いつか終わるなら 1
一人残った教室で、窓の外を眺めていた。
机に頬をくっつけてブラバンの音が耳を抜けていく。
「……いつ、か、……きーみ、……が……」
うろ覚えの歌詞が口から零れる。ノリのいい曲とは思えない程に寂しい歌い方なのは、あたしの今の気持ちを表しているからだろう。
放課後の教室に一人残っているのは、誰かを待っている訳じゃなく、体調が悪い訳でもなく、歩く気力がなくなったからだ。
「……はぁ」
(……落ち込むわぁ)
顔に掛かるソバージュにした髪を指でクネクネと弄ぶ。せめて何かで気を紛らわせられないかと髪を弄っていたのだが、落ち込んでいたからか直ぐさまその手の思考へと結び付く。
(べっつにー、……髪くらい普通に切るけどねー……)
クシャと髪を指先で潰し再び溜め息を吐き出して先程までの会話を反芻する。
『――ん? なんでそうなるん?』
『いや、なんつーか……』
小、中、高と同じ学校に通い続けた幼なじみから、ちょっと放課後、話があるから残ってほしいと言われた。
家が近所なために親同士も仲が良く、あたしとあいつも特に仲が悪いということもなかった。
登下校なんかで一緒になると、話し合いながら帰るぐらいには。からかわれるのが嫌だったので、待ち合わせとかじゃなく、本当に偶然会った時というのが頭につくが。
いつから意識しだしたのかは覚えていない。少なくとも、高校はあいつと同じところに思ったぐらい前だ。今や二年。高校生活もあと一年とぼちぼち。
少し焦りを覚えつつも今の関係が気にいっていたあたしは急いてはなかった。高校に上がったらからかう声も少なくなり、後ろ姿を見つけたら走りよって「お〜っす」と鞄で叩いて笑いあうような距離感は、一歩手前だと思っていたから。
そのハードルをついに越えにきたかと期待した。
トイレでそれとなく友達に話を振り、掃除の時間にサボって念入りにメイク。ドキドキしながらも互いに友達と雑談を交わしながら、自然と人がいなくなるのを待った。
『わりぃ。待たせた』
『ううん、全然』
一度友達と教室を出ていったが、上手く撒いてきたのだろうあいつが気弱そうに笑いながらあたしの前の席の椅子に逆向きで座る。
話の切り出しは、普通の会話。うちの母さんとあいつの母さんがカラオケで〜、試験のヤマが〜、とか、そんなん。
そんな普通の会話が嬉しい。
一緒に居るだけで、こんなに楽しいのに。もっと近づくなんて、どうにかなってしまうんじゃないだろうか?
あいつは笑っている。それを見て、あたしも笑顔になる。
『――あ、でさ? 坂上って1組の森山さんと仲良かったよな?』
だからこれも、そんな普通の会話で、本題なんかじゃないって思ってた――――
『はっちぃ? 仲いいよ〜。マブだよマブ。むしろあたしが育てたといえよう』
『マジか。頼りになります』
『マブよ。もっと称えて』
『……あのさ、森山さんって遊び誘うのオッケーな人かな? や、みんなでな? 何人かでカラオケとかボーリングとか』
『――ん? なんでそうなるん?』
『いや、なんつーか……』
あいつが誤魔化すように頬を掻く。僅かに赤くなった顔で軽く咳払いしてから、あいつが答える。
『うん、だよな。こういうこと頼むなら、ちゃんと言うべきだよな。あのさ、俺…………森山さんのこと、好き、みたい……じゃないな、うん。――――すっげぇ好きなんだ』
五分分けされた髪の間から真摯な眼差しがあたしを貫く。
いや、貫いていった……。
『ふーん、そうなんだ。そんでそんで? いつから?』
『うっ。掘り下げてきますか……』
『全部吐いて楽になりなー』
あいつをからかいながらも笑い声が絶えない会話を続けた。でも心はグチャグチャで不安を必死にひた隠しにしていた。
(……ちゃんと、笑えてるかな……)
零れそうだった涙を笑い過ぎを装ってそっと拭った。辛さを覚える会話なのに、ずっと続けていたいような、駆け出していきたいような変な気持ちになる。このままずっと話していたら、ずっとずっと――
『あっ、わりぃ。もうそろそろ行かんと。母ちゃんに買い物頼まれてて』
『あ、うん。オラーイ』
時計を振り返ったあいつが急いで立ち上がる。片手を上げるのに応えながら見送っていると、教室の入り口で立ち止まった。
『なんか、ありがとな。お前に話して良かったっつーか……』
『…………なーにぃ、それ。気持ちわるー』
『うわー、一気に感謝引いたわー……あー、でも、また相談乗ってくんねぇ?』
『暇ならね』
『サンキュ』
ニカッと笑いかけられた事や頼られた事が嬉しくて、安請け合いしてしまう。
ドロドロに溶け落ちてしまった心に、また芽が出るかのように。痛みを抱えながら。
手を振るあいつに、あたしも笑顔で手を振った。
(あたしって……ばかだなぁ……)
たった今。針山の上を歩き終わったというのに……二度と味わいたくないというのに。
笑顔一つで釣られてしまう。
歪んだ視界に夢じゃないかと目を閉じる。開けば机に小さな水溜まり。
「…………あたしって、ばかだなぁ……」
いつの間にかブラバンの演奏は終わり、窓からは夕日が差していた。
この日、天国への階段を駆け上がっていたつもりだったあたしは、それが地獄とか生ぬるいぐらいのどん底へと続いていたため、こうして好きな人の恋の相談役になってしまった。




