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義を持って!  作者: 某某
隆暗の章
2/4

虎が生まれた日

「うにゃぁ、う〜ぎゃあ〜〜〜!!」


1530年の睦月も終わる頃、北国特有のあまりに冷え切った早朝に、一人の赤子が産声を上げた。

ここは越後国(えちごのくに)の春日山城付近。身籠った者がそろそろ子供が産まれるという時に入る産屋(うぶや)に、また一つ新たな命が誕生した。


「はぁ...はぁ...為景(ためかげ)様との...初の御子...!」

と出産直後でつかれた様子の虎御前(とらごぜん)

為景とは彼女の夫であり、名は"長尾為景(ながおためかげ)"という。越後国の守護代であるのだが、彼はかつて主君を二度殺してこの守護代まで上り詰めた。所謂(いわゆる)「下剋上」である。


一方、春日山城に急いだ様子の使いの者が、為景に報告をするためやってきた。


春日山城―――。

長尾為景の居城で、この城の城下町は為景が作ったと言っても過言ではない。

越後国では京から近い順に上越、中越、下越となっており、春日山城は上越に位置している。

その立地、建築は最高であり、背後には日本海、周囲にはおよそ十程の砦。

現代では日本五大山城に認定されるほどで、この堅牢な山城はまさに要塞であり、越後屈指の攻めにくさを誇っている。

事実、春日山城が廃城になるまでこの城が陥落したことはない。


「為景様!ご報告に参りました!男子です!虎御前様が男子をお産みになりました!」

使いの者は少し息切れしつつも、手短に出産の報告を行った。


「お〜...ん〜?ん!?産まれたか!」

早朝であるからか、眠たげにこう言う男が為景だ。

この使いの者とは長年の仲なので、主従関係を超えた仲の良さが垣間見える。


「そうですそうです!やっとお産まれになったんですよ!あー!!!!!将来が楽しみだ!!!!!」

仲のいい使いの者とはいえ、なぜこんなにハイテンションなのか。甚だ疑問である。


「なぜお前が俺より嬉しそうなんだ...」

ほら見ろ。為景もドン引きである。


「だってこの子、なんか未来には有名になってあのへんに銅像でも立ってそうな気がするんですよー!!」

名もなき使いの者は早口でそう言って、ただの森を指す。


「な、何を言っているんだお前は...。普段から変なことを言うやつだとは思っていたが今日は一段とひどいぞ...。」

あの勇猛な武将であるはずの為景が何故か怯えているようにすら見える。

どうやらこの使いの者は、普段から冗談めかしく未来予知的なことを言っているらしい。


「女の勘ってやつですよ?」

使いの者はどこで知ったのか、また冗談をいった。


(本当に何を言っているんだ。まずお前は男だろ。)

心のなかで突っ込んだ為景であるが、現在の春日山城跡の中腹あたりには実際に銅像が立っている。


「それはそうと、俺も早く子の顔がみてえなあー」

為景は話を逸らすとともに本心をぽつりと漏らす。

産屋は男性の立ち入りが禁止されており、例え越後の最高権力者であっても立ち入りは許されなかったのである。


「そういえば為景様、お子様のお名前どうするんです?」

使いの者もさっきのことが嘘かのように淡々と言った。


「名前か...。寅年、寅の刻...。うむ、虎千代。虎千代だ。虎の方へ伝えてくれ。」

現在と違い、この時代の命名権は父親に帰する。

よって、この子の名前はもう決まったも同然である。

虎千代(とらちよ)。長尾虎千代の誕生である。


「虎千代様でございますね!?なんか越後の後継ぎが危な」

ここまで言って使いの者はやめた。

流石に冗談のラインを超えると考えたのであろう。


「む?なんだ?跡継ぎならば当然晴景(はるかげ)であろう?」

為景は不思議そうにそう返した。


「いやいや、何にもないですよ!そうです、我ら長尾には晴景様がいらっしゃいます!」

と使いの者はどこか焦ったようにそう言った。


長尾晴景。

為景の長男で、嫡男(ちゃくなん)である。

虎千代より21歳も年上の兄だ。

彼は病弱であるが、確かにその心に野心を宿しており、為景もまた彼を信頼していた。


使いの者がまた情報を伝えに伝え、産屋で早速名前の話が上がった。

「そう、虎千代...。良い名前ね。私の名前も虎なのだけど、為景様は私とどう呼び分けるつもりなんでしょうね?」

虎御前は少し微笑みながら側近に告げた。


「んー、虎御前様のことは"虎"、虎千代様のことは"虎千代"と仰っていたそうですので、そのままそう呼び分けるんじゃないですかね?」

側近は首を傾げつつ言った。


「なるほどねえ」

虎は半分くらい納得したように言った。


「う〜...ぎゃっ、ぎゃあ〜〜!!」

虎千代とさっき名付けられたばかりの赤子が叫ぶ。


「おーよしよし、お腹すいたのかなあ?」

虎は猫なで声だ。

これを母性とでも言うのだろうか。

いや、母性と言うにはまだまだ浅いかもしれない。


何日か時を経て為景は晴景と(あや)を呼んだ。

綾は晴景の妹であり、虎千代の六歳上の姉である。


「これがお前たちの弟だ。仲違いのせぬようにな。」

為景は虎千代を抱え、厳かにそう告げた。

二十一歳の兄はこれを重く受け止め、六歳の姉はこれをよくある文句だと片付けた。


「綾、これから俺とお前の兄は(まつりごと)をしなければならん。世話は頼んだぞ!」

為景は本当に頼りにしているかのように綾に告げた。

侍女も乳母もいるのは分かっているであろうが、何より姉弟の仲を深めてほしいという思いも確かにあっただろう。


「はいっ!父様!」

綾も真剣に応えるように言った。


「では晴景、行くぞ。」

まるで信頼のおいている家臣のような眼差しで晴景に告げた。


「御意。」

晴景もまた、真剣に応えた。


このとき皆、虎千代がどのように育つか、どのような人間になるか関心を抱いていたはずだ。

為景、虎御前、綾、晴景の家族に加え、使いの者、側近など、皆が未来の越後に期待を膨らませる時、その中に成長した虎千代の姿があることがどれほど幸せか。

人が産まれるというのは、新たな未来が生まれるということである。

人が産まれるというのは、新たな希望が生まれるということである。

では、虎千代が産まれたというのはどういうことか。


虎千代の未来は、希望は―――。

本文中に虎御前が、自身と虎千代の呼び分けを案じているところがあります。

しかし、史実では虎千代が産まれたからその母を虎御前と呼ぶ説が有力です。

本作品ではあえて定説ではない説を取っています。

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