20 フランクが感じ取った違和感
翌日、馬車を降りたベアトリスは学園の敷地内でアルバートが登校してくるのを待っていた。
『君の方が早く学園に着いた時は、私が到着するのを待つように伝えただろう』
そう言っていたアルバートの言葉を守ってのことだった。
一方的に冷たい態度を取ってしまった昨日の今日で会うのは気まずい気分だったが、ベアトリスはアルバートに直接会って謝りたかった。だけど、今日に限ってアルバートが到着するまでが長く感じる。
アルバート様はまだかしら? と思いながらベアトリスは緊張を膨らませる。こんな日に限ってフランクもまだ来ていないようで、そわそわと落ち着かない。
もしかして、急ぎの公務が入ったのかしら?
アルバートは学園の生徒である前に、このラドネラリア王国の王太子だ。王太子として対応が必要な案件があれば急に欠席したり、遅れて登校してくることもある。
一先ず、今朝はアルバート様を待つのを諦めた方が良いかしら? とベアトリスが考え始めた頃、男子生徒二人が声をかけてきた。
「ベアトリス嬢、アルバート王太子殿下のことでお話があります」
「一緒に来て頂けますか?」
彼らは学年が一つ下の生徒で、普段ベアトリスとは関わりのない令息たちだった。
“アルバート様のこと”ということは、彼らはアルバート様と関わりがある方たちかしら?
「あなた方は殿下とどういったご関係ですか?」
ベアトリスの質問に一人が「とても良くしていただいております」と答える。
後輩がアルバート様と関わることがあるとすれば、生徒会の方かしら? 案内を任されているのであれば、殿下は既に生徒会のお仕事で学園にいらっしゃっている?
「もしかして、殿下は既に学園へ到着されているのですか?」
「ご案内します」
ベアトリスの質問に令息はこちらへどうぞと、進行方向へ手を差し出す。
生徒会メンバーでアルバート様の後輩なら信用して大丈夫でしょう。……でもこの方たち、生徒会にいらっしゃったかしら?
少しの疑問がベアトリスの頭を過る。けれど、アルバートが生徒会の仕事をしていて、既に学園内にいるのであればベアトリスがここで待っていても彼に会えないのは確かだった。
大丈夫。彼らが怪しいと思ったら、途中で適当に抜け出せばいいわ。
そう考えてベアトリスは彼らに頷く。
「分かりました。では案内を頼みます」
少しでも早くアルバートに会って、昨日のことを謝りたい。そんな一心でベアトリスは令息たちに着いて行った。
「……ベアトリス?」
少し離れた場所から不思議そうなフランクの声が風に拐われる。馬車を降りたばかりのフランクの視線は何処かへ向かうベアトリスの後ろ姿を捉えていた。
一緒にいるのはアルバート……ではないな。
ここ最近、ベアトリスを心配して過保護になっているアルバートは授業以外でベアトリスを一人にしないよう気を付けていた。そのためにフランクに協力を依頼するほどだ。
近頃はリリアンの件で生徒会も忙しい。ベアトリスのことで協力を依頼しておきながら、一向に頼ろうとしてこないので、何度かフランクの方から『明日の出迎えは代わろうか?』と提案したほどだ。だが、アルバートは『朝だけでもベアトリスに会いたいんだ』と言って、フランクに頼ることなくベアトリスと学園の敷地から教室までの距離を共に歩いていた。
今までも、ベアトリスが一人で先に校舎へ向かおうとしていたことはあったが……
嫌な予感がする。
そう思って、フランクは先ほどベアトリスの後ろ姿が見えた場所に再び視線を向ける。だが、もうそこに彼女の姿は見当たらない。
違和感を感じて、フランクの胸に胸騒ぎにも似た焦りが込み上げてくる。
「おはよう、フランク」
そんなとき後ろからアルバートの声がした。ハッと振り向いたフランクは思わず、アルバートの肩を掴む。
「アルバート! まさかとは思うが、今朝誰かにベアトリスを教室まで送るように頼んだか!?」
普段とは違ったフランクの口調にアルバートは一瞬呆気に取られる。
「え? あ、いや? 少しでも彼女と一緒にいたいから誰にも頼んでいない。それに、もし頼むなら君に頼んでいるよ。……何かあったのか?」
その問いかけに、フランクは先ほど見た光景をアルバートに伝え始めた。




