表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/121

つらら城の花嫁 23

 もはや瘴気すら残さず、スノーガルーが消え。

 黄金の輝きは、ゆっくりと、萎むように消えていった。


 そして、空中で十字架めいたポーズで固定されていたダンが、白を取り戻した雪原に降りてくる。

 ざ、と足元の雪を踏み締めたその男は、力強く右拳を虚空に掲げた。


「正義は……勝つ!」


 張りのある、良い声だった。肌面積九割の男の口から出たものでなければ、もっといいセリフだったに違いない。

 太悟はダンに駆け寄った。


「すごかったよ今の技! いろんな意味で! できれば鎧着てる時に見たかったな……」


「わはは、これぞ女神様の威光よ」


 褒められて気を良くしたダンが、その分厚い胸を張る。後半は聞こえなかったらしい。

 何にしてもスノーガルーは斃れ、ひとまずの危機は脱した。新手が現れない内に、街に戻りたいところだが。

 と、ダンがすいと平原の向こうへ手を伸ばす。


「浮かんでいる時に見えたが、あちらにブランマスの街並みが見えたぞ。そう遠くはないようだ」


「本当? なら、急がないと」


 装備を取り戻さなければならない。ファルケたちの居場所も確かめなければならない。

 この地で何が起きているのか、全部ひっくるめて決着をつける必要がある。

 そのためには、まず―――太悟は、ここからでは見えないブランマスを睨みつけた。

 正確には、そこにいるはずの男を。


「わかってるよなあ、スルロフ」


 太悟は吐き捨てるように言った。ぱき、と拳を鳴らす。

 聞きたいことは、山ほどあるのだ。

 そして、優しく口を開かさせてやる段階は、とっくの昔に過ぎている。


「うむ、その意気だぞ太悟!」


 ダンがにかりと笑う。が、その瞳には獰猛な気配が宿っていた。

 彼は誰もが認める善男であり心優しいゴリラだが、何もかもを許すというわけではない。

 特に、すでに大勢の犠牲者が出ている状況では。


 太悟とダンは振り返る。

 今や倒れた木の根本。そこに散らばる、無数の骨。

 味方に騙され、戦うことすらできずに殺された勇士たち。


 ダンが黙祷を捧げる。太悟もそれに習った。

 できれば、後でしっかり弔ってやりたい。それが、彼らに残った最後の権利であろう。


 腹の中で、新たな怒りが込み上がってくるのを、太悟は感じていた。

 直接の犯人であるスノーガルーは死んだ。では、共犯者にして裏切り者はどうすべきか。


(せいぜい、言い訳を考えておけよ)


