24話 過去と喧嘩
私が命令を聞かなかったのが効いたのか、ランスは話しを聞いてくれる。
私が生まれた理由は実験の為だった。
元々王国と帝国は魔法と魔術に長けており、その技術を利用して、新たな力をどんどんつけていく。そのうえ勇者召喚もその2国しか使えず。三国からなる均衡は獣国の遅れにより、少しづつ崩れかけていた。
それでは困る獣国がとった策が、魔族側と手を組み新しい種を作り出す物だった。
魔族は離島に住んでおり、ほとんど3国との関わりはないが、力を徐々につけて行く2国を脅威には思っていた。いつか自分達が狙われるのではないかと。そんな時に獣国からの打診があったのだから、受けない手はない。いざと言う時に守ってもらえる相手としては申し分ないのだから。
実験の内容としては、身体能力が高く荒事に向いている獣人と、魔力量が多く魔法に高い適正を持つ魔族を交配させ、2つの力を合わせ持つ子供を作る事だった。獣人の成長速度は速い。5年程で成体になり普通に戦えるようになる。
最初に生まれたのは10人。そのほとんどが両方の力を引き継ぎ、能力自体は凄い物だった。しかし成長するにつれ、元々の荒い気性と高い魔力が合わさり力に支配され暴走してしまう。暴走した10人は最早自分の意思などなく、ただ暴れまわる魔獣に成り下がる。
獣国に多大な被害をだし、野に放たれた魔獣は好き勝手暴れた挙句、2国の協力によって討伐される。獣国は批判され、2国の圧力により、実験は即中止となり永久に凍結される事になるはずだった。
しかし当時の獣王がその力の素晴らしさに魅力され、秘密裏に再開される事となる。
獣人では気性が荒く、知能も足りないので、少し能力と成長速度は落ちるが亜人を使う事になった。
ついでに魔族側が持っていた、相手の行動を抑制する紋を使い、万が一の場合にも備える。そうした準備の元行われた2回目の実験は成功し、能力が高いままに安定して扱える兵士が出来上がった。彼等は『ヴィエーディマの獣』と呼ばれ国に監禁され、自由を与えられず、ただ生涯を戦う事の為だけに使うのだった。これがおよそ30年前の出来事。
実験の成功により、2国に劣らぬ力を得た獣国は更なる力を求め実験を加速していった。そして10年前の惨劇に繋がる。
私は一旦話しをやめ、ランスの反応を待つ。
「何の話し?」
どうやらランスはこの世界の歴史を知らないらしい、何も教えてもらえないまま城を追い出されたのだから、当然か。
「私の過去に繋がる話し。続けてもいい?」
ランスは少し混乱していたが頷いてくれた。
さっきも言ったけど、私はこの実験によって生まれた子供だ。他の子供と違うのは5歳くらいまでは両親の元で暮らしていたぐらいだ。
私の両親は愛しあっていた。大体が交配するだけの関係の中これは珍しい事だ。
でもその愛が私にも向くかと言われればそうでもない。最初から居なくなる事が分かっている子供を愛する筈はなく、居ない物同然の扱い。
そして私は産まれる前から生贄だった。
両親は最初の子供を渡す代わりに2人目は自分達の子供として育てたいと。国と取り引きをしていたのだ。
私は犠牲になった。最初から決まっていた事だが、この真実を知った時には酷く落ち込んだ。もう誰も信用出来なくなっていた。愛してくれなくても親は親だ。その絶対な存在に捨てられる事が私の心を殺す第一歩になったのだ。
そして私は実験施設に行き、3年間そこで人体実験をされる事になる。
私は戦う為に連れてこられたのではなく、体がどの程度の負荷になら耐えられ、暴走をしないのかを実験する為に連れてこられたのだ。
色々な事をされた。食事と睡眠時間を限界まで減らされたり。身動き出来ない状態で何日も放置されたり。毒物を打たれどこまで耐えられるかや、傷の治りをみる為に何箇所も骨折させられた事もあった。本当に様々な事を3年間毎日やられた。最初はいつか終わるだろうと頑張っていたが、終わりは見えず。私の心はどんどん死んでいった。最後の方には全てを諦め、ただ動く人形になっていたと思う。
