ワイズの様子
グラトが森猩々達を斬り倒したのとほぼ時を同じくして夥しい数の森林猿の大群の最後の一頭に止めを刺して、一息ついた瞬間にナイフを落として頭を抱えて膝を付いた。
「頭が、頭が!!割れる…ッ!」
「ん?おいおい…どうしたワイズ、猿どもに頭殴られたのか?」
グラトは森猩々達の死骸のある場所から斧を肩に担ぎながら悠々とのんびり歩いてきます。
「いいや…引っ掻かれてもないよッ…止めを、刺したら…急に頭が、割れるような…」
「へぇ…そんなら死ぬこたぁねーかな、俺は向こうで猩々どもを捌いて喰ったり左腕どーにかしなきゃまずいから、暫くそこで寝てろよ」
「頼むよ…持って帰る分は残しといてくれよ…」
「……」
「返事は…?」
「…おう」
ワイズはグラトの返事に満足したのかそのまま崩れ落ちて俯せに倒れ込み、浅く早い呼吸で気絶するように眠りに付いた。
「それじゃ、俺は喰う準備するかな」
日も大分傾きそろそろ洞窟に向かわなければ日没までに間に合わなくなる頃、暫く前から呼吸も落ち着いていたワイズが目を覚ますと目の前で焚き火とその横でむしゃむしゃと両手に持った肉に齧り付くグラトが目に入りました。
「ん?よう。…起きたか、喰う…か?」
「いや、早く帰らないと…?何?」
グラトが折れていたはずの左手で頭を掻きながら顔をしかめています。
「何か変なのかい?」
「ワイズ、お前その額痛くないのか?」
「え?」
「割れてなんか見えてるぞ」
「そんなはずは…」
ワイズは何を言ってるんだと思いながらも自身の額に指を這わせました。
「…何これ、つるつるした石?」
「そうみたいだな。ついでに言っとくと寝てるときは血が出ない傷口みたいに閉じてたぞ」
「…」
「ちなみに、俺の左腕は森猩々のボスを食い始めたら、バキバキ鳴りながら骨が繋がった」
グラトの左腕は指先から肘までが灰色で刈り込んだかのような短い獣毛に覆われており、肘から肩にかけての二の腕は蔓を編んだような細く延びる根のような紋様が、薄い灰色の線で筋肉の上に描かれていた。肘から先は太さも一回り増したように見える。
「グラト…その肘から肩にかけての線は何?」
「は?何だそりゃ。肘から先は森猩々みたくなっちまったが、それだけだぞ?他はなんともない」
「え?そんなはずは…?」
グラトの言葉に頭を押さえようとしたワイズは、額に掌が触れた瞬間に紋様が見えなくなったのに驚いて動きを止めました。
「どうしたワイズ」
「額の石を塞ぐと紋様が見えなくなる…これは?」
「ふーん…俺にはそんなもん見えねーけど」
「…この石を通して見えてるのかな?」
自分には見えない紋様には頓着することなく食事を再開するグラトに溜め息を吐きながらワイズも、グラトが丁寧に捌き皮を剥いだ猿の肉に手を伸ばして掴み取り、これまたグラトが用意していた串を通して焚き火にかざしました。
「うわっ…」
「何だよ、旨そうな肉だろうが?」
「額の石で見ると細かい所まで全部見れるから気持ちが悪くなりそうなんだよ」
「はぁ?肉が焼けるところを見るのは嬉しくなることだろ?」
「皆がグラトと同じ考え方とは限らないんだよ?」
「けっ、ならよ何か巻いて塞いどきゃ良いだろ」
「そうだね、そうするよ。ありがとう」
ワイズは、肉とは違い一ヶ所に雑に纏められた毛皮の山の中から小型の猿の物を拾い上げて腰に手を伸ばして鉤爪ナイフを手に取ろうとしましたが、何も有りませんでした。
「グラト、ナイフはどこにあるのかな」
「そういやワイズの杖と一緒に置いといたらおかしなことになってたな、俺のせいじゃないからな」
「おかしな事ってどうゆうこと?」
「自分で見てみな」
ワイズの質問に、グラトが食事を続けながら指差した方向に顔を向けてみると、既に日が沈み暗くなった草地の焚き火の明かりがギリギリ届く場所になにやら地面に突き立った物が見えました。
