うたおう赤石さん
「あたるくん! まんがかいたよ!」
「本当? どれどれ……」
こないだ言っていた漫画が完成したらしい。
僕はみたきちゃんからノートを受け取って中身を確認する。
+++くんは、とてもかっこいいです
わたしがこまってるとき、いつもたすけてくれます
そんなあたるくんが、わたしはだいすきです
「あたるくん? なんでなくの? そんなにつまらなかった? ごめんね……」
「違うんだ、違うんだよみたきちゃん……」
ベストセラー確定。
朝から号泣してしまいました。
それはともかく、僕はみたきちゃんの顔をまじまじと見つめます。
「? わたしのかおになにかついてる?」
みたきちゃんは可愛い。
知的障害者にしては、ではなく普通に可愛い。
サラサラとした髪、大きくてつぶらな瞳、小ぶりで思わずつまみたくなる鼻、ぷにぷにのほっぺ……
勿論僕の主観もかなり入っているかもしれませんが。
ともかく僕はそんなみたきちゃんをカメラでパシャリ。
「可愛いでしょ」
現像したそれを、ある日部室で赤石さんに見せます。
「……えーと、これが君の彼女?」
「ぼ、僕とみたきちゃんは別にそんな関係じゃ」
彼女だと言われて照れてしまい、赤石さんはかなりうざそうな表情(目が見えないので口元で判断するしかないのですが)です。
そうでした、僕は別にみたきちゃん自慢をしに来たわけではないのです。
「赤石さん改造計画に向けて、お手本となる可愛い女の子としてみたきちゃんを選んだんだよ」
人間第一印象が肝心です。みたきちゃんが周りに疎まれていたのも、目の焦点が合っていない、口から涎を垂らす、そんな理由が大きいと思うんですよ。
その証拠に初見で今のみたきちゃんが知的障害者だと気づかず普通に接することのできる人間もいるのです。
スタイルは一朝一夕で変えることはできませんが、顔とかならまだおめかしとかして変えることができるんじゃないか? と思ったわけです。
「……学校で逢えなくて寂しいからって僕を自分の彼女に似せようと言うわけか」
ところが僕の親切心を赤石さんは曲解してしまったらしく、僕を変態を見るような目で(多分)見てきます。
「そ、そんなわけないじゃないか。とにかく、そのぼそぼそ声治して、女子力上げて、目指せ脱地味女!」
「お節介だな本当に……ていうかあたる君が女子力とか言うとキモいんだけど……」
こういう冗談を言えるのだから、赤石さんの根の性格は割とフレンドリーな気がする。
きっと赤石さんは容姿に支配されているんだ。
地味な性格だから地味な容姿を好むのではなく、地味な容姿だから地味な性格になってしまったんだ。
「とりあえず発声練習から始めよう」
「はぁ」
赤石さんの声はぼそぼそで小さく、今は二人きりの狭い部室にいるからきちんと聞き取れるのであって、教室とかだと声が全然聞こえない。
みたきちゃんくらいとはいかないまでも、もっとはきはきと喋ることができれば印象は大分違うはずだ。
「発声練習って、あめんぼあかいなとか?」
「うーん、でも僕もそういうのは詳しくないからなあ。何か大きな声を出すのにうってつけの……そうだ、うたおう赤石さん」
「赤石さんは、カラオケ行ったことあるの?」
「ない」
僕達は学校を出て、近くのカラオケボックスへ向かいます。
カラオケなら大きな声も自然と出るだろうし、発声練習にはうってつけだと思うんだ。
そういえば僕、みたきちゃんとカラオケに行ったことがないや。
今度誘ってみようかな……なんて考えていたのですが、
「あ、あたるくん!」
誘うまでもなく、道端で猫と遊んでいたみたきちゃんに見つかってしまいました。
「みたきちゃん、帰ってなかったの?」
「おうちにいてもつまんないからねこさんとあそんでたの。そのおんなのひとだれ? ふりん? うわき?」
「違う、これは違うんだよみたきちゃん」
弁明をするも、みたきちゃんは何だか機嫌が悪そうで今にも泣きだしそうです。
どうにかみたきちゃんを宥めることはできないものかと考えた挙句僕は、
「今からカラオケ行くんだ。みたきちゃんも来る?」
「うん!」
苦し紛れにみたきちゃんを連れていくのでした。
「おーおーーーおーーおーーおーー」
カラオケボックスで、楽しそうに歌うみたきちゃん。それはいいのですが……
「なんか……ごめん」
「いや……別に」
僕と赤石さんは何だか気まずい感じ。
赤石さんからすれば、部活仲間がカラオケに誘ってきたと思ったらそいつの彼女がついてきたでござるといったところ。気まずくないわけがない。
「赤石さん、次歌入れなよ」
「いや、高下君から入れなよ」
日本人特有の譲り合い。とりあえず僕は流行りの歌を入れて歌う。
「上手だね」
僕の歌唱力を赤石さんはお世辞で褒めてくれましたが、
「あんまりうまくないね!」
みたきちゃんは痛烈な批評。時として純粋さは刃物となる。
次は赤石さんが歌う番だ。カラオケだし、いつもよりは大きな声を出すはず。
その感覚を体に覚えさせることで、普段から大きな声を出せるようにするのだ。
「うおんつー……いんでば……曲止めて」
しかし赤石さんはいきなりハイテンポな洋楽を選んだ結果歌えずに曲を止めるという悲惨な結果に。
赤石さんが洋楽を聞くというのは意外だな。
「いきなり洋楽は難しいよ。アニメの曲とか、そこらへんからにしようよ」
「あにめ! つぎわたしあにめのうたうたうね!」
そんな感じで、微妙にグダグダなままカラオケは進行。
「わたし、といれいってくる!」
2時間程してみたきちゃんがトイレのために部屋を出ていき、僕と赤石さんが取り残される。
みたきは童謡とかアニメの歌とか、商店街で流れているような流行りの歌を歌っていた。
声量はすごいし、それでいて普通に音感がある。歌って踊れるアイドルになれるのではないだろうか?
