第五十七話:ユーマ絶望。ギルド職員ミラの無慈悲な請求書と、ブラックすぎる返済計画
ギルドの応接室。
ユーマの前に突きつけられたのは、絶望という名の請求書だった。
「えっ……と何? これ」
「何? とは」
ミラは淡々と訊き返す。
「だから……、これは、どういう意味なのかなァ……って?」
「見ての通りです。あなたへの『請求書』です」
ミラは疲れた顔で、無慈悲にそう宣告した。
「だーかーら! それが、どういう意味なのか知りたいの! 俺、心当たりないんだけど……」
「そうですか……」
そう言って小さく溜息をつくと、ミラは机の引き出しから分厚い帳簿を取り出し、淡々とめくり始めた。
「内訳は──ギルド資料室の図鑑修繕費。そして以前、クロム様やバッシュと街で暴れた際の石畳の破損、その他諸々の修繕費。最近ですと、ドラゴンの縮小化に伴う生態系調査費用などが挙げられます。もちろん、これでも一部ですが」
「はぁぁ!? いや待って、待って! それ、おかしいだろ?」
ユーマは勢いよく立ち上がり、項目の一行目を指さした。
「まずこれ! 『図鑑の修繕費』って、ギルドの本に赤ペンで落書きしたのは、あの箱お尻女だろ! 咲に払わせろよ、俺に関係ないじゃん!」
そう言われた途端、ミラは目に見えて動揺し、口ごもりだした。
「それは……でも……ユーマさんが、ユーマさ……」
「ミラさんらしくないよね? ちゃんと理由を教えて」
「ユ、ユーマさんが保護者なので、仕方ないじゃないですか……」
「あっ! 今、目を逸らしたよね!? 保護者ってなんだよ! 咲が勝手に俺に絡んできてるだけじゃん!」
「ま、でも。街の損害の件もありますし」
「あ、今、話題変えたろ! ……そ、それだってさぁ。街中でクロムのおっさんとバッシュが俺に攻撃したからだろ? 向こうから仕掛けてきた時は、犯人の方に請求しろよ!」
「ユ、ユーマさんが……よ、避けるからですよ……」
いやはや、なんとも理不尽な……。
もはや、普段の聡明なミラはどこにもいなかった。
「あ、汚っったねー! そんな理不尽があるかよーっ。じゃあ何? 避けずに攻撃受けてろって言いたいの!?」
ミラの目が更に泳ぎ出す。
「え、ええ……出来れば、そうしていただければ」
「鬼かよ!」
「し、仕方ないでしょう! 私だって、これまでのあなたのやらかしの数々と、上司からの突き上げの板挟みで、もう胃に穴が開きそうなんですから」
本意ではないにせよ、彼女もユーマの尻拭いのために、ギルド内で相当な無理を通してきたのだろう。
だけどユーマにも言い分は、ある。
「一番納得が行かないのが、ここだよ!『ドラゴンの縮小化に伴う生態系調査費用』って何だよ。ギルドが調査する費用を俺に払えって言うの? それに関しては──」
ミラは被せるように、ぴしゃりと言った。
「それに関しては、ユーマさんの責任です!!」
「え、……ええェ?」
「……ですが、安心してください。救済処置もちゃんと用意しています」
ユーマが怪訝な目でミラを見る。
「殆ど俺の責任じゃないのに『救済処置』ってのが気に入らないけど……。で? その救済処置ってのは何?」
ミラは居住まいを正し、ギルド職員としての顔に戻った。
「これらを不問にする条件として、本日よりあなたはギルド指定の依頼をこなしていただきます。報酬の八割は強制天引きです」
「八割!? ブラックすぎるだろ!」
◇
屋敷に戻りメンバーを募るが、案の定、人選は難航した。
「そのような小銭稼ぎを、元魔王である私にしろと言うのか!? 問題外だ! カガミ、麦茶を」
