12.カレーを作ろう
私は先ほどから、家のキッチンで奮闘している。林間学校に向けてカレー作りを教わっているのだ。
前世では無論性格の悪い私は、一切手伝わず遊び惚け、その結果男子の作ったクソ不味いカレー(カレーと呼んでいいのかも不明だ!)を食べる破目になったのだ。私はあまりの不味さに食べきれず、その後夕食までひもじい思いをした。
ひもじさは最大の敵だ! そもそも性格の悪い私が最大の性格の悪さを発揮する。お腹が空いていると、私は世界で一番不幸な気持ちになってしまうのだ。
学校行事でもなければ、綱が何かくれるのだけれど、今回は期待できない。なんせ、今回は綱は芙蓉会のメンバーとして役員の仕事をするからだ。
前世? 多分役員だったと思うが、「そんなものより私の方が大事でしょ!?」とまぁ、性格ブスのお嬢様(私だよ)が我儘を押し通して、芙蓉会の仕事などさせなかった。
……ほんと、何様だよ私。
というわけで、今回は自分で昼食を確保しなければならない。性格ブスを露呈させるわけにはいかないし、なにしろカレーが不味いなんて悲しすぎる。
みんな大好きカレーライスが、不味いのも良い思い出、なんて絶対に嘘だ!!
というわけで、我が家のシェフにカレーの作り方を教わることにしたのだ。自分で食べられるカレーを作れば問題解決じゃん?
しかし、初めにお願いした時、牛筋の下処理から説明が始まったので、今回は仕切り直しである。
手の込んだカレーではなく、キャンプ場でパパっと作れるカレーが作りたいのだ。
牛筋カレーは美味しいし、大好きだけど!
玉ねぎを泣きながら刻んだら、先に火にかけておく。火加減のできないキャンプ場では飴色玉ねぎなんか期待できないが、火を起こしたばかりの弱火のタイミングに入れておきましょうか、とはシェフの談。
それから、野菜の皮をむく。皮むきで剥いていたら、お父様が珍しく顔を出した。
「姫奈子が料理をしていると聞いて見に来た」
お父様の一言で、キッチンに緊張が走る。お父様は、元板前なのだ。おじい様に会社経営に携わる前に現場を知れと、修行に出されたと言っていた。料理に対しては厳しい。
「なんだ、これは」
不機嫌そうにカレールーを見てから、シェフを睨みつけた。
私が慌てて答える。
「カレーです」
「いきなり鍋か? 玉ねぎは」
「林間学校の練習なので、キャンプ場でできる様に教わっています」
「そうか」
納得したようだ。いろいろ面倒だから早く帰ってくれないかなと思いを込めつつ聞いてみる。
「お父様、今日はお仕事は?」
「姫奈子を見てから行っても問題ない」
そうか、仕事のペースゆっくりにしたのね、良かったわ。
じゃないよ! やりにくいからどっか行って欲しいよ。
「ソウデスカ、うれしいわ」
そう答えながら皮むきを握りしめた。
「皮ぐらい包丁で剥け。こうするんだ」
突然包丁を持ち、皮をむき始めるお父様。なんか、やる気スイッチが入ったらしい。
ド迷惑~!! 上司がいきなり部下の仕事に中途半端に顔突っ込むの大迷惑だよお父様!!
私は渋々と皮をむき始めた。やっぱり難しい。皮は厚ぼったくて、お父様の見本に比べてなんと醜い有様か。野菜に申し訳ないくらいの居たたまれなさ。
「お父様……私にはまだ難しいわ。野菜が可哀想だから皮むき機を使ってもいいでしょう?」
強請るようにして聞いてみる。
「野菜が可哀想とはいい考えだ。が、練習しなければ上手くならない。皮はきんぴらにすればいい」
「安心ください、お嬢様。美味しいキンピラにいたしますから」
シェフに言われて、押し黙る。
私は仕方がなく、チマチマチマと不器用にも皮をむいていく。
「では、次はにんじんの飾り切りだ」
「! いいです! 大丈夫です! キャンプなので!!」
必死に断る。全然いらないテクニックだし!