そして8歳の時にあの事件が起きた。私達とは違う特別な6人が暴走したのだ。魔族が用意した紋も打ち破られ、力を制御出来なくなった。その6人は獣国を破壊し、他国にも被害を出した。愚かな事に同じ事を繰り返したのだ。
私は瓦礫の下敷きになっている所を奴隷商に拾われ、そのまま奴隷となった。ランスと出会うまでの役10年はずっと奴隷だった。
最初はやっと地獄が終わると思って少し前向きになれた。でも地獄が終わる事は無かった。毎日男に弄ばれる。結局は施設にいた頃と何も変わらない。
でも相手は人だからと、誰か私の手を取ってくれるかもしれないと、少しの希望を抱いた事もある。でもそれが訪れる事は無かった。ランスが私の手を取ってくれるまでは。
最初は2年。次の場所で3年。その次は2年。最後の王城にも3年いた。同じ所にいた奴隷が死んで行くのを何度も何度もみた。私が今まで生きてこられたのは奇跡に近いと思う。
「これが私の過去。本当の名前も覚えてるけど、知りたい?」
俺は雪の話しを聞き、少し正気に戻っていた。単純かもしれないが、雪を優先したのは少なくとも間違いではないと思えたからだ。本当に誰からも愛されず、辛いだけの人生だったと思う。その雪が俺の事を心配して辛い過去を話してくれている。こんな駄目な主人の為に。俺は雪の手を強く握っていた。
「教えるのが嫌じゃないなら。知りたいかな。」
「嫌な事は全部話したから。本当の名前はね、スノーティアだよ。」
とても綺麗な名前だと思う。雪って名前よりいい気さえしてくる。でも雪にとっては嫌な名前だろう。両親は最低な人物なのだから。
「いい名前だと思う。でも雪の方が似合ってるかな。」
「私もそう思う。それに私を必要としてくれた人が付けてくれた名前だから。私にとっては雪の方が大事な名前だよ。」
笑顔で言ってくれている。話したくない事を話してくれた。それは凄く勇気がいる事だと思う。だから俺も話さないといけない。焦っている理由を何を目的としているかを、雪を蔑ろにしようとしてた事を。
「ありがとう雪。俺も今思ってる事話すよ。」
そう言うと頷いてくれた。
俺が目標としている事の1つは王城で酷い目に合った女性達を救う事。テンビンさんの話しによると、あの時王城にいた女性達は全員売りに出されたらしい。だから雪はテンビンさんの所にいた。その女性達をテンビンさんに頼んで探してもらい、見つかったら買ってもらうようにお願いした。その後は一旦俺が主人になり、街の人に頼んで働かせてもらうのが計画だった。休みの日はなるべく街に顔を出し、何人かには了承も得ていた。
ただこの計画には金が必要で早く稼がなければ行けないのも分かっていた。
でも俺は雪を優先して、ギルドの仕事を先延ばしにした。その時はそれが正しいと思ったから、雪を1人にしたくなかったから。
でもその選択のせいで、金を稼ぐ事が遠のいてしまう。エリスの出した条件が思いの外厳しかったからだ。
この辺りから俺は焦り始めていた。早くしないと助けられなくなると、そしてそれが現実になる。1人死んでしまったとテンビンさんから聞いた。
ある程度は覚悟はしていた。全員は救えない事は心のどこかで分かっていた。分かっていたけど、実際に直面するとその重さは尋常じゃなかった。
最初は雪の方が重かった。大事な意味でだ。
でも1人死んでしまったと聞いた後は完全に彼女達の方が重くなっていた。
「俺は後悔したんだ。」
1度話しを切り、雪に話しかける。
「何に後悔したの?」
雪もうすうす感づいてるかもしれない。
言いたくない。この言葉は雪を傷つける。
「ランス大丈夫だから。言って。」
俺が口ごもっていると雪が先をさとす。
「……。雪を優先した事を。」
ランスは小さい声で言っていた。
まさかこんな事を考えていたとは思わなかった。奴隷商の所に通っていたのは気になってはいたが、こんな理由だったとは。
