122.病室で誕生日会
度々訪れる豪華な病室。本革張りのソファーには、氷川華子様。テーブルの上には歪な手作りバスク風チーズケーキと、私の隣には堂々と足を開いて腰かけるあの人がいる。微妙に膝が当たってることを注意してもいいのかと、逡巡しながらチラリと見れば、ニコリと笑われた。
うん、伝わる気がしない。
本日は、なんと、なんと。氷川財閥が御曹司であり、未来の総帥、氷川和親くんの誕生日だったりするのである。
テーブルの上のチーズケーキは、私が作ってきたものだ。
不格好なそれを見て、氷川くんのおばあ様華子様が目を細め、氷川くんも嬉しそうにニコニコとしている。
「まぁまぁ、ひーちゃんが和親のためにケーキを作ってくれるなんて!」
「チーズケーキは俺の好物だ。ありがとう」
そんなこと知っておりますとも。
全く何の茶番なのだ。私は乾いた笑いが漏れそうになり、慌ててパフォーミングパートナー仕込みのほほ笑みを返した。
「あまり上手にできなくて恥ずかしいんですけれど」
今更の猫かぶりに何の意味があるのかわからないが、もう本当に正解がわからない。
さて、こんな事態になったのには理由がある。さかのぼること一週間前。突然氷川くんに呼び止められた。
「来週、一緒に祖母の見舞いに行って欲しい」
「まさか具合が悪いのですか?」
氷川くんのおばあ様の病室へは、個人的に度々遊びに行っていた。しかし、氷川くんと一緒に行くことはあまりなかったのだ。氷川くんは、生徒会執行部の仕事や、習い事など何かと忙しい。だから、私からは声をかけずにいた。そもそも、華子様と二人での女子会トークの方が楽しいというのもある。
「いや、そうではなく。……祖母がだ、俺と君は本当は仲良くないのではと言いだしてな」
「はぁ……、えっと、それまだ続けます?」
私は思わず聞いてしまった。氷川くんは老い先短い華子様を安心させるため、私を仲の良い女友達として紹介している。恋人未満、だけれど、恋人になるかも……的な。的な?
「もちろんだ!」
即答されて、ビックリした。あまり意味がないように思えたからだ。確か氷川くんは、詩歌ちゃん以外に好きな人がいると言っていた。その人を紹介したほうがいいと思う。
「でも、修学旅行の時に好きな人がいるって、その人を紹介したらどうですか?」
「~~~! それは、ま、まだ、無理だ」
「どうしてですか? 氷川くんから声をかければ断る方なんていないでしょう?」
「それがいる。まったく脈がないようだ」
「そうなんですか? そういうふりというか、駆け引きじゃないですか?」
「駆け引き?」
「ええ。気のないそぶりで関心を引くという……」
「ひ、姫奈子さんはそういうことをするのか」
「それを私がやったらただの無愛想になるでしょう? 嫌われるだけです。もともとかわいい子だけが使えるテクニックですよ」
思わず笑ってしまった。
氷川くんは本当に恋愛に関してはからっきしの音痴らしい。だからこそ、前世では私なんかと急いで婚約したのだろう。
しかし、氷川くんに素気無い態度を取れる女の子といえば限られてくると思う。否定はしていたけれど、やっぱり詩歌ちゃんじゃないだろうか。
氷川くんは肩を落とした。
「……そうなのか……。やっぱりまだ無理だ。でも、祖母を安心させたいから」
「仕方がないですね。それまでのつなぎですよ?」
「わかってる。それで、だな。来週は俺の誕生日なんだ」
知っている。十一月二十二日は、氷川くんの誕生日。前世では忙しい氷川くんがちょっとだけ時間を作ってくれた。放課後にチョットだけ、二人でデートしたものだった。初恋の人の誕生日だ。忘れるわけない。
そして忘れもしない、私が断罪を受け、白山家の没落した日でもあるのだ。
思い出して、背筋が凍る。
「そうなんですね」
「その日に、一緒に見舞いに行ってはくれないか」
「いいですよ」
「できたらその、祖母のために、ケーキ……でも作って……くれたら……」
氷川くんが言葉を選んで伺うような顔をしたから笑ってしまった。それくらい大したことではない。
「病室で誕生日会ですね? 不格好で良ければ簡単なケーキをお持ちします」
「本当か! ありがとう! 恩にきる!!」
氷川くんはパッと顔を上げた。私はそれを微笑ましく思う。
前世の氷川くんはカフェデートでは決まったようにチーズケーキを食べていた。バスク風チーズケーキなら混ぜて焼いて冷やして固めるだけだ。私も最近はまって何度か作ったことがあった。それを用意すればいいだろう。
と、そう思って作って来たけれど……。
幸せそうにバスク風チーズケーキを口にする氷川くん。茶色く焦げた天辺に最初は驚いていた華子様も、それを見て口に運んでくれた。
「あら? 見た目よりおいしいじゃない?」
「ありがとうございます。薄力粉の代わりにアーモンドプードルにしてみたんです」
「いろいろ考えてくれているのね。ありがとう」
華子様が礼を言えば、氷川くんは驚いたように華子様を見つめてから嬉しそうに笑った。それを見て、これまた幸せそうな華子様。
事情を知っている私は、ズキズキと心が痛む。別に付き合ってると言っているわけではない。だから嘘ではないけれど。それでも良心は痛む。
ああ、バラしてしまいたい。氷川くんには別に好きな人がいるんですよと、私はただの友人なんですよ、と。
それにしても氷川くんは本当に美味しそうに食べてくれる。こんなにいい笑顔で食べ物を食べる姿は、前世でも、どのカフェでも、芙蓉館ですら見たこともなかった。
「こんなケーキで喜んでもらえるなんて作って良かったわ」
これは心からそう思った。前世では自分で作ったものなど人にあげたことはなかった。だって、どう考えてもプロが作った美味しいケーキのほうが価値があると思っていたからだ。
こんなに喜んでもらえるんだったら、前世でも頑張って作ればよかった。そうすれば少しはマシな関係が築けたかもしれなかった。
……まぁ、今更だけど。
「本当においしいわよ。ひーちゃん」
華子様も褒めてくれて嬉しい。お父様に頼んで、高原の生クリームと、美味しいクリームチーズを用意してもらって良かったと思う。
「それでね、ひーちゃん。そろそろ二人、婚約してもいいんじゃない?」
「はぁぁぁぁ?」
思わず変な声を出してしまった。
華子様が胡乱な顔で私を見る。私は慌てて、コホンと咳払いをした。
「だって、和親が家族以外の素人が作ったものを食べるなんて珍しいのよ。少し潔癖に育て過ぎたかしら? 本当にひーちゃんは特別なのね」
氷川くんを見れば、そっと視線を外す。
私が白山茶房をやっているから食べられるのだと思う。お店の人が作ったという認識なのだろう。
しかし、華子様を誤解させている手前、氷川くんは反論しなかった。
ずるい。私に全振りする気だ。そういう態度なら、私はバラすよ氷川くん!
