Before the Fight
4時間目のチャイムが鳴り、先生が今日の授業の大まかな流れを説明した。昼を挟んで5時間目までが家庭科だから、昼メシを兼ねて調理実習なのはありがたい。
ちなみに今日作るのは炒飯、青椒肉絲、中華スープの3品。中華料理店ではおなじみのメニューである。家庭で作るには少しばかり技術が必要なように思えるのだが……
「ではでは……各班協力して昼休みが終わるまでに完成させること。いいね?」
「「「はーい」」」」
クラスメイトたちは素直に返事をする。他の授業では絶対に見せない態度だ。
家庭科の緑川先生は、俺らのおばあちゃんみたいな存在でニックネームもそのまま『おばあちゃん』である。普段は穏やかで優しいのだが、大河曰く1年の時にめちゃくちゃ怒らせたことがあったらしい。ところがそれを機に仲良くなり、今ではすっかりみんなに好かれるようになったとかなんとか。
何があったのかは気になるところだが、円満に行ってるのなら何よりだ。
「やっべ!米忘れた!」
「ふざけんなよテメェ!炒飯どころの問題じゃねぇぞ!!」
「なぁ調理器具ってあと何がいるんだ?」
「スープ用に深めの鍋があった方がいいっぽい!」
気が付けば各自エプロンと三角巾をつけたり、材料や器具の準備をしたりしていた。
(仕方ない、こうなったら腹をくくるか……)
俺もとりあえずエプロンの紐を結びながら、自分の班のメンバーを確認することにした。
「しっかしあいつら何やってんだ?米なしでどうすんだよ!」
反対側の班のメンツを笑うのは安住雅人。スキンヘッドと2m近い身長でどこに行っても目立つ奴だ。最初はこの学校のトップに立とうとしたが、梓や大河を見て心を入れ替えたそうだ。ちなみに親は名の通るヤクザらしい。
「具材全部混ぜて野菜炒めにすればいいんじゃね?」
「「うるせぇぞお前ら!!!」」
雅人に助長しているのは柏木涼太。ストリートダンサーみたいなダボっとした服装が特徴で、確か陸人とはダンス仲間だった気がする。将来は渡米して有名なダンサーになるのが夢だとか。
そして梓と材料の確認をしているのが小田原京。七三分けでブルーの眼鏡をかけている真面目な奴。実は中高一貫の進学校の内部進学をせず、武格が強くなりたくて親の猛反対を押しのけて紅葉橋に来たそうだ。実際に成績も上位ランカーだし、梓や大河に霞んで目立たないが武格も強い。
梓を除けば京との絡みが1番多いってとこか。雅人と涼太も放課後のサッカーで同じチームになったことはあるが、ちゃんと話すのは今回が初めてだ。
だが全員に共通して言えるのは料理に関して未知数ということだ。
「……さてと始めるか」
「おう!いつでもOKよ!」
「いやーほんとオレこの班でよかったわぁ」
「それは同感だな」
どうやら俺以外のメンバーは皆梓を信頼しているらしい。……大丈夫だよな?死なないよな?
「そういえば流星は今回が調理実習だったな」
「あぁそうだけど……」
京のさり気ないフォローに俺は内心を悟れないように答える。
「流星お前マジで神に感謝しろよ!」
「うちのリーダーがいれば百人力なんだからな!」
雅人と涼太は自信満々に口を揃えて梓を褒め称える。
––––––––––分かった、信じるよお前らのこと。
「梓、信じてるからな!お前が料理下手じゃないと!」
「「「それが本音か」」」
「ちょっと待て!さてはお前ら俺を誘導尋問したな!?」
「……そうかそこまで信用されてなかったか」
「悪かった梓!謝るから包丁を振り回すのはやめてくれ!!」
「……いや、むしろこの実習が終わってからが楽しみだな」
梓の手がピタリと止まる。殺される心配がなくなり俺は安堵したが、梓の言うことに何かしら含みがあることに疑いを持たずにはいられなかった。