Case.2 罪は罪(1)
「ひゃっほう!」
男は目の前に広がる炎を見て、嬌声を上げた。小さな村が黒煙に包まれる。炎の熱。悲鳴。どれもぞくぞくする。
「よく燃えてんじゃねーか」
「お頭ーっ!」
赤毛の男が、一人の娘を小脇に抱えて、男に近づいて来た。娘は「放してっ!!」と足をばたつかせていたが、男の力に敵う訳もない。
「どうです、この女? この村一番のべっぴんさんだそうですぜ?」
「へえ?」
男は自分の前に下ろされた娘の顎をつかんで、顔を上に上げさせた。怯えた兎のような表情が、男の欲情をそそる。
「いいねえ……」
男は娘の胸元に手をかけ、一気に質素な服を破いた。柔らかそうな白い肌がむき出しになる。
「きゃあああっ!!」
胸元を抑える娘の手首を、男は掴んで抑えつけた。地面に押し倒した娘に、男は馬乗りになった。
「可愛がってやるから、大人しくしてな? ……お前らも、テキトーに女見繕って来いよ。ああ、めぼしいモン、あったのか?」
男の周りにいた、小柄な男が返事をした。
「ここの村も貧しいっすからねえ……金目のモンはねえと思った方がいいんじゃ」
にやり……と男が笑った。
「だったら、一通り楽しんだ後、こいつら娼館に売っぱらおーぜ? この女なんか、高く売れそうだしな」
「い、いやあっ!」
「いいねえ、いいねえ……その声。顔」
娘にのしかかる男の顔には……黒い欲望しか、浮かんでいなかった。男が掴んだ白い肌に、痣が残っていく。
「あああっ! だ、だれか、助けてっ!!」
「へっ、叫んでも無駄だぜ? 男は全員殺しちまったしなあ?」
こんな小さな村には、憲兵も来やしねえ。何人殺そうが犯そうが……誰にも咎められることもねえ。あの忌々しい、サツもここにはいねえしな。
悲鳴を上げ続ける哀れな獲物をいたぶりながら、男は高らかに笑った。
「――っ、はっ、異世界サイコーっ!!」
***
「……警察内部からの依頼ですか?」
私は目を丸くした。東郷係長が、重々しく頷いた。
「まあ、この資料を見ろ、倉橋」
渡されたレポート用紙に目を通す。横から覗いた水野君が、うへっと声を上げた。
「なんだ、こいつ!? ……傷害、婦女暴行、強盗、詐欺、恐喝、その他……って、殺人以外の罪並べたみたいな経歴じゃ……しかも、全部容疑!?」
――ふてぶてしそうな顔をした写真。また二十代前半だろう。茶髪にピアス……目が、危ない感じが、した。
「……稲葉 啓二……義父の兵頭 晴臣って、もしかして……」
「……ああ」
係長が言葉を続けた。
「……前の内閣で外務大臣を務めた、国会議員の兵頭 晴臣の義理の息子、だ」
水野くんが嫌そうに目を細めた。
「聞いた事があります。……ものすごいドラ息子で、議員の財力と権力フル活用して、全部示談扱いにした、と」
「……今回、麻薬取引法違反で同行を求めたところ、逃走しようとして……異世界に消えたらしい」
「……」
私はレポートを読んで、溜息をついた。
「……異世界に対して、ご迷惑をお掛けしました、と頭を下げなくてはならない気がします……」
係長の眼鏡がきらり、と光った。
「おそらくヤツは、好き放題に暴れているだろうな。どのような世界に飛ばされた、のかにもよるが」
「そう言えば係長、家族からの依頼は……」
水野くんの言葉は、係長が首を横に振るのを見て、止まった。
「厄介払いできたと思っているんだろう。いくら国会議員とはいえ、庇いきれないところまで来ていたからな」
「家族が望んでいない、のですか……」
私は係長の瞳を真っ直ぐに見た。一瞬……赤い光が、係長の冷静な瞳に映った気が、した。
「……では、稲葉 啓二の安否確認と……こちらに帰還する意志があるのかを確認すればよろしいですね?」
「そうだ。……残念だが、異世界は外国と同じ扱いに準ずる。向こうの世界に、稲葉を罰せられる法があるかどうかは、微妙といったところだ」
「本人がそのままそこにいたい、と望めば……」
「……時空捜査係の役割はそこまで、だ。望まないクライアントを強制転送する権限はない」
「……」
黙り込んだ私に、係長の声が聞こえた。
「……倉橋。依頼があった以上、稲葉の安否確認は必要だ。例えヤツが危険極まりない人物だとしてもだ」
「……はい……」
