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【5巻電子書籍&POD化】神様のドS!!~試練だらけのやり直しライフは今日もお嬢様に手厳しい~  作者: 藍上イオタ@完全無欠の悪女です2月下旬発売
中等部三年

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100.電車で行こう! 3


 「……ひな? ……姫奈」


 綱の声に驚いて目を開けた。目前に、綱の整った顔があって驚いた。見下ろしているから表情が陰っていて、なんだかいつもより大人に見える。


「目が覚めましたか?」


 気がつけば辺りが明るくなって、ガヤガヤとしている。


「寝てた?」

「ええ、それはグッスリと」

「じゃあ、あれって夢?」


 綱と電車に乗ってご飯を食べて、そんな幸せな夢を見たのかしら?


「夢まで見てたんですか?」


 問われてキョロキョロとあたりを見渡す。沢山のリクライニングシート。中央には星を生み出す丸い機械がある。間違いなくプラネタリウムだ。


「夢じゃなかった」


 呟けば、綱は呆れたように笑った。  


「ほら、よだれ、拭いてください」

「よ、よだれ!?」


 綱の言葉に慌てて口元を拭う。


 本当に涎が唇の端に垂れていて、顔が真っ赤になる。乙女として何かを失った。綱とはいえ、男子に見られて良いものではなかった。


「うう……何たる失態……」

「ぽかっと口を開いて寝ている姿も見ごたえがありました」


 綱が茶化すように言う。


「見てたの?」

「見てました」

「起こしてよ」

「嫌ですよ」

「何でよ、折角綱が誘ってくれたのに、寝ちゃうなんてもったいなかったわ」

「私は姫奈のだらしない顔、観察できて楽しかったです」


 満面の笑みでそう言い切られ、顔が真っ赤になる。


「綱は意地悪だわ!」


 憤慨すれば、宥める様にポンポンと頭を撫でられた。


「そろそろ行きましょう。次のお客さんが入ってきます」


 私は差し出された手を取って立ち上がった。


「姫奈の手、温かいですね」

「……寝てたから」


 綱に言われて、神経が手に集中した。恥ずかしい。さっきまでは全然そんなこと思わなかったのに。


 なんなのよ! これ!!


 思わず手を振り払う。


「姫奈?」

「あ、な、なんか、汗! 汗かいてて、き、汚いし……」

「いまさら何を」


 綱が呆れたように笑った。


 そうなんだけど! 今更なんだけど!


「だって、」 

「迷子になったら?」

「……強制終了……デス」

「よくできました」


 私は慌ててスカートに手のひらを擦り付けた。そして深呼吸する。


 大丈夫。今更。恥ずかしくなんてないし、普通。普通なんだから!

 ただ、迷子防止のために手をつなぐだけなんだから! 深い意味とかないんだからね!!


 私は勇気を振り絞って、そっと綱の手に触れようとした。その瞬間、綱と目が合って、思わず怯んでサマーニットの裾を掴んだ。

 

「ひな?」

「だって、だって、これで迷子にならないもん」


 ギュッと目を瞑って俯く。恥ずかしくてたまらない。どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。


「……そんなの、ダメです」


 綱が深く溜め息を吐いた。顔をあげれば、怒っているのか口元を手で覆って、ソッポを向いている。


「つな?」


 顔を覗き込めば、チラリと私を横目に見て、強く目を閉じ、頭を緩く振る。そしてもう一度、長い溜め息を吐いた。

 上着の裾を摘まんだ手を取り、綱の手が握りこんでくる。さっきまでとは違う触れ方。

 私の指と指の間に綱の指。


 これって、こ、こ、恋人繋ぎと言うやつでは!? 前世でもしたことないのに! 氷川くんともしてないのに!!


「っやだ、つなっ!」

「貴女はこれくらいしないと何処かに行ってしまいそうです」


 ツンと綱に言い切られ、自意識過剰だったとわかった。

 

 そ、そうだよね。別に、恋人とか、とか、なわけないよね。ただの迷子防止。他の意味なんかあるわけない。


 動揺しているのは私一人で、綱なんていつも通りだ。当たり前。今までだって、ずっと手を繋いで来たんだから。


 ホッとする反面で、チクリと痛む部分もある。そこには気がつかないふりをして、絡んだ手を小さくあげてみる。


 私には恋人繋ぎにしか見えないソレをじっと見た。

 綱は誰にでもこんなことするんだろうか。桝さんにもするんだろうか。


 きっと面倒見の良い綱は、誰とだってするんだろう。


「ひな?」


 綱は怪訝な顔をして私を見た。私は小さく頭を振って、そっと手を下ろす。


「あのね、ソフトクリーム食べたいの」

「ええ、行きましょう。デパートの前に有名なところがありますよ」


 私たちはそのまま手を繋いで歩いた。ソフトクリームを買って、店前のベンチで食べる。ミルクたっぷりのソフトクリームは、見た目も可愛くてデートにはぴったりだ。


 目の前を同じくらいの年のカップルが、ソフトクリームを舐めながら楽しそうに歩いて行く。


 デート、良いなぁ……。


 怨めしげに眺めていれば、綱が私を見て笑う。


「どうしました?」

「カレシいて良いなぁって思って」

「お付き合いしたい人がいるんですか?」

「それはいないけど! 彼氏は欲しいわ! でも、モテないのよ!」


 クサクサしてやつ当たる。


「氷川くんに望まれたのでは?」

「また、前の話を。あれは取引だもの。嘘でも氷川くんとなんて無理すぎるでしょう?」

「そうですか?」

「そうよ。私は普通に普通の彼氏が欲しいの! 氷川財閥の御曹司なんて無理だって知ってるわ。高望みなんかしてないのに! なんでよ! 何がいけないのよ!」

「『彼氏が欲しい』時点で間違っているのでは?」

「なによ。綱は彼女欲しくないわけ?」

「私は好きな人とお付き合いをしたいだけです。でなければ彼女なんて意味がありません」


 モテ男は全くもっての正論をサラリと言うから、睨み付けた。

 

