。
しかし、私のお腹側に顔が向いているのは勘弁して欲しい。たるみがばれる。
「あの、反対向いてください」
「寝顔撮られると事務所に怒られる」
「ソウデスカ」
そういわれれば、ゴネることはできない。
「着いたら起こして」
「わかりました」
八坂くんが目を閉じたので、私は本を開いた。
もう、後ろの人たちはなにも言わなかった。背もたれも蹴られない。
きっと、八坂くんの眠りを妨げるわけにはいかないと思ったのだろう。
私はホッと息を付いた。
目を閉じた八坂くんはとても綺麗だ。睫毛まで髪と同じ、柔らかなモンブラン。すっと伸びた鼻筋に、愛嬌のある唇は乙女のような可憐な桜色。
まったく神様は不公平だと思いながら、小さくため息を吐き出す。羨ましい。
「あんまり見ないでよ」
寝ていたと思っていた八坂くんに声をかけられて驚いた。キラリとアーモンド形の瞳が光る。目を開いた八坂くんは、閉じていた時よりずっと綺麗だ。
「っひ!」
思わず本を八坂くんの顔に落とす。
「ちょっと……痛いよ……」
「す、すいません。あんまり綺麗でびっくりしたんです」
「なにが?」
「八坂くんのお顔が」
「知ってるし」
「ソウデスネ」
思わず棒読みになる。ああ、そうですね。そうですよね。天下のモデル様ですもんね!!
八坂くんは私に見られるのが相当嫌だったのか、私のお腹に顔をつけて眠ってしまった。
うう……バレた。お腹タプタプなのが、ジャージだからもろバレだ。乙女として大切な何かを失ってしまった気がする。
これもきっと天罰に違いない……ああ、神様のイケず。
今更だけど、おなかに力を入れて引っ込めた。中等部受験を機に辞めてしまっていたバレエでも始めた方がいいかもしれない。
しかし、これもまた、神様の試練の一つでしかなかったのだ。
だんだんと足がしびれて来たのだ。
到着するにはまだ少し時間がある。存外に人の頭とは重いものなんだなぁ、なんて思う。
本を読む集中力もなくなって、ひたすらに窓の外を見たふりをして、足のしびれに耐える。
ひたすら早く着け、早く着け、それだけを願っている。
ようやく目的地に到着した。やっと解放される。
そう思って声をかける。
「八坂くん、到着しましたよ」
八坂くんは目を覚まさない。相当疲れているのだろう。起こすのは忍びないと思いながら、私の足も限界だ。
「八坂くん?」
肩を揺らしてみる。その振動が自分に伝わって、とてつもない痺れが太股に走る。
「っ!」
ひぃぃぃぃ! 痺れる。本当に限界。
「八坂くん、起きてください。お願いします」
できるだけ振動を避ける様に、八坂くんの頭に優しく触れ、懇願するように声をかければ、八坂くんの頭がグルリと上を向いた。
「っくぅぅっ」
思わず身もだえる。唇を噛んで堪えても、情けない声が漏れてしまう。
「ひなちゃん?」
不思議そうに八坂くんが見つめてくる。
こら、首をかしげるな、足がしびれてるんだって!!
「や、さか、くん。はや、く、おきて。あ、しが、足がしび、れて」
「ここ?」
八坂くんが楽しそうに、ちょこんと指先で私の太ももに触れる。
「ひ! や、め」
涙目になって訴えれば、ますます楽しそうな顔になる。
「こっちは?」
チョン、反対側の足にも触れる。
「う、くぅぅぅぅぅ。しびれ……てる、からっ!」
「あはは、両足痺れてるんだ!」
なんだよ、さっきまでグウスカ寝てたくせに感謝の一つもないの!?
大体八坂くんの頭が重いからでしょ? 空っぽに見える癖にぃ!!
思わず睨みつける。一応心の声はしまっておく。声に出したら殺される。まだ死にたくない。
「退いてほしかったら、晏司って呼び捨てして?」
「は?」
「晏司、起きて、って言って」
八坂くんが悪戯を仕掛ける様にいう。
私はもう足がしびれて我慢ができない。早く自由になりたかった。仕方がないので、そのイジワルに屈服する。くそう、くやしい。
せめてもの抵抗で、周りには聞こえないように小さな声で、言われた通りの言葉を唱えた。
「あ、晏司、おきて、お願い」
必死になってそう言えば、八坂くんは目を見開いて唾をゴクリと飲んだ。
さらに追い打ちをかけられるのかと警戒して、身体を固くする。
今度はどこをつつかれる!?
想像に反して、八坂くんはゆっくりと起き上がった。私が痺れないように気を使ってくれたように思えた。
それでも足は、急に流れ出した血流のせいでビクビクとしている。
「~~~!!」
目を固く閉じ、ガクガクと震える膝がしらを抑えて、それに耐える。
「は、最高……」
八坂くんの声に目を見開いたら、八坂くんは舌なめずりをしていた。
……意味がわからない。イジメが高度過ぎる。
戸惑っていれば、膝に敷いてあった私のタオルを八坂くんが自分の首に当然のようにかけた。
「それ、」
「よだれたらしちゃったから、これ頂戴。あとで新しいのあげるよ」
「いいです、いいです、差し上げます! 新しいのいらないです! そもそも使い古しですし!」
何か貰うなんて大変なことになりそうだ。勘弁してほしい。
「ふーん? じゃ、貰っとくね」
にっこりと満足げに笑う。そんなに欲しかったのか? そのタオル。確かに肌触りは最高だけど。
あっけにとられていれば、八坂くんは私に手を突き出した。
意味がわからない。
「足痺れて立てないんでしょ? 手を掴んで?」
「大丈夫です」
「あんまり待たせると役員さんに迷惑がかかるよ」
まったくもって正論で、すごすごと私は八坂くんの手を借りた。
「すいません」
「いいえ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、よく眠れたよ」
八坂くんはホクホクとした顔でそう言うと、ナチュラルに私の肩を抱いた。
ふわりと漂う八坂くんの匂いが芳しい。思わずドキリとしてしまう。
「姫奈ちゃんの荷物多くない?」
当然のように私のカバンまで持ってくれた。
「荷物までありがとうございます」
「いえいえ、これくらい」
にっこりと笑う。
なんだよ、中坊の癖に! 女慣れしすぎじゃない?
プレーボーイ怖い。
イケメン、死ね!







