第0・2話
密林は全くの未開の地ではなかったらしい。
マリルとケイに連れられてしばらく道なき道を進むと、馬車一台が通れる程度の車輪が通った後の独特な凹凸の出来た無舗装の道に出て、付近の木を間引きしたちょっとした広場に停車させてあった荷車にたどり着く。
荷車自体は、二人で手で引いてきたという事だったが、なぜ馬を使ってないのだろうという疑問はあった。
簡単な事だ。荷車を引いても街まではどうやら数時間といった距離らしい。人口の程は分からないが、この住み慣れた密林に面した平原の開発のために作られた開拓者の集まる拠点的な街だという事だ。
いわゆる冒険者を中心とした街。であれば、密猟を生業とする者も集まるというものなのだろう。
ちなみに、この荷車だが。どうも討伐対象だった俺の死骸を運ぶために冒険者組合から借りてきたらしい。今回は密猟者共を乗せて運ぶ事になったわけだが、トラでありながら、猛獣でありながら人語を理解して意思疎通のある程度出来る俺がマリル達の言いなりであると街の兵士達やその他住民に人目で解ってもらうために俺が荷車を引かされている。
大して重くないから良いんだけど。
街の通用門に着いた時の門番達の驚き用はそれは愉快だった。
猛獣が獣使いでも無い少女達に荷車を引かされて、さも当然のようにやって来たのだからそれは驚くだろう。
初めは半信半疑だったらしいが、マリルが俺に「密猟者を噛んで!」「やっぱりまてっ! 傷つけちゃダメ!」と俺の事をちゃんと躾けられてますよという芝居に門番達も納得せざるを得ず、「冒険者組合で守護獣登録をちゃんと済ませるように!」と言い含められて街の中に通された。
密猟者共は通用門付近の兵舎に連行され、街を預かる貴族の館で裁判にかけられるそうだ。まぁ、俺の知っている裁判とはかなり違うもので、大した罪には問われそうも無いようだが。
街は歪な円形に発達しており、外周を直径10センチ以上のそこそこ太さの揃った丸太で作られた、高さ3メートルの柵に覆われており、東西に通用門はひとつずつ。やはり丸太を荒縄で頑丈に縛って組み合わされた上下に開閉する扉で守られた堅牢な門。
その門を通ると、街は丸太を組み合わせた四角い作りの家が所狭しと立てられており、表通りの道幅は4メートルほどの道が真っ直ぐに反対側の門に向かって伸びている。
四角い作りの家は、一軒あたり6〜8畳の一間。壁があったり無かったりで、大概の家は壁の代わりに動物から剥ぎ取った革を鞣して縫い合わせた幕を周囲に張り付けて風雨から中を守っているようだ。
一応、板張りの天井があってそこには干した草を束ねて敷き詰めて雨を防いでいる。
中には、周囲に板を隙間無く打ち付けたまともな家もあるが、どれもこれも大差なくボロ屋だ。
開拓者の街といっても、住民の半分は冒険者という。まるで西部劇を思わせるな。
郊外にトウモロコシや芋を栽培する畑がいくつも見えたが、鉱物資源を掘り当てる洞窟を掘ったり密林の豊富な獣を狩るのが主産業らしい。道ゆく人々の多くは鎧として鞣革を縫い付けた、あるいは鞣革で作られた革鎧に身を包み、剣や手斧、槍で武装した者ばかり。
剣呑な雰囲気で、常に何処かで小競り合いが起きているような治安の悪さだ。主要な道には常に全身板金鎧に身を包んだ兵士が3人一組で見回っており、荒くれ者揃いの住民に目を光らせている。
そんな街の中心部には大きな5つの井戸を中心に抱いた円形の広場があり、その周辺の建物はどうやら屋根と壁の頑丈な木造建築物が立ち並び、四方に一軒ずつ、4軒の冒険者の宿と、獣を繋ぎ止めておく家畜舎が立ち並び、冒険者の宿は3回建で一階に酒場ホールを有した50人は泊まれる大きな建物になっていた。
家畜舎は平家建ての四角く大きな建築物で、馬ばかりの厩が3軒と、冒険者達に使役される獣を集めた獣舎が2軒。俺が繋ぎ止められる事になったのは当然獣舎の方で、軽装な鎧に身を包んだ小剣と鞭で武装した獣使い達に監視されたちょっとした牢獄になっている。
木の壁で遮られた4畳半のブースと、やはり4畳半の鉄格子の檻に大別され、猛獣の俺は当然檻の中だ。
猛獣はトラは俺以外にも5頭。他に俺と同じくらいデカい大トカゲやら大型犬、サイが檻に入れられていた。
どいつもこいつも、常に見回って歩く男女の獣使い達を凶暴な目つきで睨みつけており、人間達と良好な関係を結んでいるとは言いがたい。
ちなみに獣舎に床は無く、土が剥き出しになっていて埃っぽい。そして見回りの獣使い達は時折鞭で檻を叩き威嚇して歩いている。猛獣達に恐怖を植え付けるためだとケイが言っていたが、守る限り猛獣達に効果があるようには見えなかった。
マリルとケイは、俺に首輪を付けて檻に預けると、「決まりだからしばらく我慢してね」と言い含めて宿へと帰って行った。当然の扱いだと思う。
子トラは連れ帰ったようだが。
しかしアレだな。そこかしこから唸り声や呻き声、吠え声の響く獣舎の中ってむさ苦しくていけないな。見回りの中に時々混じっている女の獣使いでもウォッチングして目の保養にして耐えるしか無いな。
騒いでも仕方ないと草を敷き詰められた檻の床に寝転ぶと、前脚《両腕》をクロスさせて顎を乗せて休む。
マリル達、セックスしに来てくれないかな。むさ苦しすぎて死んでしまいそうだよ。
と、肉の塊を満載したカートを押して一人の獣使いの娘が猛獣の檻を回って鉄格子の隙間から肉を放って回って来た。どうやら晩飯のようだ。
俺の檻の中にも一塊放り込まれる。匂いから知るとブタの肉のようだ。他の猛獣達は待ってましたと言わんばかりに肉塊にむしゃぶりついて荒々しく食事を取っている。慌てなくても肉塊なんぞ逃げはしないだろうに。
まぁ、俺も食っとくか。
落ち着いた様子でゆっくりと咀嚼し、時に適度な大きさに噛みちぎって味わいながら食事を取っていると、肉を配り終えた空のカートを押す獣使いの娘が俺の檻の前に止まって覗き込んで来ていた。
見せ物じゃ無いぞ、このう。
気分が悪いので肉塊を反対側に動かして背中を向けて食事を再開。しばらくして、娘はカートを押して去って行った。
そういえばマリルが別れ際に、一週間もすれば出せるから、そうしたら一緒に暮らせるから我慢してほしいっていってた気がするが。マリル達騙されてないだろうな・・・。本当に大丈夫なんだろうな・・・。
考えても獣の姿で、何より檻の中で何が出来るわけでも無いので、諦めて今日は寝る事にした。