 知ってるし。真実の愛を探すんだって、そう思ってるけど、でも、だって、どうやって探したらいいの。好きになってくれる人もいないのに、どうやって人を好きになったらいいの? 好きだと言ってくれる人がいたら、きっとその人を好きになれると思うのに。

 特別な人じゃなくていいのだ。ただ、私を大切にしてくれる人。考えてみれば、そんな人は現れる気がしなかった。


「……べつにまだ早いとも思うし、まだいいんだもん!」


 言い訳のように付け足す。


「負け惜しみに聞こえます」

「違うわよ!」


 私はソフトクリームを不機嫌にペロリと舐めた。綱に言ってもわからないだろう。


「だって家が没落したりするかもしれないし!」

「何ですか、それ。完全に負け惜しみです」


 綱は笑った。


「それで迷惑かけたらいけないし」

「馬鹿ですね。姫奈が落ちぶれて困るような奴となんか、付き合わない方がいい」


 キッパリとした声だった。

 思わず目を見張る。柔らかな黒髪が夕焼けを反射して小豆色に光っていた。


 息を飲む。綺麗だ。


 でも、私が没落して一番困るのは、綱じゃないか。


 あの日。最後のあの日、生徒会室で『困りましたね』と綱が呟いたのを知っている。私は綱を困らせる。


「そうね、その通りだわ」


 唇が凍えるようなのも、ソフトクリームのせいだ。綱がカフェオレ色に染まって見えるのも、夕焼けのせいだ。ちょっとだけ胸が苦しいのは、もう黄昏だから。ただ、センチメンタルな気分になっているのだ。


 目の奥が痛いのだって、気のせい。


「? 疲れてしまいましたか? そろそろ帰りに向かう時間ですし、行きましょうか?」


 私のほんのちょっとの落ち込みを、それでも綱は気が付いて。その優しさに満たされる。


「そうね」


 もう終わりだと思うと、グッと寂しくなる。帰りたくないなんて、それこそバカみたいで口になんか出せない。


「帰りたくはないけれど」


 ボソリと綱が呟いた。

 綱も同じだと思ったら、なんだか少し笑えた。


「そうね。でも、帰る場所は一緒だわ」

「はい」

「明日も一緒だわ」


 ずっと一緒にいられないけれど、そんな思いは口には出さない。


 綱はニッコリと笑うと、私に手を差し出した。


「帰りは私を案内してくださいね?」

「っ! 頑張るわ! 一人でできるようになるんだもの」


 没落しても一人で生きていけるように。

 私は気合を入れた。


「困ったら助けてあげますよ」

「わかってるわよ!」


 帰りは迷いに迷った。綱は意地悪だから、助けを乞わないと助けてくれない。教えてと言わなければ、どんなに間違っていても、ヒントを出すだけだ。多分、朝の倍以上の時間がかかった。


 前世でもそうだった。どんなに道を誤ったって、綱は口を挟むだけでそれ以上はしなかった。しなかったけれど、ずっと側にいてくれた。あんなにデブでブスで嫌な子だったはずなのに、呆れながら見下しながらも、それでも彰仁のように私を居ない事にはしなかった。

 自分で道に戻るのを、きっと辛抱強く見守っていてくれたのだ。


 やっとの思いで最寄り駅につく。

 私はふと足を止めた。


「ねぇ、綱。私もペンギンのカードを買いたいの。どうすればいいかしら?」


 その頃には素直に綱に頼れるようになっていた。今までだって頼りっぱなしではあったけど、助けを乞うのは慣れていないのだ。

 綱に教わって自分のカードを持つ。


 綱とお揃いのペンギン。

 これでいつだって電車に乗れる。


 嬉しくて、フフフと笑えば、綱もつられるように笑った。


 私は早速紙袋を開けて、今日買った板チョコ柄のパスケースにいれた。そして、もう一つのパスケースを綱に押し付ける。


「これ、あげるわ」


 思わずぶっきらぼうになれば、綱が目をしばたたかせた。

 あからさまな驚き顔にムッとする。


「何よ! 気に入らないの?」

「……いいえ、ありがとうございます」


 綱はそう言うと、さっそく自分のカードをそこにしまった。


「お揃いなんですね」


 ふわりと笑われて指摘され、思わずポッと赤くなる。


「違うもん! 綱はビターだし、私はミルクだもん!」

「ハイハイ、そうですね」

「そうだもん!」

「ハイハイ、わかりましたよ」


 綱は呆れながら笑って、もう一度手を握り返した。


 もう家に帰るだけ。もう迷ったりしないけど。


 私はその熱が心地よく、もう何も言わなかった。






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