本当に優しい御主人様だ。でも間違っている。色々と間違っている。
私は否定の意も込めて言う。
「あれはランスの罪じゃない。奴隷にとっては日常的な事で、私と一緒にいた奴隷達もそれは分かっていて、ランスを責める人なんていない。なのにずっと気にして、全部自分で背負い込んで。誰にも相談せず、1人で悩んで倒れるまで無理して頑張るなんて。馬鹿だ。」
少し怒り口調で言っていたからか、ランスも少し怒りながら反論してくる。
「あれが日常な訳ないだろ!俺が居たから酷くなった。俺の罪なんだよ!それに相談出来る訳ないだろ、ただでさえ養ってもらってるのに、これ以上金がかかる事なんて頼める訳ない。雪にも関係する事だから言いたくなかったし、俺が1人で頑張るしかなかった。」
「だから、それが間違ってるんだよ。それに私の事だってそう。優先して後悔して何が悪いの?ランスの目的を考えるなら後悔して当たり前だよ。私の事なんかほっといて先に仕事しちゃえば良かったんだから。
あの時のランスの言葉と想いは嬉しかった。でもこんな状態になっちゃうんじゃ意味ないよ。私も焦っていたけど、ランスならその後いくらでもフォロー出来たでしょ?私をここまで人に戻してくれたランスなら出来たんだよ。私はランスの手の届く距離に居るんだから。いつでも最優先じゃなくていい。」
「何が間違ってるんだよ!そうするしか方法がないだろ?雪の事にしたって、そんな簡単に言うなよ!後悔して当たり前?ほっとけばよかった?後でいくらでもフォローできる?最優先じゃなくていい?そんな事が出来てたら、こんな悩んでないんだよ、あの時はこれが正解だと思った。一番近くに居る雪から助けたかったんだ。」
「全部間違ってる。ランスにとっての最優先は何?何が大事なの?」
「雪も含めて、罪滅ぼしする事だよ。」
パチン!!
夢から覚めた時と同じ衝撃が俺の頬にくる。雪にビンタされていた。
「それはランスの自己満足だよ。誰も望んでない。」
訳が分からない。ビンタされた意味も何が自己満足なのかも。雪が言ってる事が理解出来ない。俺の罪滅ぼしで助かった癖に。
俺はさらにイライラしていた。ここ最近の状況で余裕もない。
「自己満足でも何でもいいけど、それのおかげで雪は助かったんだろ!俺の罪滅ぼしがなけりゃ、今も奴隷だったんだから。」
イライラと余裕のなさで、言ってしまう。雪には酷な言葉を。望んで奴隷になった訳ではないのに。
パチン!!
2度目のビンタを食らう。これは当然だ。
「ずっと、ずっと、ずっとそんな気持ちで私に接していたの?」
雪は泣きながら言ってくる。俺の心は荒んでいて、何も言い返せない。
「答えて!ただ罪滅ぼしの為だけに私に優しく接していたの?優しい言葉をくれたの?私の気持ちを救ってくれたの?出会ってから今までの事は全部罪滅ぼしの為にやった事なの?」
今までにないくらい熱くなっていた。でもそれの何が重要なのか分からない。助かった事に変わりはないのだから。
「そうだよ。全部罪滅ぼしの為だよ。」
間違いではない。雪も王城にいた1人なのだから。
「そう。ならランスの今までの言葉や想いは全部嘘って事だね。私の事を気遣ってる振りをしているだけ。大事とか大切だとか言ってたけど、罪滅ぼしが終わったら私も必要なくなるんでしょ?何に悩んでるのか分からない。答えはもう出てるのに。最優先が罪滅ぼしなら、私の気持ちなんて考える必要ないでしょ?エリスとの約束を律儀に守る必要もない。もう十分強くなったんだから、勝手に仕事しちゃえばいい。ランスが言ってるのはそうゆう事だよ。」
雪の言葉に反論出来ない。罪滅ぼしの為だけに雪に優しくした訳じゃない。想った気持ちも本当だ。でも最優先が罪滅ぼしだと嘘になる。それに俺の行動が酷く矛盾している。雪を優先した事もエリスとの約束を破れない事も。なら俺にとっての最優先は何なのか?