「華子様! あの、私、そういうのではないので! オトモダチなので! 私が白山茶房をやっているから平気なだけだと思います!!」
婚約話が出た以上、誤解させたままではまずい。きちんと友達なのだと表明しておかなくては!
「まぁまぁ、和親。あなた何やってるの。ちゃんと口説きなさい。情けないこと!」
「ちょっと、華子様! まだ私たちは中学生で」
「なにを言っているの。私は十三で婚約しましたよ」
「時代が違います!!」
ゼイハァと必死に否定をすれば、華子様はつまらなそうに唇を尖らせた。
「つまらないわねぇ。死にゆく私をおもんぱかって、婚約ぐらいしてくれたって良いでしょう?」
「なにを言ってるんですか!」
「冥途の土産よ」
「それで彼岸を渡るというなら、私は絶対婚約なんてしませんから!」
きっぱりと言えば、ビックリしたように華子様と氷川くんが私を見た。
だって、そんな冗談嫌だ。冥途の土産になるものを渡してしまったら、そんなことをしたら華子様が遠くへ逝ってしまう。
「……ごめんなさいね。ひーちゃん。変なこと言ったわ」
「そうですよ。華子様。そんなの絶対嫌ですからね」
スンと鼻をすすりあげて華子様を睨めば、華子様はしわくちゃな手で私の手を包み込んだ。
「本当に孫だったら良かったのに」
氷川くんが複雑そうな顔をした。
「氷川くんがいたから私は華子様に会えました」
「……」
「華子様が、氷川くんのお父様を生んでくれたから。氷川くんのお母様が氷川くんを生んでくれたから。だから、私は華子様とお友達になれたんです」
「そうね。和親が孫で良かったわ」
華子様は氷川くんを見つめて、しみじみと繰り返した。
「和親が生まれてきてくれて良かった」
氷川くんはその一言で、目を瞬かせた。そして、少し席を外すと言って病室から出て行った。
「トイレでしょうよ」
華子様はそう言って笑う。でも華子様も気が付いているはずだ。氷川くんは泣き出しそうな顔をしていた。しかし、彼の矜持もあるのだろう。気が付かないふりをして、そっとしておいた方がいいこともある。
「それでね、ひーちゃん。蝶子から聞いたの。着物を誂えるんですって?」
「はい。うーちゃんたちと一緒に振袖を誂えて、何度か着たら後で袖を切って訪問着にしようかと話しているんです」
「あらあら、雅な遊びじゃない。ところで、着物はどうするの?」
「それが悩んでいるところで……。私の両親は着物に詳しくないですし、馴染みの呉服店もないので、蝶子様に相談しようと」
「わたくしがいるわ!!」
「え?」
「蝶子ではなく、わたくしを頼りなさい! 何を言っているの! わたくしが見るわよ!! 詩歌さんに負けてなるものですか!」
「別にうーちゃんと勝負してませんけど」
「だめよ! 絶対詩歌さんに勝つのよ!!」
「無理です! それより私はうーちゃんと並んで綺麗な方が嬉しいです!」
きっぱりと答えれば、華子様はしみじみと私の顔を見た。
「そう言えば、桃と橘の着物の話を聞いたわ。橘の君、ですものね」
華子様の言葉に顔がグンと熱くなる。
「は?」
「私たちも昔は桜庭の蝶と華だなんて言われてね」
それは何度も聞いています! その言葉を慌てて飲み込む。それにしたって橘の君、どこ界隈での話なのだろう。私は学院ではバナナかゴリラだ。美女と野獣扱いされているなら納得だが、さすがに華子様にその事実を伝える気はない。
「振袖はいつ着る予定なの?」
「お正月には着られたらいいなって話しています」
「そう! それがいいわ。そうしたらひな祭りにも着て来られますからね!」
次のひな祭りにも招待されるらしい。そして、勝手に出席にされている。
「そうと決まったら急がなくっちゃ。楽しみね」
何も決まってないと思いますけど?
そう思いつつ、生き生きと笑う華子様を見て、とても水を差せる雰囲気ではなかった。
「よろしくお願いします」
私はすべてを華子様にゆだねることにした。
「楽しそうだな」
氷川くんが帰って来た。
「和親聞いて!」
華子様が楽しそうに話しだす。氷川くんはそれを嬉しそうに微笑んで聞いている。
私はその二人の姿が尊くて目に焼き付けようと思った。







