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黄泉酒  作者: Nokuamu
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7/7

????年 午前三時〇〇分


 通りの端、街灯と赤提灯の灯りが薄く混ざる場所に、古びた木のベンチがあった。

 さっきまでの喧騒からほんの少しだけ離れたそこに、私達は並んで腰を下ろしている。

 串焼きを包み紙に包んだまま隣に置き、あなたは抱き着く私をただ黙って受け入れていた。


「不思議……なんだか、とても懐かしい」


 ポツリと呟いたあなたの胸で私は嗚咽を堪えるだけで精一杯。


 背に添えられた手が、ゆっくりと上下する。


 あやすようなその動きに、胸の奥でほどけていくものと、逆にどうしようもなく締めつけられていくものがある。


「……少しは、落ち着いた?」


 頭上から降ってきた声は、さっきまでよりもずっと静かだ。

 私はあなたの服を掴んだまま、小さく首を横に振る。

 落ち着いたわけじゃない。むしろ、こうして触れているほど苦しくなる。


「ごめん……なさい……」

「なんで謝るの」


 あなたはくすりと笑う。

 その優しい息づかいまで、懐かしく、愛おしい。


「私のせいで……」

「――大丈夫」


 絞り出すように口にした言葉を、あなたも言葉で遮った。


「よくわからないけど、大丈夫。あなたは悪くない。それだけは断言できる」


 優しい囁きの直後、堪えていたはずの嗚咽がまた漏れ始めた。

 懐かしい匂いに顔を埋めたまま、時間だけが過ぎていく。


 どれくらいそうしていただろう?


 遠くで、誰かの笑い声が絶えな不思議と明けない夜の中で、あなたは私の頭を撫で続けてくれた。


「……ねぇ?」


 不意に口を開いたあなたを瞳に映す。

 どんな不安も忘れさせてくれる優しい笑顔だ。

 懐かしい。まるで、あの時へ時間が戻ったような光景だ。


「……なに?」

「変なこと聞くんだけど、ここに来るまでどうだった?」


 その問いに、すぐには答えられなかった。

 ここに来るまで。それは一体どこからを差しているのだろう?


 ……ううん、きっと全てだ。


 あなたの胸元から、ゆっくりと体を離し。

 乱れていた呼吸を整えながら、袖口で涙を拭う。

 この学生服も。きっとこのためだったのだろう。

 

 だからこそ、伝えなければならない。

 目元に残った微かな涙の熱が冷える前に、精一杯の笑顔をあなたに向けた。


「幸せだったよ……あなたが私を愛してくれてたから」


 あなたの表情に大きな変化はない。

 当然だ。あなたはこの言葉の意味を理解できるはずないのだから。


 しかし、それも刹那。

 あなたは、まるで私の心を理解したかのように満面の笑みを浮かべた。


「……そっか」


 短い相槌の後、あなたは目を伏せる。その直後だ。


「……あれ?」


 戸惑いの声を漏らしたあなたの瞳からは、透明な雫が頬を伝っていた。


「おかしいな……なんで涙が……」


 あなたは溢れ出る涙を拭い続ける。

 しかし拭っても拭っても、涙は止まらない。


「あーもぅ!」


 無駄だと悟ったのか、あなたは拭う事をやめ、私の膝の上に頭を下ろした。


「なんかごめんね」


 困ったように笑いながらそう言うあなたの髪が、私の膝の上にさらりと広がる。

 私も両目に涙を溜めながら、小さく首を横に振った。


「ううん。気にしないで」

「……そう、ありがと」


 あなたは微笑む。

 すると、その瞳が徐々にとろんと細められていった。


「どうしてだろう……なんか、眠たくなってきちゃった」


 声も輪郭を失っていくようで、虚ろとなっていくあなたの手を強く、強く握る。


「寝ちゃうの?」


 震える声でそう問いかけると、あなたは私の手を優しく握り返した。


「ごめんね。もっといろんなところに連れて行ってあげたいんだけど……少し休憩してもいいかな?」


 その声は既に、深い眠りの一歩手前にいる。

 なんと返せばいいのだろうか。「今じゃなきゃ嫌」それとも「ゆっくり休んで」?

 迷う私があなたに伝えたのは、言葉ではない。あなたの頬に落ちた一滴の涙だった。


「また泣いてるの?」

「だって……」


 震える声にあなたは、私の頬に手を添えた。


「ふふ……相変わらず泣き虫なんだから……」


 そう言って、あなたは完全に目を閉じた。


「……待って……お願い……」

「大丈夫……少し寝るだけだよ……あれ?」


 眠りの縁にいながらも、あなたの表情はどこか満たされたように緩んでいた。


「不思議……懐かしい匂いがする。これは……味噌汁? 出汁が効いてて、美味しそう。おかずは……残り物かな。ふふ、でも自信作だもんね。美味しくないわけない。そして……」


 握った手がぎゅっと強められた。


「朝ご飯よりも、抱きしめたいな。補給しないと……私、元気がなくなっちゃから……」 

「うん……うん……っ! いっぱい補給して……」


 あなたは頬に添えた手を、私の頭の上に伸ばした。


「もう泣かないの。明日は……入学式なんだから……ほら、涙でせっかくの制服が汚れちゃうよ?」

 

 袖で涙を拭いながら、そっと制服の裾を整えた。


「今更だけど、どうかな? 似合ってる?」


 目を瞑ったまま、あなたは笑みを浮かべた。


「完璧。スカートがユラユラ揺れて、赤のリボンがとても似合ってて……世界で一番綺麗……きっとモテモテな中学生活だろうなぁ……」

「ふふ……言い過ぎだよ。それに世界一綺麗なのは、あなただよ」

「そう? 私、キレイ?」

「うん、綺麗」

「そっか……入学式が終わったら……奮発して、ご馳走用意するからね……食べ終わったら、一緒に遊ぼ」

「うん……楽しみ」


 満足そうなあなたの胸が大きく上下する。

 そして、頭を撫でていた手がするりと落ちた。


 あの白い部屋の時と違って、あなたがなにも言わなくなった理由は今ではわかる。

 

 再び涙を拭う。

 視界が遮られた、その僅かな隙だ。

 膝に乗っていた心地良い感触が、ふっと消える。


 次に視界が開けた時、膝の上には誰もいなかった。

 ただそこには微かな温もりが、確かに残っている。


 逃さぬように、形もない愛を両腕で抱き締める。

 忘れぬように……また会えますようにと。


「……ありがとう……お姉ちゃん」

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