「一番簡単な星型を教えてやろう。うちのカレーはいつも星型だろう?」
お父様ガン無視。助けを求めてシェフを見ればにっこり微笑まれた。
「お嬢様よかったですね。星型は基本ですし、知っていて損はありませんよ」
いやいやいや。父と娘のふれあいに微笑ましく思わないで。
その言葉にお父様は気分を良くしたのか、俄然やる気を出してくる。スパルタで包丁さばきの手ほどきを受けていると、キッチンの扉から弟の彰仁が睨み付けるようにして、こちらを覗いていた。
「あ、彰仁!」
声を掛ければ、お父様がそちらを見る。
「なんだ、お前もやってみるか?」
お父様が彰仁に声を掛けた。とたん、彰仁の顔が笑顔になる。こういう顔は弟ながらかわいいと思う。ああ素晴らしきかなショタ。
「はい!」
「手を石鹸できれいに洗え」
「はい!」
お父様の意識が彰仁に向いたので、私はそそくさとシェフへ近寄った。だって十分野菜は切ってある。
肉は薄切り肉だ。
野菜をいため、肉をいため、水を入れる。材料は学校が用意したものだから、みんな同じはずなのに、なぜ不味くでき上がるんだろう。
「大体、キャンプカレーの失敗は分量が間違っているんです」
シェフが笑った。
「作り慣れていない大なべで、目分量で作るからですね。後は煮込みが甘いのでしょう」
「確かに野菜が硬かったわ」
「野菜が柔らかくなったのを確認してから、一度鍋を火からおろします。これ重要ですよ」
「はい」
「福神漬けがあったら、福神漬けの汁を入れます。またバナナを潰して隠し味に入れてもいいと思います」
「バナナはおやつに入らないから持っていくわ」
「……」
シェフは一瞬考えた様子だったが何も言わなかった。
福神漬けの汁と潰したバナナを鍋に入れ、カレールーを割りいれる。
「ルーが完全に溶けてから、もう一度火にかけてください」
「溶けてからね?」
「溶けきっていないと、底で焦げ付いたり、味がムラになったりします」
「わかったわ」
グツグツと煮込んででき上がりだ。
お父様と彰仁は相変わらず何かを一生懸命やっている。二人で何かをする姿はとても珍しく微笑ましかった。私はこっそり二人の姿をスマホで撮る。
「姫奈子! 何してるんだよっ!」
彰仁が声を荒げた。
「彰仁、集中しろ」
お父様が叱る。
忌々しそうに私を睨みつけて、不貞腐れる彰仁が可笑しかったから、続けて写真を撮ってお母様のスマホに送る。
程なくしてお母様も顔を出して、私がラッシー作るわ、なんていいだしてキッチンの中は大騒ぎになった。
こんな風に家族でキッチンに集まるのは初めてで、とても楽しかった。今度はお休みの日にお父様に料理を教わるのもいいかもしれない。
この日の夕食は、私の作ったカレーに、彰仁の作ったサラダ、シェフの作ったキンピラだった。飲み物はお母様の作ったラッシーだ。
あの後仕事に行ったお父様も早く帰ってきたので、生駒と綱も呼んで一緒に夕食をとった。
仕事が早く終わるのはよい傾向だ!
