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第二十九話 撤退

「さて、と。」


 兄妹の気まずい話し合いを前に、ユーミリアは転移陣で父母の待っているであろう実家へと逃げ込む。

 実はさっきから“今すぐ帰ってこい”という父親の緊迫した念が執拗に頭のなかに流れていたのだ。きっと先程の殿下の事件、もしくは国勢に関して何か大きな変化が起きようとしているのだろう。

 ユーミリアは緊張の面持ちで天を仰ぐ。


 だが途中、外泊する旨を寮母に伝えることを彼女は忘れなかった。無断外泊には反省文が付いてくる。彼女はそれを回避するために寮へと立ち寄った。

 そして同時に、リリーの外泊の申請の有無をユーミリアは寮母に尋ね、出されてないことを知ると代わりに申請しておく。

 彼女は平穏な学園生活が、再びリリーと共に送れることを願っていた。


 実家の庭へと降りたったユーミリアは、玄関に控えていた執事と共に父親の書斎へと向かう。


 まだ夜も空けていない朝方だからだろうか、家の中はいつも以上に静まり返っているようにユーミリアには思えた。

 廊下の電灯も所々しか灯されていない。


 だがそうではなかったらしい。不審げに辺りを見回しているユーミリアに気づき、執事が彼女に伝えたのだ。

“使用人たちは皆、お暇をとったのですよ”と。


 両親以外の家の者は、この父に長年仕えている執事を除いてすべて実家に帰らされたらしい。

 人気のない室内に、彼女は思わず肩を震わせる。


 執事に開けられた書斎の扉を抜け、ユーミリアは部屋の中へと足を踏み入れた。

 間接照明のみで照らされた部屋は少し薄暗いが、人がいるからだろうか、暖かく彼女はほっと一息をつく。

 父の書斎では彼女の父と母、それに殿下が机を囲んで座っていた。


「エルフリード様!?」


 彼の姿をとらえ、驚くユーミリア。彼女は弾かれたように彼のもとへと駆け寄る。

 そんな彼女に、エルフリードは穏やかな笑みを向けるのだった。


 彼の傍に辿り着いたユーミリアは、エルフリードの座る椅子の傍らに膝をついた。

 彼女は眉を曇らせながらそっと彼の身体を労るように見上げる。


「……エルフリード様……。」

「ユーミリア。心配してくれたのだね。すまない、こんなことになってしまって……。」


 横の肘掛けに置かれた、彼女の手を握るエルフリード。

 彼は寂しげにユーミリアを見下ろした。


「エルフリード様のせいではありませんわ! ……それよりも大丈夫ですの? 座っておられても。」

「ああ、大丈夫だよ。少し刃先があたっただけだから。」


 そう述べるエルフリードの首元からは、包帯と見られる白い布の一部が覗く。

 それに気づいた彼女は、思わず震える手を彼の首元に伸ばすのだった。


 一瞬にして身体を硬直させるエルフルリード。

 事件の後遺症だろうか、意思とは裏腹、身体が思うように言うことを聞かないらしい。

 彼の眉間に皺が寄る。


 それもそのはず、まだ暗殺未遂から数刻しか経っていないのだ。

 だが彼は震える体を制し、ユーミリアの手を受け入れようとした。


 ゆっくりと目を閉じた彼は、辛い残像を払拭させようと、彼女に触れられた首元に全神経を集中させた。


 ゴホン


 その張り詰めた空気のなか、不相応な男性の咳払いがひとつ、部屋の中に響く。


「ユーミリア。お父様が焼餅を焼いているわよ。」


 彼女の母親が面白そう声を震わせた。

 ユーミリアは真っ赤に顔を染める。彼女は今更ながら同じ部屋に両親が居ることを思い出したのだ。

 ユーミリアは彼の首元から手を引くと、パタパタと自身の顔を冷ますように仰ぐ。


「殿下。手を。」


 そんな彼女を尻目に、父親がエルフリードに忠告する。

 彼の手は、まだ彼女の片手に添えられていた。


「……。」


 返事を返さないエルフリード。だが彼は不本意そうにしながらも、彼女の父親の言葉に従う。


 父親はそれを満足そうに見届けると、今度は娘に母親の所に行くように顎で指示を出した。

 ユーミリアもまた、しぶしぶとだが立ち上がって母親の横に座る。


 だが彼女の目は自然と彼の方へと向かう。

 そしてエルフリードもまた、彼女を見つめるのだった。


 見つめ合う二人。


 ゴホン!!


