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殺人者でない者



『橋の下からは、ドラム缶に入ったバラバラの遺体が――』


「物騒ねえ。これお隣の県じゃない?」


 母親が呟いた独り言のような言葉が、開けっ放しにしてあるバスルームの扉の向こうから、私に聞こえてきた。


 しかし私はそれどころではなかった。


「もう〜〜〜、寝癖治んないぃ〜〜!」


 涙目で震えそうになる声を我慢して、何度も櫛で髪を解かす。


 しかし時間に押され、モヤモヤとした気持ちは溜まる一方だ。このイライラを鏡にぶつけてしまいたくなる。


「もう今日、学校休む」


 思わず零れ出た本音に母親が反応する。


「馬鹿なこと言ってないで、そろそろ学校行きなさい。遅刻になるわよ?」


「わかってるー!」


 八つ当たりなのも分かっているのだが、苛立ちの方が強く叫ばずにはいられなかった。


 最後の抵抗とばかりにハネている髪を手で抑える。鏡には、肩口まで伸ばした髪を泣き出しそうな顔で抑える私の顔が映っていた。


 恐る恐る手を離したが、髪は私の意志と重力に反してピンと逆立ってきた。



















 お母さんは何も分かっていない。


 自分も昔は学生だったのだから、髪がちゃんと決まらなければ学校なんて恥ずかしくて行けないなんてことは、分かっている筈なのに。


 妥協点として帽子を被っていこうとしたら取り上げられた。なんて横暴なのだろう。私に子供が出来た時は、今回の事を教訓にしようと思う。私の子供の教育には、髪が決まらなかったから学校を休むのは有り派でいこう。


 大体努力はしたじゃないか。朝起きてからずっと髪を解かし続けた私の苦労も買って欲しい。もういっそ、休んじゃおっかな…………。あれあれ、あれだ、自首休校? そう自首休校しても誰も文句言わないんじゃないかな?


 そんなことをグチグチと考えながら、学校までの道を、髪を抑えながら歩いていた。


 いつもと違い、周りの視線が気になる。他人というのは親切だったり無干渉だったりと色々反応の違いはあれど、平等に視線は向けてくるものなのだ。


 関係なくとも見る。興味を引けば撮る。それが普通。


 特に悪意なんて目で見える物でもなし、少しでも隙を見せたら喰らいつかれてしまう。スカートを鞄に巻き込んだ子が、動画を撮られて同級生の間で回されたこともあるのだ。他人が自分をどう思っているかなんて分からない。


 でも少しでも良く見られたい。最低でも普通に見られたい。


 ああ、やだなあ……。絶対何人かには「髪、ハネてるよ」とか言われるのだ。そんなこと知ってるし。それでも言われる。


 そして私は誤魔化すように笑って、朝時間がなくてー、とかの言い訳を、さも気にしてないよという風に言うんだ。ちょっと心に刺さりながら。


 ……やだなあ。


 よしサボろう。


 と、決意はしたものの、人目にはつきたくない。適当に時間を使って家に帰ろう。


 普段なら街をブラブラしたりウィンドウショッピングでも楽しむのだが、髪がハネたままではそれも出来ない。いかに髪ハネが大変か分かると思う。


 静かな喫茶店に逃げ込むか、人通りの少ない神社にでも行くか、お母さんが仕事に出るまで時間を潰そう。


 ――――私の最初の失敗は、この時、学校に行かなかったことだろう。それでもそれは後になって分かること。結果的にとしか言えないことだ。


 それとも意識の問題だったのか。


 私は……いや、私に拘わらず誰だって、今日と同じ明日が来ると無条件に信じている。テレビで報道される事件や事故は、何処か、自分のいない遠い所でのことだと無意識に思っている。


 この時の私が少しでもそういう事を意識していれば、結果は違っただろうか?


 しかし私の心情は憂鬱で、くだらない事で頭を悩ませるばかりだった。


 だから自分の『見られたくない』という欲求に従うままに、人とすれ違えないような地元特有の小道へと入っていった。



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