クロムが鼻を鳴らす。
カガミは水晶の手入れをしながら「……外出、無理……。カガミは……リモートワーク派……。現場は……陽キャにお任せします……」と拒否表明をする。
「シルフィさんは、どう!?」
ユーマが縋るように声をかけるが、シルフィは。
「……あいにく私は、掃除の続きがありますので。メイドとしての大事な務めです。埃一つ、逃すわけには参りません」
と風のようにふわりと消えた。
「あ、逃げた! ……おい、残ってるのはお前らだけか?」
「しょうがないわね。ユーマって、一人じゃ何も出来ないもんね。私が付いて行ってあげる」
ティアラは「ヤレヤレ」といった態度で、尻尾を振った。
「お前はどうなんだよ? バッシュ!」
「ふん! 借金返済とは情けないが、戦場に出るというなら話は別だ!」
純粋にやる気満々なのは、バッシュだけだった。
「この元四天王バッシュが、騎士の誇りと戦いのいろはを貴様の体に刻んでやろう! ついて来い、ユーマよ!」
「は? お前がリーダーじゃねーよ」
そして、咲はというと。
「実地調査、最高です! 調査官(仮)の初仕事、張り切っちゃいますよ!」
観測という名目で、ついてくるらしい。
「……なあ。今更だけどさ、このパーティ、回復役いなくね?」
ユーマが放った一言に、三人の声が重なる。
「「「……あっ」」」
しかし、ティアラが指を咥えて小首を傾げ、バッシュは「騎士に傷は付き物だ!」と豪語し、咲は「私は非戦闘員ですので、怪我をしそうな場面では、皆さんを置いて逃げ帰りますからね」とドライに言い放つ。
「いや、全滅するだろ! せめてシルフィさんがいないと」
「案ずるなユーマ! 敵に触れられなければ良いのだ! 俺を信じろ。さっ、行くぞッ!」
バッシュはそう叫び、頼まれていないのにリーダーを気取った。
◇
今回の依頼は、近隣の村で畑を荒らし回っている「殴牛」の捕獲だった。
こいつらは殺傷沙汰こそ起こさないが、夜な夜な村に現れては家の壁で角を研いで外壁をボロボロにし、畑の作物を「一口ずつ」全種類かじって台無しにするという、非常に質の悪い嫌がらせを繰り返していた。
さっそく森の中へと足を踏み入れた一行。バッシュが力任せに殴牛の巨体を組み伏せ、頑丈なロープで縛り上げる。
「よし、これで全部だ。……しかし、これほど重い獣を、ギルドまで引きずっていくのは骨が折れるな」
額の汗を拭うバッシュの横で、ユーマが悪だくみをするような顔で指を鳴らした。
「なあ。こいつら、生け捕りにしてギルドに連れて行くのが依頼だろ? だったらさ、連れて行くついでに、こいつらの背中に荷物載せて運送サービスとか出来ないかな? ギルドの依頼料と合わせて二重取りしよーぜ?」
「……ほう? 魔物に荷を引かせるか。労働による更生だな!」
バッシュの顔も、悪賢い顔になっている。
「だろ? 今日から俺たちは『魔物運送サービス』だ! 借金返済のショートカットだぜ!」
ユーマとバッシュが盛り上がる中、ティアラだけが呆れた顔をした。
「……ねえ、ちょっとユーマ。ギルドの依頼は、あくまで『捕獲して届ける』ことだよ? 途中で勝手に商売道具に使うなんて、バレたらミラさんにすっごく怒られるんじゃないの?」
「バレなきゃいいじゃん?」
「でも……ギルドに内緒で魔物をこき使うなんて、不誠実だよ。ねえ、咲さんも何か言ってよ」
「ティアラさん、これは不誠実ではなく、既存リソースの多角経営です。現世の物流業界でも、空荷で走るのは最大の損失と言われていますから。実に合理的ですよ」
「もう、どいつもこいつも……!」
