表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/121

つらら城の花嫁 22

 肺が重い。まるで、鉛が詰まっているかのようだ。

 それでも、太悟は腕を振るうのをやめなかった。


 鎖が唸り、白い弧を描いて雪の狼たちを薙ぎ払う。

 近付いてきた一頭の頭蓋が、鈍い音を立てて砕け、粉々になった雪がぱらぱらと散った。


 すぐに、次の一歩。


 裸足に近い足裏はかじかんで感覚が薄く、指先からじんじんと冷えが這い上がってくる。

 可能な限り攻撃をかわしてはいるが、完璧とは言い難く、少しずつ体に傷が増えてきている。


(……きつい。けど、止まったら終わりだ)


 肩で息をしながら、太悟は鎖を握り直した。

 掌の皮はとうに擦り切れ、金属の冷たさと痛みが一体となって押し寄せてくる。

 それでも、指を開くという選択肢はどこにもなかった。


 というか、もはや固まっているので、自分の意思で指を開ける自信がない。


 それを見て、雪の狼の主は愉快そうに喉を鳴らした。


「ヒヘへ。そろそろしんどいんじゃあないか?」


 スノーガルーが、歯を剥いて笑う。赤い目が、じろりと太悟を舐め回した。


「降参したら、ちっとは優しく殺してやるぜ?」


 軽く言ったつもりなのかもしれない。

 だが、太悟の耳には、踏み潰された骨の軋みと同じくらい不快な音として届いた。

 喉の奥で熱いものが沸き上がる。溶岩の塊のような、怒りと悔しさ。


「舐めるなよ襟巻の素材。僕は諦めない」


 短く、固く。 そう言い切ると同時に、太悟はまた鎖を横薙ぎに振り抜いた。

 襲いかかってきた二匹の狼が、ばちん、と音を立てて弾き飛ぶ。

 砕けた雪の肉片が頬に当たって冷たかった。


「……ハレヨ、ハレヨ、ハレハレヨ。ドッコイ……!」


 それにしても、背中越しに聞こえる耳慣れない節回しの歌声が気になってしょうがない。

 妙に抑揚のある、どこか祭りのような、それでいて胡散臭さ満点の謎ソング。


 サンルーチェ教は一体何を伝えているのか。


「……なあ、ちょっと後ろ見てみろよ」


 スノーガルーが真顔で言う。


「僕は振り返らない!」


 太悟は即答した。

 戦いの最中だからとかそういうのに関係なく、普通に見たくない。


 スノーガルーは大仰に肩を竦め……白い巨躯が動く。



「ヒヘヘ。お楽しみは、最後まで取っときたかったんだがなあ。ま、そろそろ飽きてきたしよ」



 雪の狼たちが左右に割れ、道を空けた。


 それまでただ命令を飛ばしていたスノーガルーが、雪を踏みしめて歩み出る。

 自身を一直線に狙う真紅の目に、太悟は細く息を吐いた。



(ここからが本番か……)



 ぎゃり、と鎖を構える。上級の魔物を相手取るには、いくらなんでも心許ない武器だ。

 死ぬ前に、ダンが間に合ってくれればいいが。


 ぬらり。スノーガルーが、体を揺らすようにして太悟との距離を詰める。

 さく、さく、と。雪を踏む音が、静かに響く。


 両者の間に横たわる、静寂(後ろの方から聞こえる怪しげな歌を除けば)。


 次の瞬間、白い影が跳ねた。



「ラアッ!」


 両腕を振り上げたスノーガルーが、そのまま全体重をのせて襲いかかってくる。


 太悟は横に転がり、爪の一撃をかわした。

 さっきまで立っていた場所に、ザン、と巨大な爪痕が刻まれる。


 舞い上がる雪。それを掻き分けて、スノーガルーの追撃。

 振り回される爪が太悟の体を掠め、傷を刻んでゆく。


(くそ。だらだらやってる余裕はないな)


 限界が近い、と太悟は悟っていた。自らの体が動く内に、積極的なことをしなければならない。


「どうしたよ、勇者サマ! もう降参かあ!!」


 舌を垂らし、挑発してくるスノーガルー。

 その追いかけてくる動きに合わせて、太悟は下からすくい上げるように鎖を振り、雪を巻き上げた。


「ウオ!?」


 スノーガルーが声を上げる。鼻が利くとはいえ、いきなり視界を塞がれれば動揺もする。

 その隙に―――太悟は魔物の背後に回り込んだ。狼の頭が振り返る前に、その首に鎖を巻き付ける。


 ごり、ごり、と嫌な感触が手に伝わる。

 硬い毛皮と皮膚の下で、軟骨と喉が圧迫される音。


「ガ、ッ……」


「躾てやるよ、ワンちゃん!」


 太悟は奥歯を噛み締め、筋肉という筋肉を総動員して、ただひたすら鎖を絞る。


「ヒ……ヒヒ……」


 それでも、人狼は笑った。

 痙攣する喉から、無理やり声を絞り出すようにして。


「こーんなオモチャで……このスノーガルー様を……縛れるとでも、思ったかよォ!」


 次の瞬間、太悟の両腕に、信じられないような力がかかった。

 ぐん、と、逆方向に引っ張られる感覚。巴投げの要領で、地面に叩きつけられる。


「ぐぅっ」


 背中を襲う衝撃。胃が口から出そうになる。

 太悟はすぐに体を起こし、そして。牙が並ぶ、大きく開いた口が、視界に入った。

 鎖を巻いた右腕が、反射的に前に出る―――ばきん。


 右手に灼熱が走った。


「……!!」


 千切れた鎖が、足元に落ちる。

 太悟は歯を食いしばりながら、右腕を引っ込めた。

 ぱっ、と雪に散る赤。広げた右手、その小指と薬指が、欠けていた。


「ヒヘへへ! うめえな、勇者の肉はよぉ!」


 ぐちゃぐちゃ、と。スノーガルーの牙の隙間から、肉が潰れる音が鳴る。


 指が二本。

 もっとひどい傷を、今までさんざん負って来たのだ。動揺するほどではない。

 ポーションや、リップマンがあればの話だが。

 回復する手段がない今は間違いなく重症で、しかも武器の鎖まで破壊されてしまった。


(さすがに、やばい……!)