 それで、自分たちを同情させてみるがいい。

 しかたがなかったと、思わせてみるがいい。

 さもなくば。


 太悟とダンは、ブランマスに向かって歩き出す。

 審判の時が迫っていた。



 # # #


 ブランマス。


 空になった酒瓶を、スルロフはテーブルの上に置いた。

 ごん、と鈍い音が鳴る。静まり返った食堂には、その音がやけに大きく響いた。

 駆動するストーブの温もりは、この場にいる誰の胸の内側も温めてはいなかった。


 強い酒だった。強くなければ、もうほろ酔いにすらなれない。

 口元を手の甲で拭いながら、スルロフはキオに声をかける。


「キオ、新しいのを持ってきてくれないか」


「兄さん……そんなに飲んだら……」


 キオの声は小さい。叱るというより、縋るような響きだった。

 スルロフの顔が、くしゃりと歪む。笑おうとして、失敗した。

 作り笑いも、陽気なふりも、ずいぶん慣れたはずなのに。


「飲まずに済む方法があるなら、知りたいよ」


 声は、掠れていた。

 酒で焼けたのかもしれない。気持ちの問題かもしれない。


 酔いが足りなかった。

 だから、思い出してしまう。青白い氷の輝きを。

 何もかもが変わってしまった時のことを。


 あの日。


 出現したつらら城に、スルロフ、クリマル、リザンの三人で乗り込んだのだ。

 当然だろう。街のためを思えば、放置する選択などありえない。

 だが、もしもその時に戻れるならば。当時の自分を殴り倒してでも阻止するだろう。


 城の中は、外よりも寒かった。

 息を吸えば、そのまま喉も杯も凍り付いてしまいそうだった。


 壁も柱も床もすべてが氷で出来ていて、美しささえあるのに。

 まるで巨大な獣の喉の奥を歩いているような、不快な静けさがあった。

 足音が冷たく反響するたびに、自分たちが歓迎されていないことを思い知らされる。

 そのくせ、衛兵も何も出てこない。あまりにも不気味だった。


「いやあ……なんか、すっごい観光地っぽいですねえ。絶対来たくないタイプの!」


 リザンは、いつも通りに明るく振舞っていた。

 強がりだと、スルロフにはわかっていた。だが、今はそれさえ一つの癒しだ。


「油断するな」


 ウォーピックを抱え、ただそれだけを言う。口の中は乾いていた。


「……」


 クリマルは、無言で周囲を睨んでいた。警戒の深さは、そのまま彼の緊張を表していた。


 そして。

 そのまま、何の妨害もないまま、三人は謁見の間に辿り着く。


 最奥―――玉座に腰を下ろすドラクスリートが、わざとらしく溜息をついた。


「全員男か。今回は引きが悪かったな」


 何を言ってるのかわからなかったが、スルロフは魔物が喋ること自体に息を呑んでいた。

 知性がある魔物の危険さは、噂に聞いている。


「先手必勝ってやつです!」


 最初にしかけたのはリザンだった。

 指先から放たれた光弾が、薄暗い氷の空間で七色に炸裂する。

 赤、青、黄、緑。鮮やかな光が氷の壁に反射し、謁見の間を一瞬だけ祝祭の色に染めた。


 この目くらましを起点にして展開するのが、三人の戦術だったが。


「くだらん」


 ドラクスリートは、その美しさを一顧だにしなかった。

 動いたと認識した時には、もう遅かった。


 次の瞬間。魔物は、リザンの目の前にいて。

 手刀が、少年の胸を貫いた。


「え、っ」


 それが、リザンの最後の言葉だった。

 きっと、本人も何が起きたか、わかっていなかっただろう。


 手刀が引き抜かれ、鮮血が氷の床に散る。

 鮮やかな赤は、先ほどの花火よりも派手に、残酷に、冷たい世界の上に広がっていった。

 床の上に打ち捨てられたリザンの体は、もう二度と動かなかった。


「――――」


 スルロフの喉が凍りつく。

 怒鳴るべきなのに、足を踏み込むべきなのに、体が一瞬遅れた。


「リザンッ! ……貴様!!」


 その空白を引き裂いたのは、クリマルの声だった。

 普段は低く抑えられた男の叫びが、悲鳴のように響く。


 忍者の両手が踊る。

 見えない糸が幾重にも走り、ドラクスリートの四肢へ、胴へ、首へと絡みつく。

 巨岩すら吊るす強靭無比な糸だ。締め上げ、切断し、氷の魔物をバラバラにするはずだった。

 

 だが。


「今度は糸遊びか。しょうもないことよ」


 ドラクスリートがそう言うと、糸の上を白い霜が這う。

 最初は細く、蜘蛛の巣に朝露が降りたかのようだった。けれど次の瞬間には、それは氷の蛇となって駆けた。


「うっ!?」


 クリマルが呻く。糸を切ろうとするが、間に合わない。

 氷は指先に追いつき、爪を、皮膚を、関節を、瞬く間に飲み込んでいく。右手が、左手が、肘が、肩が、白く、硬く、命を失ってゆく。


「が、あああ!!!」


 生きたまま凍るとは、どれほどの苦痛を生むのか。

 スルロフは今まで、クリマルが悲鳴を上げるところなど見たことが無かった。

 氷像と化した仲間に手を伸ばす。もう、何もできないのに。


 ドラクスリートが、軽く腕を振る。

 そして。苦痛の表情のまま凍り付いたクリマルは、無数の破片となって崩れ落ちた。


 きらきらと、白と赤が混ざるそれらは、どこか美しくて。

 だから、ひどく無惨だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