水野くんが、私の肩にぽん、と右手を乗せた。
「倉橋さん、アレ持って行けばいいだろ?」
「アレって……アレ!?」
「ああ。ちょうど試すいい機会になるんじゃないか?」
「……あまり、向こうの人を傷つけたくはないんだけど……」
「……倉橋」
係長を見ると……射抜かれそうな強い視線に、言葉が出なくなった。
「まず、お前の安全が第一優先だ。傷つけたくない気持ちは判るが……それにこだわるあまり、お前が怪我をするのでは本末転倒だと思え」
「……はい……」
「特に今回は……クライアントが要危険人物だからな。用心するに越した事はない。身の危険を感じたら、躊躇うことなく使用しろ」
私はゆっくりと頷いた。
「……判りました」
水野くんの瞳が、面白そうに輝いた。まるで、自慢のおもちゃを見せびらかす子どもの様な表情。
「ほら、使い方説明するからさ、機器室に行こうぜ?」
「うん……では、係長、失礼致します」
私と水野くんは係長に一礼し、時空捜査室の隣にある機器室へと向かった。
***
「かーっ、いい酒だな、こりゃ」
男は木のジョッキで、泡盛の様な酒を一気飲みした。
「さすがお頭! いい飲みっぷりで」
「お頭が来て下さってから、俺らもいい思いさせてもらってますぜ」
男を持ち上げる周りの手下ども。男は、くっく、と笑った。
「ここはいいとこだよなあ。元いた世界は、うるせえ奴らばっかだったからな」
――いい加減にしろ! これ以上は私でも庇いきれん!
――お願いだから、言う事を聞いて頂戴!
口うるさい義父もオフクロも、ここにはいねえ。あんな奴ら、縁が切れて万々歳だ。
男が骨付き肉に被りついた時、すっと横に誰か、が立った。
「ねえ……お兄さん? 随分と勇ましいじゃないか」
男が見上げると……緑の瞳に黒い髪の、なかなか顔立ちの整った女がしなを作っていた。さっき前で歌っていた女だ、と男は気がついた。
「……へえ……なかなか、いい女じゃねーか」
「ふふ……ありがと。一緒に飲んでもいい?」
男の瞳に妖しい光が宿った。
「ああ、いいぜ? ……おい、親父。こいつにも酒、持ってきてくれ」
「へい、お待ちを!」
女も男の隣の席に座り……妖艶な笑みを浮かべた。男は、ゆっくりと舌で唇を舐めた。
***
「シーリア? そこに稲葉が?」
私は波動ソナーのモニター前に立っていた。水野くんが、操作しながら、説明する
「……ああ、間違いない。ヤツの波動がしてる。しかし、やっかいな国に落ちたもんだな……」
水野くんがボタンを押した。偵察機が撮影してきた異世界の画像を元に、水野くんが分析した結果がモニター表示される。
「確か、精霊が支配している国、よね?」
「……ああ。こっちとは価値観がかなり違う。『精霊の加護』があるかないかで、扱いが変わる国だからな」
「それに……もうすぐ『精霊祭』があるのよね……」
祭り、となると、不特定多数の人間が騒ぎ立てる。当然、犯罪も多くなる。
「稲葉の性格からすると……何かやらかす、わよね……」
私は溜息をついた。あまり人目につく様なことはしたくないけれど。異世界と深く関わるのはご法度だから。
――でも……
(今回は……仕方ない、わよね……)
私は水野くんが用意してくれたモノを手に取り……できるなら、これを使う事のないように、願った。
***
「へえ、祭りがあるのか?」
男はベッドの上で呟いた。鏡台の前で、櫛で髪をすいていた女が頷いた。
「そうよ? ……この国一番の祭り。国中から人が集まって、それは盛大なの」
「そりゃあ……面白そうだな……」
男はよっと上半身を起こした。昨夜はなかなか楽しかった。女は男慣れしており、こっちの要求にも充分応えてくれた。
男はベッドを降り、女の後ろから柔らかな身体に手を回した。
「あん……邪魔しないで?」
「いいだろ? ……お前もあんなに良さげに啼いてたじゃねーかよ」
「ふふ……あんた、なかなかいい男だからねえ……あぁん……」
男はそのまま女を抱き上げ、またベッドの上に押し倒した。女も男の背中に手を回し、誘うように真っ赤な唇を男に突き出した。
――そのまま、その部屋の中には、濃密な匂いと喘ぎ声が充満し……男と女は、互いが満足するまで、欲望を貪りあった。