 と。白い砲弾が胸にぶち当たり、太悟は背中から倒れ込んだ。

 体を起こす間もなく、スノーガルーが腹の上で馬乗りになる。


「ヒッヘヘヘ! ここはやっぱり、一気に喉笛行きたいよなあ!!」


 ベロ、と自らの牙を舐める赤い舌。もう、遊ぶつもりはないようだった。

 スノーガルーの真っ黒な口の穴と、並んだ歯が、視界いっぱいに迫る。


 太悟の左手は、さっきから、雪の中を必死に探っていた。

 握れるものなら、なんでもいい。石でも、枝でも。


 そして、指先に硬い感触が触れる。

 硬く乾いたそれを、太悟は振り抜いた。


「ガッ――――?」


 スノーガル―が真紅の目を見開く。

 遅れて、太悟の胸に、ぽとりと何かが落ちる。

 桃色をしていて、ぬめったその肉片は、千切れた舌だった。


「グアアアアアアッ!!」


 口元を抑えて、スノーガルーが仰け反る。

 さすがに舌をやられては、不快なにやけ面は保てないようだ。

「どうだ……うまいか?」


 太悟は荒い息を吐きながら立ち上がり、代わりに笑ってやった。


「お前が殺した勇士たちの、恨みの味は?」


 太悟の左手には、まるでナイフのような―――骨が握られていた。

 スノーガルーの犠牲となった、勇士の骸。何かの拍子に圧し折れ、鋭く尖った断面になったのだ。


「グゾが……ぢょうじにのるんじゃ、ねえ」


 舌を裂かれながらも、スノーガルーは太悟を睨み付けていた。

 赤く濁った目が、怒りと痛みでギラギラと燃えている。


(まだやる気かよ)


 太悟も負けじと睨み返したが、次はやられるかも知れない。

 手負いの獣ほど怖いのだ。

 そうして、左手の骨片を構えた、その時。



 不意に―――光が差した。



 最初は、目の端にちらりと白いものが入っただけだった。

 だが、次の瞬間には、世界そのものが変わっていた。


 さっきまで空を覆い尽くしていた灰色の雲。その中央に、大穴が開いている。

 雲の隙間から、まばゆい陽光が、まるで滝のように降り注いでいた。

 雪の世界に似つかわしくない、暖かい光。

 太悟も、スノーガルーも、思わず見上げる。


「待たせたな、太悟よ」


 聞き慣れた声が、『頭上』から降ってきた。

 はっとして振り返る。


 そこには、ダンがいた。


 陽光の柱の中、ふわりと浮かび上がっている。

 両手を大きく左右に広げ、足もまっすぐ伸ばしたその姿は、まるで十字架。

 赤い髪がありえない方向にふわふわと舞っている。


 異様な光景だった。

 気付けば、太悟は喉から悲鳴を迸らせていた。

 スノーガルーも叫んでいたかも知れない。


「見よ!」


 そんなことお構いなしに、ダンはドヤ顔そのものの表情で、胸を反らせる。


「これぞ我がクロスハートアタック……ソル・ユースティティア!!」


 叫びと同時に、ダンの全身から黄金の光がほとばしった。

 それは、炎とも雷とも違う。


 ひたすらに眩しく、ひたすらに暖かい、圧倒的な光。

 世界を塗り替えるかのような輝きが、雪の城を一瞬にして昼下がりの草原のような色に変えた。


 余波だけで、太悟の身体が後ろに押される。


(……痛く、ない?)


 さっきまで焼け付くように痛んでいた右手の感覚が、ふっと軽くなっていた。

 恐る恐る指先を動かしてみる。ちゃんと、五本あった。


 血に濡れていたはずの肌は綺麗に戻り、裂けた皮膚も、凍傷しかけていた足先も、まるで最初から何事もなかったかのように温かい血が通っている。


 黄金の波は、太悟を優しく撫でるように通り過ぎ―――その先で、獣を容赦なく焼かんとしていた。


「ヒッ!?」


 スノーガルーが、一歩、二歩と後退る。

 舌を押さえたまま、震える声を絞り出した。


「アイシュタイン、だずげ……!」


 その叫びは、祈りにも似ていた。

 だが、ここに相方はいない。どんな神も答えはしない。


 ビームのように放射された黄金の光が、真っ先にスノーガルーを呑み込んだ。


「ギ―――」


 言葉にならない声が、途中でぷつりと切れる。

 白い毛皮が、一瞬で焦げる間もなく、光に溶けていく。


 牙も、爪も、赤い目も。

 すべてが、跡形もなく。


 次の瞬間には、スノーガルーという存在そのものが、この世界から消し飛ばされていた。

 雪原に残ったのは、静寂と、ほんのりと暖かい風だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
漫画はうまく畳んでたけどその先は!?って気になって、そしていろんな違い含めこっちはどうなるんだろうと読み進めて追いついてしまった! これからも期待
ブラスターテッカマンのブラスターボルテッカやオーガンのアンクアタック、キャシャーンの超破壊光線を思わせる必殺技ですな。 発動までどんな踊りを踊っているのか? 見たらSANチェック必要? 中に浮いてるけ…
節まわしはアレだけど効果はとんでもないな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