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婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!  作者: 大月 津美姫
1章

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22 拐われたベアトリス

 ───────

 ────

 ──



 バシャッと冷たい水を顔にかけられたことで、身体が驚いたベアトリスの意識が浮上する。


「んっ……う、ぅっ……」


 身体だけではなく頭が鉛のように重くて、ベアトリスは自分が今どんな状況に置かれているか、何も考えられなかった。


「ベアトリス様、そろそろ起きて下さいませ」


 そんな声がして、ベアトリスは重い瞼を辛うじて持ち上げた。すると、ぼんやりとした視界にリリアンの姿が映る。


「リ、リアン、様……?」


 はっきりとしない思考だったが、目の前に彼女が居ることで、ベアトリスを誘い出して襲うよう令息たちに命じたのは聞かなくてもリリアンだと確信する。


「どうして、……こんなことを?」


 嗅がされた薬のせいか、ベアトリスは体に力が入らない。おまけに先ほどかけられた水のせいで顔と上半身が冷たく濡れている。

 ベアトリスは視線を動かして周囲の様子を確認した。辺りは壁に囲まれていて出口が一つあるのみだ。室内の雰囲気からして、ここが学園の何処かの部屋だということだけはわかった。

 部屋にはベアトリスを連れてきた令息たちの姿はなく、リリアンと二人きりだ。


「どうしてと言われても困りますわ。わたくし以前、ベアトリス様に忠告しましたよね? “アルバート様と別れて下さい”と」


 いつだったか、学園の敷地の端にある庭のベンチでリリアンと話したことをベアトリスは思い出す。まだうまく回らない頭でベアトリスは懸命に言葉を紡ぐ。


「あのお話は、まだ有効だったのですか?」

「当然ですわ」

「……リリアン様が、王家からわたくしとアルバート様に接近禁止を言い渡された時から、……わたくしは無効だと思っていましたわ」


 ベアトリスが思ったことを告げると、リリアンが不愉快そうに眉を歪めた。


「勝手に無効だと思い込んだのはベアトリス様ですわよね?」

「だって、……あれはアルバート様が、自ら国王陛下へ提案なさったとお聞きしましたもの」

「っ! それは! 貴女がアルバート様を唆したからでしょう!?」


 声を張り上げたリリアンの表情が醜く歪む。


「唆しただなんて、わたくしはアルバート様にそのようなお願いはしていません」


 話しているうちに段々と意識がはっきりしてきたベアトリスは、少しずつ体に力が入るようになった。腕に力を込めてゆっくり起き上がる。身体は拘束されなかったようで、ひとまず床に座り込むことが出来た。


「もしもそうだとするなら、ベアトリス様がアルバート様を誘惑したのね!? 彼が急にわたくしを避けて距離を置くようになった! そこに貴女が関わっているのは間違いありませんわ!!」


 そう言われても、アルバートが婚約解消を申し出た一週間後に、ベアトリスはそれを取り消したいと言われている。その間、ベアトリスはアルバートと会っていない。だからベアトリスが彼を説得することも誘惑することも不可能だった。


 だが、王家とリュセラーデ侯爵家が秘密裏に交わした婚約解消に関する話し合いをリリアンに明かすわけにはいかない。


「いいえ、リリアン様。わたくしはアルバート様を唆したり、誘惑したことはありません」


 今のベアトリスはそう答えるので精一杯だった。


「だったら、どうしてアルバート様は考えを変えられましたの!?」

「それは分かりません。それについては、わたくしも知りたいのです」


 これはきっと、いつか馬車の中で話した“アルバート様がわたくしの信頼を取り戻したら話す”と約束してくださったことと関係がある筈だわ。


 何となくそう感じたベアトリスは、あの日のアルバートを思い出していた。


 今のわたくしがお願いしたら、アルバート様は話してくださるかしら?


 ベアトリスは強引な手段でリリアンの元へ連れてこられたが、ふとアルバートとの約束を思い出して無意識に口許が緩んでしまう。


「なっ!? 今笑いましたわね! 何がおかしいんですの!?」


 リリアンが興奮気味にベアトリスを問い詰める。その声でベアトリスは一気に現実へ引き戻された。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりは……」

「大体! どうしてベアトリス様はまだアルバート様とフランク様の傍にいらっしゃるの!? 本当ならそこはヒロインであるわたくしの居場所なのよ!?」


 “ヒロイン”それは以前にも聞いた言葉だった。孤児院でリリアンが口にしていた単語だ。


「貴女がゲームと違って未だにアルバート様の婚約者として彼の傍にいるからっ!! わたくしがアルバート様や生徒会の皆様と親密になれないじゃない!!」


「ゲーム……?」


 ゲームというのは、リリアン様が皆様と何かの娯楽を共にして楽しまれている、ということかしら? でもそこで、そのような輪に参加したことがないわたくしの名前が出てくるのはおかしいですわよね?


「っ! まさか! ベアトリス様も異世界転生者なの!?」


 ハッとしたリリアンは一度大きく目を見開くと、ベアトリスを睨み付けるような鋭い視線で見た。


「い、異世界転生者? ですか? それは何ですの?」


 ゲームの次は聞き慣れない言葉が飛び出してきて、ベアトリスの頭に疑問が浮かんでいた。


 言葉の意味を単純に分解して解釈すると、こことは違う世界で生まれ変わった人という意味になりそうですけれど、合っているかしら?


「惚けても無駄よ! そうだわ!! そうでなければゲームと展開が違うことへの説明がつかないもの!!」


 一人で納得したように自己完結するリリアンにベアトリスは不気味さを覚えた。


「わたくしが将来、一生贅沢に楽して暮らせる未来のためにもベアトリス様はここで身を引いてくださいませ。でないと記憶の秘薬を使って、貴女の記憶を消すことになりますわ」


 話しながら、リリアンはポケットから一つ小瓶を取り出した。中の透明な液体がゆらりと揺れる。


「秘薬? ……それも、記憶を消すと仰いました?」


ベアトリスの問い掛けに「えぇ。その通りですわ」とリリアンは何食わぬ顔で答えた。

 記憶を消す秘薬は非現実的に思える内容だが、ベアトリスには心当たりがあった。


 考古学の授業によると、その昔、この国には魔女が存在したとされている。そして魔女が残した秘薬のレシピが存在し、秘薬は今でも闇市で流通しているそうだ。

 時代と共に魔女は姿を消し、現代では魔法も残っていないが秘薬だけは残った。だが、魔法を使えない人間が秘薬を作ると不完全な秘薬が出来上がってしまう。そのため、秘薬は危険物扱いとなっており、世界中で製造と販売はもちろん、使用が禁止されている。


 それでも、時々秘薬の被害に遭い、苦しんでいる人がいるらしい。そんな幻に近いような存在が魔女の秘薬で、記憶の秘薬はその一つだ。だから、ベアトリスはリリアンが嘘を吐いているのかと困惑する。しかし、リリアンが手にしている小瓶の中身が本当に秘薬だとすると、それは大変なことだった。

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悪役令嬢にされてしまった公爵令嬢は未来の旦那様を探す旅に出たい〜それなのに、婚約破棄だと言ってきた王太子殿下が止めてきます〜
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