「あれは…杖が無いし、ナイフとも違うよね……」
ワイズの見つめる先に有るのは左右の肘から先の形をした黒い物体でした。
「コレは…なんだろう、え?」
<黒狼ノ籠手> 黒色狼の鉤爪を核に森林猿達の魔力や血肉を鱗として定着させ手の甲の部分に余剰魔力を収束、結晶化させて魔法発動媒介とした武具。一般の魔法発動媒介と違い、魔力を吸収し成長させることが出来るので魔力の密度が高まれば戦略級魔術も発動可能になる。
籠手を手に取り見詰めた瞬間、ワイズの頭の中に
<黒狼ノ籠手>の情報が押し込まれるように流れ込んだ。
「うぷっ!?」
「うげっ、なにいきなり吐いてんだよ!」
ワイズは籠手を落として背後に振り返り、喉まで迫り上がって来たものをぶちまけて肩で息をしながらもう一度籠手へと視線を向けた。
「はぁ、はあっ。頭の中にいきなり何かを詰め込まれたみたいだ。…気持ち悪い」
「マジで大丈夫か?」
「頭がくらくらするけどもう平気だよ。あ、そうだグラトの斧も見せてよ」
「はぁ?」
「この籠手の事がいきなり頭に一瞬で流れ込んできたから気持ちが悪くなったんだ。予め気構えておけば平気さ」
「何だか知らねえがまあいいや、ほらよ」
「ありがとう」
ワイズはグラトから斧―森猩々達の血を吸ったためか黒々としている―を受け取り、一度深呼吸してから斧を見詰めた。
<黒狼ノ爪斧> 黒色狼の鉤爪を埋め込んだ棍棒が鉤爪の侵食により変化したモノ。―
「この斧は<黒狼ノ爪斧>って名前みたいだね…ん?」
―形状変化する可能性は低いが、使用者へと効率的に魔力を収束させて、使用者の身体強化を加速させる。
情報の全てを視たワイズは、斧から視線をグラトの左腕の左腕へと向け無言で見つめ続けた。
「<黒狼ノ爪斧>ねぇ。悪かぁねえな」
「………」
「ん?何だよ、まだ何かあるのか?」
「え?いやいや!何も無いよ…」
グラトの言葉にハッとなったワイズは首を左右に振りながら猿の肉を物色し始めた。
「おい」
「コレ貰うよ」
手頃な大きさの塊を引き出し焚き火にかざして炙り始めた。
「こっち向けよ」
「……」
ワイズはグラトと決して目を合わせずに肉を炙り続けます。
「何なんだよ」
<白猿ノ怨呪> 森猩々《フォレストコング》の長寿個体の魔力と思念が自然術式化し取り込まれた呪い。術式核に近い部位から破壊される以前のものより強化される。強化された部位と本来の部位との境目より延びる根のような紋様は呪術の発露であり、頭部全体が覆われてしまうと意識が森猩々《フォレストコング》に塗り替えられてしまう。
「グラト」
肉を焼き上げて焚き火から離したワイズはグラトの左腕を凝視しながら声をかけました。
「何だよ、お前が見つけた草でも欲しいのか?」
「違うよ。いや、それもあるけどグラト、これから絶対に大きな怪我はしないでよ、じゃないと森猩々《フォレストコング》に乗っ取られるみたいだから」
「はぁ、何でそんな事になるんだよ?」
「この額の石でその腕が何なのかが理解るんだよ」
「便利だな。食えるもん探すのが楽そうだ」
「それは…そうなんだろうけど、そうじゃなくて」
「いいじゃねーか今は。早く食えよ、食ったら俺は寝るから非の番しててくれ今度は俺が寝るから」
ワイズはひとつ溜め息を吐いてから食事を始めました。グラトはワイズが気を失っている間にも食事していたらしく、グラトのすぐ脇に肉が綺麗にこそげ取られた大小様々な骨がうず高い小山になっています。
「そんじゃ寝るから頼むな」
グラトは一人先に食べ終えると直ぐ様その場で寝転び寝息をたて始めました。
「今は気にしてもしょうがないか」
ワイズは寝転ぶグラトを見ながら一言呟き食事を再開させた。