それが分からない。1人で焦って暴走して、迷惑かけて喚く事しかしていない。心はブレブレで一本の芯もない状態だ。最初から間違えていた。1人で抱えられる問題じゃなかった。でも変なプライドが邪魔して相談出来なかった。その結果が今だ。それに気づくには遅すぎた。もう犠牲は出てしまったのだから。
「……。」
何も言えない。どうすれば良いのか分からない。
「ランス。今日と明日はゆっくり休んで考えて。今までの事もこれからの事も。どうしたいかはランスが決める事だよ。正しい事なら従うから、間違ってる事なら反対するから。1人で持ちきれないなら、私も一緒にもつから。2人でもキツイなら今はエリス達を頼ってもいいんだから。1人じゃないんだよランス。」
雪は優しくそう言うと俺の耳元で一言だけ言って部屋を出て行ってしまう。
いつの間にか怒りも焦りも消えていた。ただ我武者羅にやっているだけでは駄目だと気づけた。今の疲れている状態ではまともな考えなど浮かぶ筈もない。
「私はパートナーだから。」
か。あんなに酷い醜態をさらしたのにまだそう言ってくれる雪の気持ちが嬉しかった。
だから従う事にする。とにかく今は休もう。俺はそう思い眠りにつくのだった。
コンコン。
「入っていいですよ。」
ルーンから許可が下りる。起きててくれたんだろうか?
ユ「夜遅くにごめんね。」
エ「気にすんな。どうせ寝る気なんてないんだから。」
何故かエリスもいてそう答えてくる。
ル「まぁ、その通りなんですけどね。どうしたんですか?」
ユ「ランスと話した。」
エ「どうだった?」
ユ「少しは落ち着いたと思う。それとごめんなさい。」
ル「何でユキちゃんが謝るんですか?」
ユ「ランスがああなったのは私のせいでもあるから。」
エ「話しはルーンから聞いた。ユキのせいではないだろ。あの馬鹿が悪い。」
ユ「でも私を最初に選ばなければ苦しむ事はなかった。」
そうだ。ランスの前では言えなかったけど、他の奴隷を選んでれば、私があの場に居なければランスはこんなに苦しむ言葉はなかったんだ。
エ「全くユキまで馬鹿になるなよ。」
ル「本当ですよ。ランス君のお馬鹿が移ったのかも知れませんね。」
ユ「でも事実でしょ?」
何故か私まで馬鹿呼ばわりされたが間違った事は言ってない。
エ「私は最初は反対だったがな、今ではランスの判断が正しいと思ってるよ。ユキを選んで正解だったとな。」
ル「そうですね。ユキちゃんは賢いですし、それに悩みも苦しみも必要な物です。人が成長するには壁が必要なんです。そして乗り越える為には信頼出来る人の協力が必要です。ユキちゃんはその二つをランス君に与えてくれます。これはとても重要な事なんですよ。」
ユ「本当にそう思う?私はランスの話しを聞いて苦しかった。怖かった。邪魔になってる気がして、ずっとずっと胸が痛かった。」
エ「それでもちゃんと向き合って、想いは伝えたんだろ?」
ユ「うん。」
エ「それが出来る心の強さを持った奴隷はいない。だからユキを選んだ事だけは褒めてやりたいよ。」
ル「フフフ。本当ですね。それにユキちゃんは私の可愛い妹です!ランス君の苦しみなんて知ったこっちゃありません!!」
ユ「それは酷いと思う。でもありがとう。」
2人の気持ちが嬉しかった。私もずっと不安だったのかも知れない。まだ問題は解決した訳ではないけど、いい方向に向かってると思いたい。そう考えてると珍しくエリスが私を抱きしめてくれる。
エ「まだ終わってはないけど、よく頑張ったな。これからも頼むぞユキ。」
私は無意識に泣いていた。
エリスはとても包容力があり、暖かかった。
「うん。頑張る。」
ランスがどういった答えを出すかは分からない。私に今出来る事は強くある事だけだ。