 先ほどよりも、大きな咳払いが部屋の中に響いた。




「ユーミリア。明日の朝には、エルフリード殿下は死亡したと国中に通達される。よって今後、殿下は素性を隠し、我々と共に行動を共にすることになる。」


 改めて場を仕切り直した父親は、そう彼女に宣言する。


「はい。」


 ユーミリアはしっかりとそれに答えた。

 力をなくした今、彼が騎士団一派の一番の標的になることに彼女は気づいていたのだ。

 だが、そんなことをあらかじめ知っていたような態度の彼女に、父親は片眉をあげる。


「理由は聞かないのか?」

「……ある程度は予想できますので。」


 父親の質問に、ユーミリアはシリングから聞いた情報を頭の中で思い出しながら答える。


「……さすがだな。」

「え?」

「いや、なんでもない。では、我々魔術団はいったん政から引かさせてもらう。国を出るぞ。」


 そう宣言すると、父親は立ち上がった。


「え!?」


 驚くユーミリアに、母親がそっとその理由を伝える。


「私達、精神を操れるのよ。不平等すぎるでしょう? 内乱には不干渉させて貰ってるの。」


 と母親は悲しそうに告げた。


「そうなのですね……。でも“私達”ってことは、お母様も精神魔術を使えるの? 知りませんでしたわ。」

「そうよ。……実際、表向きは知らされてないけど、この国の魔術団は精神魔術が使える人しか入れないの。というか、使える人が必然的に入るのかしら。それだけ、この魔術が使えると孤独なのよ。」


 団員の事を想っているのか、遠くを見つめる母親は懐かしそうに頬を緩めた。


「皆さん使えるのですか!? では、鹿以外に使えない私は落ちこぼれ……。いえ、私の事はさておき、魔術団全員が国外退去するのですか? 大移動ですわねえ。」

「ね。でもそうしたいけど、それは出来ないわよ。人数が多すぎますもの。今回は幹部だけが国を離れることに決まったわ。他の皆は何人かのグループに別れて国内に留まる予定。」



「皆様、準備が整いました。」


 部屋に残っていた四人に執事が声を掛ける。


「では参るか。」


 父親が重たい腰をあげた。


 家の外には十人乗りの荷馬車が着けられており、乗り込むよう父親がユーミリアに指示を出す。

 彼女は名残惜しそうに家全体を見渡すと、心を決めて馬車に脚を踏み入れるのだった。


 馬車の中は半分が荷物で埋め尽くされていた。

 荷物の置かれていない一番前側の席に腰を下ろすユーミリア。

 本当にこの国を離れるのだと彼女はじわじわと実感していた。


 母親が次に乗りこみ、ユーミリアの隣に座る。

 父親とエルフリードは一番後ろに並んで座るようだ。

 後ろを振り返ったユーミリアは、父親の隣に腰を下ろそうとする彼と目が合い、お互いに苦笑った。


 その時、馬車が揺れる。どうやら動き始めたようだ。



「そう言えば、他の団員の方達は誰もいませんの?」


 前を向いた彼女のそんな素朴な質問に、母親は気まずそうに答える。


「……ほら、ユーミリア帰って来るの遅かったでしょう? だから、他の皆には先に行って貰ったの。あなたからの連絡もなかったからいつになるか分からなかったし。

 でもしょうがないわよ。あなたは寮に居たのですもの。家まで帰って来るのも大変だったのに、また馬車に揺らさせてごめんなさいね。」


 グサっ


 後ろめたさから母親の言葉がユーミリアの胸に付き刺さる。

 実は彼女、寮母に外泊申請をする際、長々と世間話をしていたのである。不安事を紛らわせるために、嫌な事はなるだけ聞きたくないと後回しに後回しにし、今思えば小一時間、いや、小二、三時間は寮母と話していたかもしれない。

 そして馬車に揺らされることなく、彼女は一瞬で転移陣で実家まで帰って来ていたのだ。


「えっと……はい。で、ではどこかで団員達と合流するのですか?」

「そうね、お父様達が連絡を取り合って会う予定だったけど、でもこの分だと先に国境を越えて貰うことになりそうね。

 大丈夫よ、どうせ国境を越えれば別行動をとる予定だったのよ。まあ、お父様は少し心残りがあるかもしれないけれど。」


 グサグサっ


 母親の言葉が、さらに彼女の胸をえぐる。

 そんなこととは露知らず、母親は言葉を続けるのだった。


「長くても数年……いえ、十数年くらいの別れになるかしら。でも会おうと思えば会えるのだから、気にしないでいいのよ。」


 グサグサグサっ


 ユーミリアは打ちのめされた。


「あのお……上層部の方達が現在いる場所は、把握できますの?」

「え? ええ、お父様ならきっと。」

「じゃあ、私がそこまで馬車ごと送りしましょうか?」


 ユーミリアはごまをするように下手に提案し、母親の反応を窺った。

 彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべ、母親を見上げる。

 だが母親は訝しそうな表情を浮かべるだけで、何も言葉を返してこない。


「お……お母様、せめてもの罪滅ぼしなので気になさらないで下さいな。馬車ごとですので多少の魔力は消耗してしまいますが、この私ですよ? ちょっと疲れるくらいで、他には何も傷は負いませんから。」


 彼女は、母親が自分の体を心配しているのだと思って取り繕った。

 だが違う。彼女の母親は、彼女が転移陣を操れる事を知らなかったのである。

 というより、転移陣自体がこの世界には存在していない事を、ユーミリアはすっかり失念していたのだ。

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