こうしてティアラの正論は完全にスルーされ、魔物運送サービスは強引に開業した。
だが、現実は甘くなかった。
即席の荷車を連結され、無理やり荷物を積まれた殴牛たちは、協力するどころか怒り心頭だった。
「よし、出発! ……って、おい! どっちへ行くんだ、そっちは崖だぞ!」
「ヌオオオオオ! 止まれ! 貴様ら、運送業者としての矜持はないのかッ!」
そんな矜持など、あろうはずもなく。殴牛たちは荷車を引いたまま、森の中をジグザグに猛進し始めた。
「ほらっ、だから言ったじゃない!」
村の案内看板を角でなぎ倒し、干してあった洗濯物を角に引っ掛けて走り去り、挙句の果てには荷車に乗っていたユーマを振り落として大暴走。
「ちょっとユーマ! これ運送っていうより、ただの近所迷惑だってば! ほら、看板壊しちゃったよ! 私、知らないからね!」
ティアラが叫ぶ。
暴走特急と化した殴牛たちは止まらない。
「力業で止めるぞ! バッシュ、正面から行け!」
ユーマの指示に、バッシュが「おうッ!」と地面を蹴った。
「ぬおおおおおッ! 騎士の意地を見よ!」
バッシュが暴走する群れの先頭に体当たり。力任せに巨体を抱え込む。地面を削り、数メートル引きずられながらも、人外の筋力で一頭を強引に静止させた。
「次は右だ、ティアラ!」
「もぉ……、了解!」
しぶしぶ了解したティアが、木々の間を跳躍し、二頭目の背中に飛び乗る。角を掴んで無理やり首を捻り、強引に方向を転換させた──次の瞬間、殴牛が大木に激突し目を回した。
「残りは……!?」
ユーマが必死に三頭目を追うが、足の速さで勝負になるはずもない。そこへ、咲が道端の蔓を指差した。
「ユーマさん、その蔓を引いて! 今です!」
言われるがままにユーマが蔓を引くと、事前に仕掛けられた輪に足を取られた殴牛が、盛大に横転した。
「罠か! 咲、やるじゃん! よし、もう一頭も確保! って、おい、まだいるのかよ!」
「はい。数頭、あっちに走っていきました」
咲の冷静な報告に、全員の顔が絶望に染まる。
それから数時間──。
一頭捕まえては逃げられ、泥にまみれては蔓を引き、バッシュが木に激突してはティアラが絶叫する……という地獄の追いかけっこを、彼らは延々と繰り返す羽目になった。
*
「……もうダメだ、こいつら言うこと聞かねえ」
精も根も尽き果てた顔でユーマが唸る。
「よし、決めた! ギルドに渡す前に王立研究所に売り払ってやる! 楽して現金化するぞーっ!」
「「オー!」」
バッシュと咲が呼応する中、ティアラ一人が反対した。
「ちょ、ユーマ!? ギルドに報告もせず横流しなんて、流石にマズいよォ! ちゃんと捕獲したって報告しなきゃ!」
しかし、ティアラの制止も聞かず、一行は研究所へと駆け込んだ。
「……はぁ。この個体ですか?」
研究所の受付嬢は、泥まみれの殴牛を冷めた目で見つめた。
「確かに捕獲サンプルとしては受け取れますが、特に珍しい種でもないですし、角もボロボロ。……そうですね、ブック……いえ、当店での査定額は『ゼロ』です。お引取り料として、こちらの図書カード的な魔導具一点なら差し上げますが?」
「現金じゃねーのかよ!!」
ユーマの絶叫が響き渡る。
結局、魔道カード一枚を握りしめたユーマに、追い打ちをかけるように、後ほど村から「看板の修理費」の請求書が届くのだった。
「……だから言ったでしょ。ちゃんとお仕事しないから、バチが当たるんだよ」
ティアラが小さく溜息をつき、自業自得だと言わんばかりに肩をすくめた。
借金返済の道のりは、また一歩、遠のいたようだった。