「彰仁、星は食ってるな?」
お父様が確かめるように弟の皿を覗く。
「食べてるよ」
うちのカレーのニンジンが星形なのは、彰仁のためだったのか。
思わずニヨニヨと笑ってしまう。
「彰仁、お姉さまも星型が作れるようになったから、いつでもカレーを作ってあげられるわよ」
「うるさいなぁ! もう星じゃなくたって食べられるよ!」
彰仁がそっぽを向く。
「お嬢様に料理の才能があるとは存じませんでした」
綱がカレーを食べながら言う。
「お父様の教え方が上手なのよ」
私は笑って答えた。
お父様の執事兼秘書の生駒が笑う。
「だんな様はお厳しいでしょう?」
「ええ! 聞いてよ生駒!! スパルタなのよ! 私はお父様が優しいと知っているから我慢したけれど、バイトだったら泣いてたわ!」
抗議をすれば、お父様がムッと顔をしかめる。
「見所がないやつには教えない」
「そういうのは口にしなければ伝わらないんです!」
プン!とそっぽを向けば、彰仁が言葉を投げる。
「姫奈子は貧弱だからな」
「お嬢様は繊細ですからね」
生駒がフォローしてくれる。
「生駒ぁ……! 好き!」
そう言えば、彰仁もお父様も、なぜか綱までもムッとした。
自分のパパを取られると思ったのかしら?
「ありがとうございます。お嬢様」
にっこりと笑う生駒は紳士然としていてカッコイイ。
「お嬢様は突然、どうしてカレーなど?」
綱が不思議そうに聞いてくる。
「今度林間学校でしょう? お昼が美味しくできなかったら悲しいじゃない」
「そうですが……」
「自分で上手に作れたら、間違いなく美味しいカレーが食べれるわ!」
フンス! と鼻息荒く言えば、綱が柔らかく笑った。
「その通りですね」
「あと、綱は芙蓉会でしょ? 芙蓉会の方にあまり迷惑をかけたくないし」
私の言葉に、みんなが私を見た。
「綱守、芙蓉会なのか!」
彰仁が驚く。
「そうよ! 特待生だもの! 彰仁の先輩になるのよ」
私が自分のことのように威張ってみせる。
「なぜ言わなかった?」
お父様が生駒に言った。生駒は恐縮している。
「お父様、生駒を怒らないで。多分、私は芙蓉会じゃないから言い出しにくかったんだと思うの」
私が間を取り持つ。きっとそうに違いない。私を傷付けないように生駒が気を使ってくれたのだ。
お母様が困ったような顔で生駒を見た。
「申し訳ございません」
生駒と綱が頭を下げる。喜ばしいことなのに、頭を下げさせてしまった。
私はシュンとなる。
「私、余計なこと言ったかしら? でも、綱が芙蓉会なのは立派なことでしょう?」
「ええ、姫奈子、綱守くんはとっても立派よ。だからこそ、生駒には正直に伝えて欲しかったとお父様は思っているのよ。みんなで喜びたいでしょう?」
お母様が微笑む。
「そうね、みんなでお祝いしたいわ」
「お嬢様……」
生駒が私を見た。
「生駒、姫奈子は綱守のことを自分のことのように喜べるみたいだぞ。気にせず報告しろ」
「お父様! 私、嫉妬はしてますからね! でもそれとこれは別でしょ? 私が嫉妬してしまうからなんて理由で、綱が褒められないのは変だわ」
勘違いしてほしくない。私は手放しで喜べるほど人間はできてないし、今後それを期待されても困る。
プンとしていえば、お父様は笑った。
「だそうだ」
「はい。ありがとうございます」
生駒と綱が頭を下げた。
「ねぇ綱、今度お祝いしましょう! 何がいいかしら?」
問えば綱が困ったような顔をした。
「私は……とくに……」
「唐揚げ! 綱、唐揚げ好きでしょう?」
「どうしてご存じで」
「そんなのわかるわよ!」
綱が驚いていて笑ってしまう。小さいころからずっと一緒なのだ。知っていて当然だ。
「お父様。唐揚げって私にもできるかしら?」
「まぁ、できないこともないな」
「だったら、次のお休みに唐揚げを教えてくださらない? 唐揚げパーティーしましょうよ」
そうだな、とお父様が笑い、生駒がありがとうございますと微笑み返した。
良かった。折角綱が頑張って手に入れた芙蓉の蕾を、肩身の狭い思いをして付けて欲しくない。
ちゃんと胸に咲き誇る芙蓉であって欲しいと思った。