僕はあまり歌に興味のある方ではないので、自主的にCDとかを買ったりすることがなく、流行りの歌ばかり歌うミーハーな男となってしまった。
問題は赤石さんだ。赤石さんの好みは歌詞のないクラシックとテンポが速く歌詞が英語な洋楽。
赤石さんにはあまりにも難易度が高かったので、こちらで適当に曲を決めてデュエット形式で歌いました。
「……可愛いね」
「?」
次はどの曲を歌おうか悩んでいると、赤石さんがそう呟く。
「君の彼女だよ。君が自慢したくなるのもわかる。大事にしてやりなよ」
「そりゃ、赤石さんに言われるまでもないよ」
意外だな、赤石さんとみたきちゃんは相性が悪いと思っていたのだけど。
「ふふ、何だかあの子に元気をもらっちゃったよ。あの子がついてきて正解だったね、次、僕が入れていい?」
「どうぞどうぞ」
遠慮ばかりしていた赤石さんが自主的に歌うなんて、物凄い事だと思うんです。
「ただいま!じゅーすもってきたよ!」
トイレから帰ってきたみたきちゃんの手には、器用に三人分のソフトドリンクが。
「こらこらみたきちゃん、僕達ドリンクバーは頼んでないよ。それとドリンク混ぜすぎてコーヒーみたいになってるじゃないか」
「いいじゃん、ばれないばれない」
「ちょっと赤石さん」
まさか真面目そうな赤石さんの口からそんな言葉が飛び出すなんて。
まあ、ちょっと茶目っ気があった方がいいよね、うん。
「それじゃ、ばいばい!」
「またね、赤石さん」
「うん、それじゃあね、高下君、みたきちゃん」
中学生は遅くまでカラオケにいることはできない。
もう少し歌っていたかったが、お開きとなった。
赤石さんは後半何か吹っ切れたのか、かなり声量が出ていた。
「ねえねえ、あのおんなのひとって、あたるくんのかのじょ? かわいいね!」
赤石さんと別れて、みたきちゃんを家まで送り届ける最中、純粋な気持ちでみたきちゃんはそんな事を言うのですが、
「いや、違うんだよみたきちゃん。僕の彼女はみたきちゃん……いや、違う、みたきちゃんは」
僕はしどろもどろに。
今更だけど僕とみたきちゃんの関係って何なんだろうか?
こちらが友人だと思っていても、向こうは友人だと思っていない事なんてたくさんある。それは友達関係ではない。
恋人という概念を恐らくみたきちゃんが理解できていない以上、みたきちゃんと恋人関係になることなんて、きっとできないのだ。
でもいいじゃないか、現状で僕はそれなりに満足してるし。
翌日。
「おはよう」
「おはよう赤石さん」
教室で宿題をしていると、赤石さんが入ってきて僕に挨拶をする。
教室でもしっかりと赤石さんの声が聞こえる。
周りのクラスメイトが意外そうにこちらを見てくるくらいなのだからカラオケの効果はあったのだろう。
着実に、着実に赤石さん改造計画は進められている。
……けれどちょっと罪悪感を感じてしまうんだよね、みたきちゃんをしつけた身としては、赤石さんを自分好みにしてるだけなんじゃないか? と思ってしまって。
まあ、赤石さんも自分を変えようと思っているのか嫌がってはいないし、いいよね?
滅茶苦茶やる気のない挿絵。
主人公の名前が初期段階では+++となっていたのでその名残です。




